第18話 お化け屋敷

「ねえ、ここ真っ暗だよ……。怖い……。やっぱり入るのやめようかなぁ……」


 ここはお化け屋敷の入口。ふたりで一緒に入ろうとした矢先、こんなことをいちごちゃんに言われてしまった。


 でもだめ! せっかく仲良くなれるかもしれないのにそんなのだめ!


 じゃあどうしたら一緒に入ってくれるのかな?

 怖くなければ大丈夫なら、手を繋いでしまえばいいのでは?

 いやいや、そんな。そんなこと、ドキドキしちゃうからなかなかハードルが高い……。でもやんないと一緒にお化け屋敷に入れないというのであれば仕方ない。


 もーまったくしょうがないんだから。


「それじゃあ私がいちごちゃんの手を握ってあげるから、そうして一緒に入ろ?」

「ほんと?」


 いちごちゃんはうるうるとした、怖くて誰かにすがりたい、といった表情で私を見つめてくる。かわいい。


「ほんとだよー」

「えへへ、それじゃあお言葉に甘えて~」


 そう言うと、いちごちゃんの方から私の手を握る。


 好きな人に握られてやっぱり、はわわってなる。でもなんだかしっかりと握ってくれて、一緒に入るという強い意志みたいなものを感じる。


 葡萄ともよく手を繋ぐけども、それとは全然違う。葡萄の手の繋ぎ方はなんというか、そんなに力がこもってなくて心もとない。いつでもどこかに行ってしまいそうな不安感がある。それはそれで葡萄らしいけども。


 とにかく。いちごちゃんのその手は心強くて。

 もはやどっちが助けられる側なのか……。

 このままお化け屋敷に入っちゃったら、きっと私がいちごちゃんに縋る側になってしまう。それはヤダ。


 だから私もいちごちゃんの手を強く握って安心させる。


「りんちゃん、ちょっといたいよ……」


 ついやりすