第7話 余計な設定

「あの……どうしたのですか? ルリリ姫……」


 俺は若干パニックに陥りつつあったが、勤めて冷静に振舞おうと努力する。


「私は王からあなたを治療するように命を受けた人間でして……それに、見えるようになるのならそれに越したことはないでしょう?」


 もしかして、俺は何かやらかして、ルートから外れてしまっているのか?

「スレイブキングダム」にはこんな場面はない。


 ルリリ・ナグサランというキャラは純粋で警戒心が薄く、クライスの話術にころっとほだされて体を許してしまうというキャラだ。こんなに警戒心を全開にするようなキャラじゃない。


「あなたの本質を見たからです……あなたが邪悪であるという本質を!」


 何で、見抜いている……?

 だが、どうやって?

 確かにクライスは本来そう言う人間だ。だが、今、こいつの体の中には俺が宿っているのだ。普通の日本で暮らしていた秦野翔が。

 単純に心を読んだとしても、〝俺〟の心を読むだけで、俺自身はルリリにエロいことを使用だなんて微塵も考えていない。

 そもそも、ルリリに読心術があるという設定はない……ない……はずだ。


「邪悪……ですか、ですがそれは誤解かもしれませんよ。私はただ、あなたの治療にこの国に来ただけですから」


 優しく、笑顔で語り掛ける。


「そうだぞ! 失礼だぞルリリ!」


 そして、遂には俺たちを見かねたレンが間に入り妹をいさめる。


「クライス殿はお前を治すためだけに帝国から招いた国賓だぞ。ニア帝国で確実に実績を稼いだ方だ。信用もできる。治療が怖いのか? それは多少は痛いかもしれないが、我慢しなさい、お前の眼が見えるようになるためだ。天井のシミでも数えていれば……」

「姉さんは黙っていて!」


 無神経なことを言う姉をピシャリと一喝する。

 目が見えない妹に対して、天井のシミを数えていろは流石にないだろう……。


 年下の妹に公衆の面前で叱られたこの国最強の姫騎士はシュンとしたまま俺たちから距離を取る。


「私があなたの治療を拒否する理由———それはあなたのかおです」


 どういうことだ?

 凄いことを言いだした。顔で人を判断したらいけないと親から習うのに、私は顔で人を判断しますと宣言している。

 疑問符を浮かべる俺に対して、ルリリは両手をかざし———、


「人の心や過去は顔に出ます」 


 と———言った。


「心に常に抱いている感情は常に表情として出続け、顔にしわを刻みます。常に怒っている人は怒りの皺が刻まれ続け、常に楽しんでいる人は笑いの皺が刻まれ続けます。私は、目が見えない分———手の感触が人よりも敏感なようです」


「…………あ、ああぁぁ~~~……!」


 俺は頭を抱えた。


 ルリリの設定を思い出した!


 公式HPの彼女のキャラ紹介項目にチラリと書かれていた。


 〝顔を触ると百発百中で、相手の思考と性格を読むことができる〟

 

 ———という設定。それをようやく思い出した。


「あなたの顔は恨みと傲慢の相が浮き出ています。それに自分より弱い人間を何とも思っていない、いじめっこの相も……私の触心術しょくしんじゅつは当たるんです、自信があります。だから、クライスさん、私はあなたを信頼しません!」


 俺は大いなる油断をしていた。

 その設定を忘れてしまっていたという油断。

 「スレイブキングダム」の本編とは俺は、クライス・ホーニゴールドは違う行動をしてしまった。

 本編では顔を触らせなかった。クライスは「気やすく触るな!」とルリリの手を払いのけていた。だから、クライスの本質はルリリに見抜かれなかったが、俺は触らせてしまった。


 払いのけるべきだった。だが、仕方がないだろう。その払いのける場面以外で、〝ルリリが人の顔を触って心を読もうとするシーン〟は一回もない。その後、そんな能力全くないかのように、ルリリというキャラはクライスの性奴隷にされてひたすら乱れ狂うという描写ばかり描かれるキャラなのだ。


 作るな……‼ 余計な設定を……!


「そんなことを言わずに治療を受けてくれませんか?」


 俺は頼み込むことしかできない。


「確かに私は愚かな男でありました。そのことが人相に出ているかもしれません。ですが人は変わることはできます。今は心を入れ替えて、人のために尽くしたいとしか思っていないのです」


 クライスはどうしようもない男だが、文字通り今は〝心〟が違う。


 転生した別人がこの体に入っているのだから信頼してももらいたいものだ。何も疑うべきところがないと、何も持っていない両手をかざし、アピールしながらルリリに近寄る。


「……う……ダメです……信用できません!」


 ルリリに躊躇した様子はあったが、やはりダメだった。

 彼女は車いすを持つアリスの手を軽く叩くと、アリスは車いすを引いて、ルリリを俺から遠ざけた。


 どうしたものか……まさか顔を触られるだけでここまで拒否られるとは……頭を悩ませていると、俺の横からきらびやかなドレスを着た婦人が通り過ぎ、ルリリの前に立つ。


「まっ、何て失礼でワガママな娘なんでしょう? せっかく治しに来ていただいた先生に対してこんなにも暴言を吐くなんて。いけない子ですねぇ」


 王妃だ。


 王妃は王女の無礼を言葉では諫めておきながら、表情は笑みを浮かべていた。

いやらしい笑みだ。まるでいびりの種が見つかって歓喜しているような笑みだった。

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