第10話 アリスのおもてなし

 正直、アリスの提案はわたりに船だった。


 与えられた客間はファブルのせいでとてもじゃないが人が居住できる環境ではなくなった。むし蔓延はびこるし、異臭はする。小学生の頃、マンホールの隙間が少し開いていて、そこにびっしりとゴキブリがいたのを見てしまったことを思い出した。

 今、王城の客間はそれとほぼ同じ状態だ……いや、流石さすがにそれは言い過ぎか……だが、俺の感覚としては似たようなものだ。


「ここです。みすぼらしいところですが……」


 アリスに案内されたのは城の敷地内にある小さな小屋。

 庭園とも呼べる空間で、小川のすぐそばに建てられている木組みの牧歌ぼっか的な小屋。中世ヨーロッパの農家の家と言えば〝こう〟という感じのファンタジーらしい家だ。


「みすぼらしいなんてとんでもない。ファブルのいるあの部屋に比べたら天国のようなお家ですよ」

「クスクス……ひどいですね。その言い方はファブル殿に失礼ですよ、もう。そんなお世辞を言われるなんて、クライス殿は気遣い屋さんですね」

「いえいえ……」


 心からの言葉です。


 あの虫地獄とかした客間を見ていないからそんなことが言えるんだ。


「お招きしたのは、先ほど助けられたお礼のために、クライス殿におもてなしをしたいと思いまして」

「おもてなし? ああ、ですが私は夕食は先ほど済ませたのですが……」


 うたげでふるまわれた豪華なごちそうを俺は多少なりとも食べている。

 アリスのような使用人は宴で食べることができなかったのでこれからなのだろうが、それを俺にふるまわれも、すでにお腹いっぱいだ。


「安心してください。クライス殿が満腹なのは承知しています。ごちそうではない、別のおもてなしをさせていただきたいと思いまして……どうぞ中へ」


 扉を開けて小屋の中へと導く。

 明かりもつけていない、暗闇の小屋の中へと———。


「…………おじゃまします」


 真っ暗でどんな家具が置かれているかもわからない家の中に入る。

 ぼんやりと目が慣れきた。テーブルと椅子が目に入り、壁側にはしごがかかっているロフトのような場所がある。


「あちらへ」


 アリスがそのロフトの上へいくように促す。

 なんで頑なに明かりをつけようとしないのか気になったが、アリスに言われるがままに梯を上る。


 布団だ。


 ロフトの上にかれた真っ白な布団。普段ここでアリスは寝ているのだろうか?


 ふっ、と耳元に息がかかった。


「そこに……横になってください……」

「~~~~~~~~ッ⁉」


 突然、耳元に口を近づけてささやくアリス。


 完全にASMR音声だった。頭の中に息を直接吹き込まれたような感覚がしてゾクゾクと背筋に電流が走った。


「よ、横にとは⁉ どういうつもりですか⁉ おもてなしとは何をするつもりですか⁉」


 もしかして、Hなおもてなしをするつもりなのか⁉


「マッサージです……長旅でお疲れでしょうから……クライス殿にマッサージをして差し上げようと思いまして……」


 それは……Hなマッサージじゃないのか⁉


 風俗界ではマッサージをするだけと言い張って、お客さんをベッドに寝かせてそういうサービスをするビジネスがある。

 俺はまだ行ったことがない。が、「風俗にしては割安だから行こうぜ」と友達から何度も誘われてそのたびに鋼の意志で断ってきた。


「いや、それはまずいと思います……! 俺たち今日が初対面ですし、姫様にせっかく見直みなおされかけているのに……このことが耳に入ったら姫様からの評価がどうなるか」

「いいんです……」

「良くないです⁉」

「安心してください。マッサージの腕には自信がありますから、すぐに……気持ちよくなれますよ……」

「気持ちよくなっちゃダメだと思います……!」

「ダメじゃないですよ……ほら」

「あ」


 背中をトン、と押されると吸い込まれるようにベッドに倒れた。


 ドキドキと心臓の鼓動が聞こえる。

 興奮と混乱でうつ伏せの状態で動けなくなっていると……シュルシュルと衣擦きぬずれの音が聞こえた。


 あぁ……多分アリスが脱いでいる……。


 あぁ……やっぱりHなマッサージだ……。


 生前、現実世界で謎の意地で守ってきた風俗童貞ふうぞくどうていを、まさか異世界で捨てることになるとは……。


「では……まずクライス殿の服を脱がせますね」


 雰囲気を出すためか、少し低い声でささやき、俺の上半身を裸にする。


 あぁ……さらば、風俗でそういうことをするのはモテない男のやることだと無駄にカッコつけていた俺。


 これから、俺はダークエルフで風俗童貞ふうぞくどうていを捨てます。


 ———正直興奮してます。


 ダークエルフなだけあって、アリスは巨乳です。メイド服からはちきれんばかりの90センチはえるグラビアモデル張りのバストを持っています。

 そのバストを、おそらくこれから俺は背中に乗せられて、背中からどんどんそれが別の場所に回っていって、Hさがどんどんエスカレートしていくんでしょう。


 すぐ後ろに気配を……というか体温を感じる。


 アリスが俺にまたがっているのだろう。膝立ちで俺の腰に尻を落とさないようにしている。


「いきますね……?」


 ああ、背中におっぱ、


「……指ですね」

「親指です」


 俺の背中のツボを的確に、アリスの指が力強く押す。


「普通ですね」

「気持ち良くないですか?」

「いえ、普通に気持ちいいです」


 Hなマッサージじゃなかった。だが、アリスは自信があると言うだけあって、確かにドンドンと疲れが取れていく。血行が良くなり、背中どころか全身のコリがまたたくまになくなっていくのを感じる。


「あぁ……マジで普通に気持ちいいです」

「……なぜ、〝普通に〟とつけるのですか?」

「気にしないでください」

「そうですか……ではもっと気持ちよくなれるように本気を出しますね!」


 と、アリスの込める力がさらに強くなった。

 背中をぼうで強く突かれているような鋭い感覚が襲う。だが、全く痛みがない。本当にアリスのマッサージ技術の高さを思い知らされる。


 あぁ……普通だ。普通の上質なマッサージだ……このまま眠りに落ちていきそうになる。


 ただ……一点だけ気になるところがある。


「ンッ……ンッ………ンンッ! ……ハァ……ハァ……ンッ♡」


 本気を出し始めたあたりから、アリスの口からあえぎ声ともとれるような声がれ始めたことだ。


「ハァ……ハァ……ハァ……クライスどのぉ……くらいすどのぉ……気持ち……いいですかぁ……?」


 疲れているのか、興奮しているのかわからん声を出すアリス。

 全身を使ってマッサージをしているようで、指に込める力が全体重を乗っているように重い。それでも押すツボが的確故に、そのたびにほのかな暖かみと安心感が脳を襲い、眠気を誘う。


「普通に気持ちいいです」


「だからぁ……どうしてぇ、〝普通に〟とつけるんですかぁ……ハァ、ハァ……♡」


 アリスの喘ぎ声で多少は気持ちが高揚しそうになるが、睡魔には勝てずにそのまま俺は眠りに落ちた。

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