第3話 能力はブーストされるようです。

 馬車に揺られて、草原の道を行く。


「王都まではもうすぐですから、もうしばらく我慢してください」


 と、レンが微笑む。

 港町シーアを出て、三十分以上は経過しているだろうか。

 俺とレンとファブルは一緒の空間で気まずい時間を過ごしていた。

 あまり会話が弾まない。

 レンと二人きりならともかく、ファブルが異物だった。

 レンがチラチラとファブルを見つめている。一応、彼女には「こいつは従者」だと言ってあるが、立ち振る舞いが怪しさ全開だ。

 ファブルはレンから魔力を奪うことしか考えておらず、隙を見つけたと思ったら瓶を開けて羽虫を出そうとする。そのたびに、瓶を開く音がするたびに俺がわざとらしく咳をしたり、大きな声上げたりしてレンに警戒心を促して、ファブルに魔力を吸い取ることを断念させる。


 そんなこんなしていると、ドドドドと激しい地鳴りが響いてきた。


「何だ?」と俺は疑問の声を上げる。


 窓の外から顔を出し、レンは緊迫した雰囲気を纏う。


「ブラッドウルフの群れだ……こっちに来ている」

「え⁉」 


 遠くから土煙が上がっていた。

 よくよく見ると、黒い影が点々としており、動物の群れであることがわかる。

 赤い毛皮を持ち、よだれを垂らして牙を見せつけ、黒光りする瞳を———こちらに向けている。


「真っすぐにやって来てますね……」

「どうするんですか?」

「任せてください。すまない、馬車を止めてくれないか?」


 御者へ指示を出し、立ち上がり、馬車から降りる。


「クライス殿は中にいてください」

「はい」


 別に心配することはない。

 赤いおおかみの無数の群れが向かってきているが、それに相対するのはレン・ナグサランなのだ。

 この世界で最強の姫騎士がやるのだから任せればいい。


 と———思っていた。


「イタッ……!」


 レンが自分の二の腕のあたりをパンッと叩く。


 あ、しまった……!


 彼女の叩いた掌の上から大きな‶蜂〟のような羽虫が舞い上がっていく。


「ヒッヒッヒ……隙ありでございます」


 こいつやりやがった……!

 魔獣の群れを撃退しようと飛び出したレンに向かって蜂を放ちやがった。


「クライス様、安心してくだせぇ……少量です、ほんの少量、魔吸蟲まきゅうちゅうに魔力を吸わせただけですから……」


 だからこの場は恐らく大丈夫、あの程度のブラッドウルフの群れは倒せますでしょう……と、ファブルは小声で耳打ちする。


 ああ……クソッ! 魔吸蟲まきゅうちゅう……! そんな名前だったなあの虫は!


「クライス殿! ファブル殿! 馬車から出ないでください!」 


 自分の体に不調が起きているとも知らずにレンは抜刀ばっとうし、


「はぁああああああああああああ‼」


 全身に力を溜め、剣が光り始める。


「ククククッ……」 


 その様子を見て嗤うファブル。


「何、笑ってるんだ?」

「いえね、少量は少量でも、私基準の少量でして……むしというのはですね数が多いのに生命力が強いのですよ。集団の九割を失ったとしても、残りの一割で再生し元に戻る。ですので、ほんの少し量が減ったぐらいでは全く問題がない。そういう光景を見続けている私の数の基準はどうやらおかしいらしくてですね……、五割六割が減ったところで、私はあんまり減ったのだと思わないのですよ」

「だから?」


 俺とファブルが会話を繰り広げている視線の先で、レンは剣を掲げ、


「その私が言う〝少量〟が一般の人間が思う少量と同等かどうか……自分自身でもわかりかねると思いまして……」


 心底楽しそうに口角を上げるファブルにゾッとした。


「まさか……⁉」


 レンが剣に込めた魔力を解放する。


光皇剣こうおうけん‼」


 まばゆい光がレンの剣を包んだ。 


「————ッ⁉」 


 〝包んだ〟……だけだ。


 レンは目を見開いて自らの剣を見つめている。

 光皇剣こうおうけんはレンの思った通りの光の刀身を作り出す技。

 その光の刀身は伸縮自在。塔のような高さにだって伸ばすことができる。

 この場面は何百メートルもある光の剣を振り、ブラッドウルフの群れを一閃するという場面だったはず……『スレイブキングダム』での描写は絵がなくて……テキストのみの場面だったから……あまり覚えていないがそういう感じだったと思う……!

 今の光皇剣こうおうけんの光の刀身は———伸びていない。

 ただの光り輝く剣だ。


 なぜだか、俺がゲームをやった時より悪い状況になってしまっている……!


 ゲームの時の描写ですら、一掃した後、油断した一瞬の隙を、生き残りにつかれてレンは負傷をしてしまったのだ。


「クソッ……!」


 レンはそれでもやるしかないと、ただ光るだけの通常サイズの剣を、狼の群れに向けた。


 無理だ、数が多すぎる!

 

 魔力が半減して弱体化しているレンでは下手をすれば……、


 何とかしなければ———俺が!


 レンへ向けて手を伸ばし、意識を集中させる。



 ————支配ドミネート



 レンの肉体の‶操作権限〟を、彼女自身から———俺に譲渡させた。

 無理やりに———。


「⁉」


 け出すレン。

 だが、それが自らの意志ではないことに困惑の表情を浮かべている。


「な、何が起きている———⁉」


 高速で、ブラッドウルフの群れのど真ん中へ————。


 その中の一匹へ迫り、一閃する。


 ———ギャワッ!


