第2話 はじめの一歩
この世界で覚醒してからそう長い時間も経たずに船は港に着いた。
ガコンと岸にぶつかり揺れ、乗組員たちが荒々しく
そんな中で俺は外に出た。
「お~これが……」
太陽の光に目を焼かれながらも、活気のある港町を見つめる。
ナグサラン王国の港町シーア。
石造りの街並みでいたるところで出店が置かれ、魚や貝などの食べ物を売りさばくバンダナをした漁師風の男が「安いよ安いよ」と呼び込みをしている。
俺たちが乗っている船の周囲には海賊船のような大型帆船もあれば、小さなヨットのようなものもあり、そういった船がずらりと並んでいる。
空にはカモメも飛び交っている。
なんとも、活気のある港町だ。
「ヒッヒッヒ……ようやく来ましたね。アニキ……」
「ん?」
ぬうっと横から男が現れる。
長い鉤鼻と、両目の上にこぶが付いている醜い風貌の小男———。
その醜い自らの容姿を隠すように暗い深緑色のローブを羽織り、フードで頭を覆っている。
ええっと……アニキって親し気に話しかけてきたけど……こいつは確か……。
「———いや、思い出せん。お前、誰?」
「な⁉ お忘れですか⁉
「ファブル? あぁ……」
思い出した。
『スレイブキングダム』はダークでハードな抜きゲーのため、現実ではできない色んなハードなエロシーンがある。
その中の一つが
虫に女の人を犯させるという、その性癖がない人にとっては理解しがたい嗜好だが、その性癖を持ってしまった者は人目をはばかり愛し続ける。抗うことのできない業を抱え、世間の目を
このファブルという名字すら設定されていない男は、そんな需要に応える為に存在しているキャラである。
「ああ……いたなぁこんなキャラ……」
「きゃら?」
「いや別に……」
俺が
「ここからアニキの復讐が始まるのですね……アニキの部下の帝国兵たちはすでに王都に潜入しています。これからナグサラン王国を転覆させ、女どもを私の蟲の苗床に……ヒッヒッヒ!」
ローブの懐から、小瓶を出すファブル。
小瓶の内にはスズメバチのような大型の羽虫がびっしりと詰め込まれており、気持ちが悪い。
あの蜂のような虫は、名前は忘れたが魔力を吸い取る能力を持った虫だ。刺されると魔力を吸い取られ、著しく力が減退してしまう。
『スレイブキングダム』のシナリオでは、アレでこの国最強戦力の女騎士が無力化され、国家が転覆する原因の一つになってしまう。
ファブルという男は醜い小男ではあるもののそういうことができるから油断はできない相手だ。
コイツを放置してしまえば、俺のこの世界で善行を重ねると言う夢が途絶えてしまう。
「———クライス殿!」
凛とした女の声が響く。
考えていたら早速だ。
ナグサラン王国最強戦力の女騎士が石でできた桟橋の上をコツコツと踏み鳴らし、まっすぐ俺を見据えてやって来る。
「ようこそおいでくださいました!」
まだこちらが船の上に、甲板の上にいるというのに、軍服を着ている金髪で巨乳の女騎士が大きな声で出迎えて来る。
レン・ナグサラン。
この国の第一王女であり、最強の魔法剣を扱う女騎士……いや、姫騎士だ。
「これはこれはどうも……わざわざ……」
クライス・ホーニゴールドはこのレンに客として呼ばれた存在。
だから、失礼のないように直ぐに彼女の元へ行く。
甲板の上を横切り、渡し板の上を踏んで通り、桟橋の上へ。
ナグサラン王国の大地を両の足で踏みしめる。
「わざわざ出迎えていただきありがとうございます……レン・ナグサラン殿」
「いえいえ、クライス殿! あなたのような高名な医者が来てくれて光栄です!」
声がでかい。
敬礼をするレンに対して俺はお
彼女は歳は同い年ぐらい。
身長は170センチ半ばぐらいで女にしてはデカく、小柄な俺、クライスよりも高い。
だというのに快活にガッハッハと笑うさまは若干の子供っぽさも感じられる。
「ハッハッハ……ところで、クライス殿は田舎の出身で王国の事情に疎いと聞きました。ですが私の名前知っていらっしゃったのですね?」
少しだけ目を縦に開いて、キョトンとする表情をするレン。
