第6話 宴

 その夜、ナグサラン王城では盛大な宴が開かれた。

 王宮の広間に貴族たちが集い、王の元豪華なごちそうと酒が盛大に振舞われた。


「ハハ、踊れ踊れ! 我が娘、ルリリの快方かいほう祝いである!」


 ルイマス王は奥の玉座に座り、踊る貴族たちを眺めている。


 その隣には美しいドレスを着た熟女が座り、扇で口元を覆いながら貴族たちを見ている。

 彼女は王妃で——確かルイマス王に対して不満を持っているキャラだった。彼がもう老齢でたなくなっているので、欲求不満で若い男を食い漁り、逆ハーレムを作りたい内心思っているというキャラだったはずだ。

 そこをクライスに付け込まれ、ナグサラン王国の崩壊の一員になる。

 「スレイブキングダム」のストーリー上ではそうなっていた。


「オホホ……まるでもう治ったかのような言い方ですね。気が早いですわよ、あなた。クライス先生は「治る」と言っただけではありませんか」

「ハッハッハ! じゃがクライス殿は明日にでも目が見えるようになると言ったぞ! そんなもの治ったも同然ではないか!」

「そうではありますが……ですが、まだ治ってはいないですし、それに治療というのは何が起きるかわかりません。もしかしたらすぐには治らないかもしれません。そうなると浮かれて恥をかくのはあなたですわよ」

「構わん構わん! すぐには治らずともクライス殿は過去に別の患者を治したことがあると言った。ならばルリリの眼は必ず見えるようになる! 治らんということはない! 余はクライス殿は信じられる人間だとわかった! 余は確信しておる!」

「ホホホ、随分高く買っておいでで……」


 と———王妃の瞳が俺へと向けられ、目が合った。


 じゅるり。


 一人で壁にもたれかかって、酒を嗜んでいた俺に対して意味深な瞳を向けて舌なめずりをした王妃。


 ゾゾォ~~~………。


 何だか、背中に氷を入れられたような嫌な感じがしたので、玉座から見えない場所へ、その正反対の扉側へと移動する。


 あの王妃は、レンとルリリと血が繋がっている母親ではない。後妻だ。


 二人の実母はすでに死亡し、後妻である今の王妃との仲は悪い。だから、清廉潔白のレンと純真無垢なルリリといつもあの王妃は衝突している。


 その三人を「人体支配」の力で性奴隷にし、全裸にいて、精神を壊し、仲良く4pに興じるという鬼畜極まりないシーンが原作ゲームにはあるが、俺はそんなことはしない。


 正直に言うと非常に〝使えた〟が、それはフィクションだからいいのだ。

 実際に自分がやるとなると、まず被害者側の気持ちをどうしても考えてしまうし、その後に悲劇が待っていて避けられないというのは嫌でもわかってしまう。


 まぁ、そのうち「人体支配」の力をほんのりと使って、王妃と王女姉妹の仲をやんわりと取り持たなければいけないなぁと思いつつ静かな場所を探していると、


「お、ルリリ姫……とアリス殿」


 広間の隅で静かに宴の様子を眺めている二人を見つけた。

 折角の彼女を主役とした祝いの席だというのにルリリは居心地が悪そうに俯き、アリスも主人を心配そうに見つめていた。

 もしかして本当に目が治るかどうか不安なのか? 


 なら———さっそくもう治してしまう。


 「人体支配」の力は魔力に作用する。


 体内魔力を活性化し、体内の細胞を活性化させ、失った視力機能を復活させる。


 ようは他のファンタジー作品で言う、回復魔法と全く同じことができる。

 この「スレイブキングダム」の世界では回復魔法という概念がなく、薬や体内のツボを突くことで魔力を活性化し治療をするという、現実の医学の延長線上にあるような方法で人々を治療している。

 ゲーム製作側がわざわざそんな設定にしたのは、「人体支配」を回復魔法のように応用できるクライスが、この世界で唯一無二の存在であることを強調するためだろう。


 よし、なら頑張ろう。


 エロにしか使えないスキルが、人の役に立つそれは素晴らしいことだ。


 それが、俺にしかできないことならなおさら頑張りがいがあるというものだ。


「ご機嫌麗しゅう! ルリリ姫。ご提案なのですがさっそく目の治療を……」


 始めたいと思います、と言おうとした瞬間だった。 

 ルリリの耳がピクリと動くと俺を見て、歯を見せた。


「イ…………」


 歯を見せたが、笑顔じゃない。食いしばっていた。

 嫌そうに―――目元が隠れていてもわかる―――俺に声をかけられて心そこから湧き上がっているような、嫌悪の表情を浮かべていた。


「近寄らないでください!」


「え?」


 はっきりと、ルリリは俺を拒絶した。


「…………」


 そして、アリスが眉尻を上げた緊迫した表情で俺とルリリの間に割って入る。 

 腰の後ろに手を添えた状態で。


 そこに暗器でも隠しているかのように———。


「ルリリ姫? どうされたのですか?」


 さっき会ったときはあんなに好意的だったのに。

 まぁいい、何故警戒しているのかはわからないが、目が治ったらすぐに心を許すだろう。


「私は早速あなたの眼の治療を早速行おうと……ああ、ご安心くださいすぐに終わりま、」


「近寄らないでください、と言いました!」


 再びルリリが叫ぶと、アリスが俺と彼女の間に守るように入る。


「お下がりください」


「え———?」


 何でこんなに敵意を抱かれているんだ?


「クライス・ホーニゴールドさん! 私はあなたの治療は受けません!」


「え……えぇ⁉」


 何でだ? 

 何で俺、ルリリから拒絶されているんだ?

 俺はただ、目を直ぐに見えるようにしようとしただけなのに……。

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