 一匹のブラッドウルフの首を切り裂き、仲間たちが一斉に彼女に襲い掛かって来るが———、


「な? な? な? ———いったい何が起きているんだ……⁉」


 凄まじく俊敏しゅんびんな動きで接近するブラッドウルフを、次から次へと切り捨てていくレン。


「な、なんて動きだ……剣が見えない……⁉」


 ファブルの震え声。 

 レンは目にも見えない速度で剣を振り続け、何十匹もいるブラッドウルフの群れを斬って、吹き飛ばしていく。

 無双状態だ。


 いいぞ。


 レンの体が高速で動き、まるでゴキブリのようにカサカサとしている。

 ビジュアル的には悪いが、これで何とかこの危機を無傷で脱することができる。


 そう———思っていた、が……、


「痛、いたいぃ……ッ!」


 レンが呻いた。


 え———?


 苦しそうに顔を歪めて、額に汗を作っている。


「あ」


 苦悶の表情を浮かべている———?

 何故だ———。

 いや……そうか、普通に考えればそうだ。

 無理を、させ過ぎている。


「体が……勝手に動いて……疲れる……痛い……嫌ぁ……!」


 レンの体は俺が彼女自身の疲労や限界を全く考慮せず、考えずに動かしている。だから、どんどん彼女の体に疲労や無理が蓄積し、限界に悲鳴を上げているのだ。

 まずい、このままでは持たない。

 ならば———、



 ———魔力支配エネドミネート



 彼女の魔法の‶行使権限〟も俺に譲渡じょうとさせる。


 彼女の肉体が持たないのなら、彼女の魔法でせん滅すればいい。

 全力の魔法を使うことはできないが、それでも、『スレイブキングダム』をプレイした俺になら、この状況を打破できる。

 別のシーンで使っていた、あの技を使えば……、


光皇剣こうおうけん・———」


 ファブルにバレないよう口元を抑え、小さく魔法を唱えた。


 レンの体が光る。

 彼女の魔法が発動しているのだ。またも自分の意志でない現象が起きて「え?」とレンは声を漏らす。


 そして、空に、ブラッドウルフの群れの頭上に光の粒が生成されてく。

 光の雲ができている。やがてそれは小さなはりを形作っていく。


「———時雨しぐれ


 光皇剣こうおうけん時雨しぐれ———光でできた針の雨を降らせる技。


 現在、生み出せる光の剣の最大量が制限されているのなら、いくつも細かく作ってそれでピンポイントに狼たちの急所を攻撃すればいい。

 そんな考えで光皇剣・時雨の技を発動させた。


 のだが———、


「あぁ……あぁあ……‼」


 レンの頬が紅潮し、喘ぎ声にも似た声を上げる。


「あれ……?」


 ―——発動した技がおかしい。

 出力が……おかしい。

 小さな光の針を作るはずなのに、ブラッドウルフの頭上にできているのはどう見ても槍ほどの大きさもある氷柱つららだった。

 おかしい、今のレンにはあれだけの規模の魔法は発動できないはずなのに……。


「はあああぁぁぁん……‼」


 レンの体が光り、ビクビクンと体を震わせ———光の氷柱つららが一斉にブラッドウルフの群れに向かって落ちる。


 ———ギャワッッ‼


 光の氷柱つららに刺し貫かれて、何十匹もいたブラッドウルフは一斉に絶命した。


「ハァ……ハァ……」


 魔獣の血だまりの中、自らの体を抱いて身もだえているレン。


 ———何が、起きたんだ?


「だ、大丈夫ですか⁉」


 戦闘が終わり、俺は馬車から飛び出す。


「だ、だいじょうぶ……もんだいないぃ……」


 レンにうが、明らかに大丈夫じゃない。

 目はうつろで、頬は紅潮し、「ハァハァ」と荒い息を吐いている。


「普通の様子ではありませんが……何があったのですか?」

「わからないの……ちからがつかえなくなったとおもったら……からだがかってにうごいてぇ……と、おもったらいつものなんばいものちからがつかえてぇ……ハァ……ハァ……」


 まさか……俺のせいか?

 人間の脳は通常、肉体が壊れないように限界値を30パーセントまでと決めており、それ以上は発揮できないように制限していると聞いたことがある。つまり、本人の意志ではどんなに頑張ってもその程度の力までしか発揮できないと言うことだ。

 しかし、当人の脳を介さない命令なら———その限界を超えて肉体に秘められた真の力を発揮することができる。

 先ほど、レンの肉体を限界値ギリギリまで動かしてみせたように。

 そして、それは———、


「魔法でも、同じなのか?」

「?」


 光の針の雨を発動させる光皇剣こうおうけん時雨しぐれの技を、俺が能力値を限界突破させて光の〝槍〟の雨を降らせる魔法に変えた。


「どうしたのでしゅかぁ……クライス殿ぉ……」


 そして、このトロンとした目つきになっているレンはどういうことだろう?


「もしかして……魔力酔いってやつか?」 


 魔力酔い———魔力がアルコールのような作用をするため、使い過ぎると酔ったような状態になるという設定だ。

 『スレイブキングダム』とは別の作品の設定だが……どう見ても、レンはそのような状態になっている。


「俺の「人体支配」スキルは人の能力を限界突破させる力があるみたいだが……それの使い時も、考え物だな」


「どうしたのでしゅかって……きいてるでしょう……くらいしゅどのぉ……!」


 酔っぱらいのように俺の服を掴んで揺らしてくるレンに、先ほどの軍人然とした威厳はない。


 この力は乱発しないように、自制しておこうと俺は心に決めた。

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