第9話 部屋が……部屋が……!

 宴が終わり、俺は客間へと通された。

 今日は一日いろいろと気を使って疲れた。

 早くベッドに横になって寝たい。

 王の客間だから随分と豪華な部屋なのだろう、そう期待してドアを開ける。


「あ、遅かったですね。アニキィ……」


 バンッ!


「どうしたんですか⁉ どうしたんですかアニキィ⁉」


 衝撃的な光景を目にし、思わず扉を閉じる。

 忘れてた。

 客間には淫蟲いんちゅう使いのファブルがいたんだった。


 そして———部屋の中は虫々ムシムシパニックだった。


 先に部屋に通されていた蟲使いの男はすでにがもの顔で部屋を使っていた。謎の虫を部屋中に解き放ち、壁には巨大な蜘蛛が巣を作り、俺が見た者の何倍もの大きさのトンボがうるさく飛び廻っていた。

 虫籠むしかごの中のように改造された部屋に、ファブルは一人、居心地がよさそうにベッドの上でくつろいでいた。

 キィ~……ときしませながら扉を開ける。


「はぁ……おい、なんだこれは?」

「これ……とは?」 


 自分がさっき見た光景は夢だと信じたかったが、もう一度中を見て残酷な現実だと突きつけられる。

 辟易へきえきしながら中へ入るが、ファブルは全く俺が何に対して嫌悪感を示しているかわからない様子で部屋を見渡している。むしだらけの部屋を。


「な・ん・で! 蟲を放し飼いにしてるんだよ! 俺も使うんだぞ⁉」

「へい……だから、寝やすいようにデコレーションをしようと……」

「こんな気持ち悪い部屋で寝られるのは心臓に毛が生えたような無神経な男だけだ!」

「気持ち悪いって……ひどいなぁ……虫に囲まれて安心するでしょう……」


 とうっとりとした視線を、壁に張り付いている巨大な蜘蛛に向ける。


「あのデビルアラクネアのふさふさとした触ると気持ちよさそうな毛。見るだけで安心して癒されませんか?」

「ふさふさしてるけど、滅茶苦茶硬そうで触ると刺さりそうな毛じゃねぇか。見るだけで不安になってストレスになるよ」


 わかってないなぁと肩をすくめるファブル。


「良かれと思ってやったのに。癒し系の虫に囲まれて寝られるのは幸せなことじゃないですか」

「虫で誰が癒されるかバカタレ!」


 カサカサと這いまわる虫たち。こんな部屋で寝られるわけがない。


「早くこいつらをしまえ! …………ちょっと待てお前、びんしか持ってなかったよな? こんな部屋中を覆うような大量で巨大な虫。どこにしまっていたんだ?」

「…………」


 すっとぼけた顔で視線を逸らすファブル。


「いや答えろよ」

「…………呼んだんですよ。近くの森から。一緒に寝ようと思って、虫が枕元にいないと俺、眠れないんですよ」


 そんなぬいぐるみじゃねぇんだから……。

叱られた子供様に言い訳をしているファブルだが、ゴブリンそっくりの風貌ふうぼうをしているので全く持って可愛くない。むしろ不快だ。


「いいから! 森に帰してきなさい! ……なんで俺がこんなおかんみたいなこと言わなきゃならんのだ気持ち悪い!」

「でもぉ……!」

「でもじゃない! とっとと……!」


 コンコンコン……。


 ファブルと言い争っていると、部屋の扉がノックされた。


「夜分遅く申し訳ありません。アリスです……」


 アリス?

 ルリリ付きのメイドさんがどうしてこの部屋に?


「アリス殿? 俺に何か用で?」

「先ほどのパーティのことでお礼が言いたくて……中に入ってもよろしいでしょうか?」

「中に?」 


 蟲であふれかえっている客間。こんなところに女の人を通すわけにはいかない。


「……ちょっと待ってください! 俺の方からいきます!」 


 ファブルに「おとなしくしてろよ!」と釘を刺し、なるべく中が見えないように扉の開閉を最小限の押さえて廊下に出る。


「クライス殿? 慌てていらっしゃいますか?」 


 廊下にはキョトンとした表情をしたアリスが待っていた。


「い、いえ別に……アハハ……アリス殿一人で?」 


 常にルリリの車いすを押している彼女だ。二人で一つ、セットのようなイメージだったが、今は彼女一人だけ。


「姫様はもうお休みになられています。私はこれから家へと帰るところで」

「ああ……なるほど。それで、礼とは? 先ほど私は何もしていませんが?」


 「人体支配」のスキルを使ったのはなるべくなら隠しておきたい。こんなエロにしか使えないような肉体支配の術を持っているなんて下手に知られてしまうと気持ち悪がられて好感度が下がる未来しか、俺には見えない。


 すっとぼける俺に対し、アリスは苦笑した。


「そうですか……ですが。姫様はそう思っていませんよ」

「姫? ルリリ姫ですか?」


 意外な名前が出てきた。


「王妃様の先ほどの珍妙な行動。明らかに何か魔法のようなものにかけられているのだと私でもわかりました。ただ、通常の魔法ではあんな現象は起きないので、何をされたのか私には正確にはわかりません。ですが、姫様はクライス殿。あなたに助けられたのだと確信しています」

「……買いかぶりすぎですよ」


 鋭い。

 「人体支配」はクライスのみが使えるスキルで、この世界の常識には収まらない魔法だ。通常は道具を媒体に魔力を込めて、呪文を詠唱したり、上級者であれば詠唱破棄をして魔法名だけ唱えることで、魔力は魔法として発現する。


 レンの光皇剣こうおうけんがいい例だ。


 そのスタンダードから外れているクライスの「人体支配」は他人から気づかれないスキルだと思っていたが、勘の鋭いルリリは気づきかけているらしい。


「姫様は言っておられました。何かしらのトリックを使って王妃様をたしなめられたのだと。そして戸惑われておりました」

「戸惑い?」

「あなたのような貌の人間が、そのような人助け、決してするはずがない———と」

「あぁ……」


 顔を触るだけで人の性格を百発百中で当てられると言うルリリの能力か……。

 どうしようかな……。

 「人体支配」スキルのことを打ち明けた方がいいのか?

 この顔のせいですぐにルリリの治療ができない状態にあるのだから、いっそのこと「人体支配」スキルを善行にしか使いませんと打ち明けて、信用してもらった方が話が早い気がする。ルリリは多少俺を見直しているようだし、アリスも俺に対する警戒心を解いているようだ。

 言ってみるか。


「実はですね……私は」

「クライス殿」

「……はい?」


 遮られた。


「クライス殿に一つ提案があります」

「提案?」


 アリスは笑みを浮かべ、


「私の家に泊まりに来てくれませんか?」


 そう———言った

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る