だが、こっちからすると何を言っていると言いたくなる。
確かに、俺はこの世界で生まれ育った記憶はないが、あんたみたいな人間が有名じゃないわけがないんだ。
俺は何をおっしゃいますやらと、わざとらしく笑った後、
「王女でありながら最前線に立ち、戦う最強の
レンは恥ずかしそうに頭を掻き、
「いやはや、その恥ずかしい二つ名まで知られているとは……ですが、私にできることは所詮は破壊だけです。あなたのように人を治すことができることができる職業の人間が羨ましい。海向こうの帝国では、今回と同様に国賓として呼ばれ、何人も人命を救った名医だと聞きます」
「え、ええ———」
そういえば、『スレイブキングダム』での設定はそうだ。
クライス・ホーニゴールドは名医であると評判が立っている。
病気で歩けなかった老婆を歩かせ、頭を打って寝たきりの植物人間も動かして見せた。
それらは全てスキル「人体支配」の力によるもので、実は医術でも何でもないのだが、そのおかげで王国に
ちなみにクライスはそのために事前準備もぬかりなく、ナグサラン王国を滅ぼすために先ほど名前が出た帝国———ニア帝国の協力も取り付けて人員を借り受けている。このファブルも本来ニア帝国の住人だ。
ニア帝国は現在ナグサラン王国と友好関係にあるが、豊かな土地を持つナグサラン王国を侵略したいと考えており、そのことがクライスと利害が一致しているのだ。
「ささ、こちらへ、馬車を用意しておりますので。妹が待っています」
背を向けてレンが歩き始める。
「ヒッヒッヒ……」
その瞬間———隙ありとばかりにファブルは羽虫の小瓶を開ける。
すると蜂のような虫が何匹かレンの背中に迫る。
思い出した。
ここで最初のレンの悲劇が展開される。
あのファブルの瓶に入っているのは、
そして―——魔力を吸い取る。
この世界では生命が生きるのに重要な力。生命力と言ってもいい魔力を。
まず、少量の魔力を吸い取られたレンは、自分の不調に気づかずこの後、城へ向かう道中で襲ってきた魔物に傷を負わされる。
それは腕を斬られる軽度の傷ではあるものの、それをきっかけにクライスがレンの元に治療という名目で通うことになり、そのたびにファブルも助手として連れていく。
そしてそのたびにファブルは魔吸虫を解放し、レンの魔力をドンドン吸い取って、弱体化させる。
そして、そして……最終的に弱り切ったレンはクライスに抵抗できずに……、
レンが凌辱される道筋はそういったストーリー展開だった。
ブブブブッ‼
そのシナリオを達成させようと、ファブルの放った羽虫がレンに向けて突撃していく———。
だが、レンに辿り着く寸前で———、
―——シャッ!
「え?」
「あ!」
羽虫がすぐそばまで迫った瞬間、レンは目を向けずに抜刀し、高速で剣を振り回した。
彼女の剣筋は正確で———蟲を斬り
「は? え? ん?」
一瞬の神業ともいえる剣筋。
だが、それを繰り出した本人が困惑していた。
何が起きたかわからない、自分がなぜこのようなことをしたのか
「……虫?」
足元を見てようやく自分が振り返りもせずに、虫を斬ったのだと理解する。
ワッとそれを見ていた周りの人々が湧いた。
「見たか? レン様の高速の剣裁き!」
「迫ってた虫を一瞬で切り落としたぞ!」
「流石はレン様よねぇ……一瞥もせずに背後の敵を斬るなんて」
パチパチパチと、見ていた観衆から拍手が起きる。
「あ、アハハ、いやぁどうもどうも……私にかかればこれくらいなんとでもないです……よ?」
王女としての体裁もあるため一応はその賛辞を受け入れる。
だが、明らかに頭に?マークが浮かんでいた。
ファブルはそんな彼女の様子を見て「チィ……流石は
―———うむ、良し。
早速いいことができた。
今のレンの高速の剣裁きは俺が「人体支配」のスキルを使って彼女の体にやらせていたことなのだが、当然そんなことは表立っては言わない。
隠れて良いことをする。
目立つよりはそっちの方が———ずっと良い。
なんか格好いいしね。
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