第5話 盲目の王女
この国の第二王女ルリリ・ナグサランは盲目の少女だ。
生まれつき目が見えない上に病弱。となると、権力闘争のるつぼである宮中では冷遇され、足手まといの王女。最強のレンと対比されて最弱王女なんて蔑称で呼ばれている。
「ようこそおいでくださいました。
「お目に書かれて光栄で御座いますルリリ様」
「様なんてつけなくないでください。私はあなたの患者なのです。ですので気軽にルリリとお呼びください」
「これルリリ。それは気軽すぎるぞ。王族として礼節はわきまえよ」
と横からルイマスに釘を刺されて舌を出す。
「怒られちゃった。でも、
車いすの後ろに控えるメイドの方を向き、名を呼ぶ。すると、彼女はルリリを俺の方へ近寄らせる。
ワクワクと体を揺らすルリリ。
そんな様子を呆れた様にルイマスは額に手を当て、首を横に振る。
「……姫様。私にさん付けはいかがなものかと、私はメイドですよ?」
メイドさんも、姫様の口調が気になったようで口を出す。
褐色の肌に銀色の髪、それに尖った耳。体にまとった雰囲気から明らかにそのメイドは普通の人間ではない。
「いつも言っているではないですか。ダークエルフである私に対して敬語を使ったり対等のような口の利き方をしたりしてはならない、と。私は魔族で人間より身分が下の存在なのです。私に対してそのような口の利き方をしてしまえば他の魔族が調子に乗るやもしれません」
優しい口調ではあるが、ルリリと自分にははっきりとした身分の壁がある。だから、それ相応の態度をとるようにと諫めるメイドさん。
「いいの! ダークエルフとか人間とか関係ない。アリスさんはアリスさん。ただの私の友達のアリス・ニーテさん! 優しくて物知りで、ブラコンで弟さんの学費を稼ぐために私の付き人をしてくれるアリス・ニーテさんなんだから」
優しいのだ。
ルリリ・ナグサランは王族とは思えないほど優しい心を持ちどんな相手だろうが、分け隔てなく平等に接する。
「姫様……そんなことでは、私が国王様に叱られてしまうのですよ」
と、まだアリスは諫める口調だが、微笑を浮かべていた。
その国王はいつものことだと娘を咎めようとせず、「体が治るとあのおてんばな態度も落ち着いてくれるといいが……」と呟く。
「クライス・ホーニゴールドさん!」
「はい?」
ルリリが無邪気に俺に顔を近づける。
にんまりとした口元。黒い布で目が覆われてなかったら、キラキラと輝く瞳を見せていたことだろう。
「お顔に触っていいですか?」
「顔————ですか?」
「はい! 私、目が見えないから、相手の顔をそうやって確かめているんです!」
そうか、感触で把握するのか。
目が見えない気持ちというのは、推し量ることしかできないが、声だけだと確かに不安かもしれない。
「ダメ……ですか?」
俺がすぐに答えなかったから、ルリリの声がシュンとしぼむ。
「いえ、かまいませんよ」
「~~~~~~ッ!」
嬉しそうな声ともいえない鳴き声を喉の奥から発し、
「えい!」
と俺の頬に両の掌を合わせた。
ふにょん。
やらかい肉が揺れる感触が、おそらく彼女の手に伝わっているだろう。
クライス・ホーニゴールドは、イケメンではない。デブで丸い鼻を持ったどこにでもいるし、どこにいてもそのコミュニティの平均顔面レベルを下げるような「ああ、いるなぁ、こんなキモデブ」という顔をしているのだ。
「あ……」
姫様?
何を、察してしまいました……みたいな声を上げているのかな?
もしかして、イケメンだと思っていたら、結構デブでがっかりしたとかそういうことか? というかどう考えてもそういう気持ちになってるよね? 表情も笑顔からすっかり無表情に切り替わってしまっているし。
「あの、ルリリ様。そろそろ……」
期待に応えられなかったのだろう。がっかりしたのだろう。
それはわかった。
だが、ルリリはまだ顔の形を確かめようと手を這わせている。
「……ご、ごめんなさい」
俺が止めるように言ってもしばらく手を放さなかったが、完全に俺の顔を把握すると手を放した。
「…………」
「ルリリ様。何もおっしゃらなくて結構ですよ。私は気にしませんので」
俺がキモデブであることにがっかりしたが、ここで正直に言うと角が立つ。だから必死におべっかを言おうと考えているだろうが、その必要はないと気を使った言葉をかける。
その言葉を聞いているのかいないのか、ルリリは自らの手をじっと見つめ続けていた。
「姫様?」
「クライスさん」
「はい?」
「あなたみたいな人は……初めてです……」
ど、どういう意味だ?
意味深な言葉を言っているが、その沈んだ様子からして明らかにいい意味で言っているわけじゃなさそうだ。
「アリスさん…私を部屋に戻してください」
「は、はい」
様子のおかしい主人の言葉にメイドさんも戸惑っていた。メイド・アリスは戸惑った様子で俺とルリリを交互に眺めながらも、王座の背後の暗幕へと戻っていった。
「? それで、どうかの?」
ルリリの様子の変化に彼女の父親もさっぱり意味が分からないと首をひねりながらも、俺へ話題を振る。
「ルリリの眼は治りそうか?」
「……お任せください。ルリリ様は先天的な白眼病。たちどころに治して見せましょう」
「おお! おぬしを招いてよかった!」
喜んでいるが、俺はまだルリリの症状を確認していない。
白眼病とは普通の人間の黒目の部分が真っ白になっている状態で、「スレイブキングダム」オリジナルの病気である。だから先ほどは布を解いてもらって確認をするべき場面だったのだが、それをやる前にルリリはいなくなってしまった。
本来のシナリオであればそうだったはず……、
「明日にでも、ルリリ様の目は見えるようになるでしょう」
この場面では「すぐには良くなりませんから、じっくりと治療する必要がある」と言って王城に長期で
「おお! 流石はクライス殿! 本当に良かったおぬしを招いて本当に良かった! 今夜は宴を開こう! ルリリの開眼祝いじゃ!」
興奮したルイマスは手を叩いて使用人たちを集め、宴の指示を飛ばしている。
俺は本来のゲームのシナリオにはそわない。
この世界で能力をいい方向に使うと決めているからだ。
「人体支配」のスキルを使えば、ルリリの目などすぐに治すことが可能だ。「スレイブキングダム」本編では城にいる女の子たちを犯し、国を乗っ取るという目的があるため……すぐには治さず、時間がかかると嘘をつき続けていた。
俺は———そんなことはしない。
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