第4話 謁見
魔力酔いしたレンを何とか介抱し、馬車はナグサラン王都へと辿り着いた。
レンガ造りの栄えた街並みを眺め、湖の中心にそびえ立つナグサラン王城へとさらに馬車は進む。
王城の門をくぐった頃にはレンは魔力酔いから覚めていた。
「どうぞこちらに。父と……妹が待っております」
馬車から降り、王城の内部へと案内される。
「……ここからは俺一人で」
王の間へ続く階段を上る前に、ファブルを
「ですが……」
先を進んでいくレンの背中をファブルは
「四六時中レンに張り付いて、隙を見つければ
悪いがそんなことはさせられない。させてたまるか。
俺は、体を洗っていない故に、異臭のするファブルに。頭を寄せて耳打ちする。
「ファブル。焦るな。賓客が王に会いに行くときは一人で行くのが礼儀だ。従者を従えていくのは失礼にあたる。すると無駄に警戒される。そのくらい考えたらわかるだろう。これからの活動がしにくくなる」
「あ、そ、それはそうですね……流石はアニキ。そこまでは頭が回らなかった」
すごすごと引き下がるファブル。
「では、私は客間で待っております故、クライス様、御武運を」
「ああ……ところでお前、俺への呼称ブレてるから統一しろよ」
さっきからファブルは俺のことを「アニキ」と呼んだり「クライス様」と呼んだり、キャラがブレている。
「スレイブキングダム」は抜きゲーなのであまりシナリオにクオリティを求めてはいけない。だから呼称の不統一などよくあることで、特にライターも全く思入れのない竿役の男キャラに
指摘されたファブルは、
「ヒッヒッヒ……」
と、廊下の奥に消えていった。
「いや、笑てますけど」
誤魔化された。
これからも統一されない呼び方で呼ばれ続けるのだろう。まぁ、「アニキ」ってあだ名みたいなもんだし別にいいけど。
「クライス殿? どうされました?」
中々ついてこない俺に焦れた様子で、レンが声をかける。
「いや別に。待たせて申し訳ありません」
速足で俺はレンに追いつき、王の間へと急いだ。
◆
「ようおいで下さった。余がこの国の王———ルイマス・ナグサランである」
俺は客人らしく、
「このクライス・ホーニゴールド。国王陛下にお招きいただき、光栄の極みであります」
「うむ」
この偉そうにふんぞり返っている国王。実はクライスの
クライスの父———シドニー・ヨセフはルイマス・ナグサランの兄に仕えていた。前王の右腕で、この国の
その離島が環境が劣悪な島であった。伝染病が流行り、医学をかじっていたシドニーは医師となり、島民の治療に全力を尽くしたが、彼自身も病に侵されてこの世を去る。
クライスは、その父の仇を討つために名前をホーニゴールドと変え、計画を練っていた……………わけではない。
復讐の計画のために名前を変えたというのは正しいが、その動機が違う。
クライスは別に父親の事なんて何とも思っていない。知った事ではないと思っている。
ただ———幼い子供時代に島での貧しい暮らしを強いられたのがメチャクチャ嫌だった。それだけなのだ。
本来であれば王城で食べ物にも女にも困らない生活をしていたはずなのに、ニア帝国との国境すれすれの離島でひもじい思いをし続けなければならない。それは現国王のルイマス・ナグサランのせいであると、恨みを募らせていたのだ。
非常に自分勝手な男なのである。
そんな男の心情など、転生者である俺には関係ない。
ルイマスに対して思うところがないわけでもないが、娘を犯しつくされ、国を奪われ滅ぼされる。「スレイブキングダム」のシナリオ上はそうなってしまうが、そこまですることはないとは思う。
「それで、貴殿はどんな病もたちどころに治してしまう名医だと聞いているが、それは本当か?」
身を乗り出して、全身で俺に対する興味を示すルイマス。
「ハッ、それは嘘で御座います」
「何ッ?」
少し、不機嫌そうにルイマスは顔をしかめた。
「では、噂は嘘だというのか? 貴殿は我が娘を治すことができないと」
「はい、その通りでございます」
「…………この者を処刑しろ」
勤めて冷静にルイマスは言い放つが、その顔は段々と赤くなっていっており、怒りが隠せていない。
「父上!」
横で控えていたレンが抗議の意思を示して俺とルイマスの間に入る。
「招いておきながらその態度は余りにも傲慢ではないか!」
「黙れ! その者は噓つきだ! 我が国に嘘つきは要らぬ!」
「恐れながら陛下! 私が肯定したのは一つ目の「噂は嘘」という言葉で御座います」
俺は余裕たっぷりの笑みを浮かべて進言する。
「確かに私がどんな病でもたちどころに治してしまうという噂は嘘で御座います。何故ならば私にも治せない病があります。それは———今まで見たことがない病です」
「………? それはどういうことだ?」
「未知の病に対しては流石の私も治せる自信がありません。ですので、そのような病をも治せると言えば、私は嘘つきになってしまいます。この国に嘘つきは要らぬというのなら、私はそのような嘘つきにはなりたくない。私がどんな病も治せると言う嘘をつくような人間には」
「……ほう」
赤みがかった王の顔から血の気が引いていく。
冷静になったのだ。
冷静になって考えてみれば、「どんな病でも治せる医師クライス」というのは俺自身が言った話ではなく、噂を流している民衆であるということに思い至ったのである。
「では、我が娘を、第二王女を治せる自信はないというのだな?」
「王よ。先ほどの私の言葉をお忘れですか? 私は見たことがない病は治せないと言ったのです。そして、第二王女のルリリ・ナグサラン殿と同じ症状を過去に私は治したことがある。つまり未知ではない。そして、私が治せないのは未知の物だけ。つまりは、ルリリ殿の病は治る! だから私はここに来たのです!」
「おぉ‼」
王の顔が希望に満ちた様に明るくなる。
一旦下げておいて持ち上げる。
会社に入って学んだ、プレゼンの基本テクニックだ。よくよく考えると意味が通っていないことも、感情を上下に揺さぶられればわからなくなり、俺のことを有能であるかのように認識してしまう。
「コレ! 早う我が娘、ルリリを連れてまいれ!」
興奮した様子で、手を叩いて呼びかける。
すると、王座の後ろの暗幕が引かれ、車いすに乗った少女とその背後に控えるメイドさんが現れる。
車いすの少女は目を黒い布で覆っていた。
姉譲りのウェーブがかった金髪の色でおっとりした雰囲気を漂わせているのに、その目を塞ぐ布だけ物々しく、異様に見えた。
「これが我が娘———ルリリ・ナグサランである」
ルリリは俺に対して、「ニコッ」と笑いかけた。
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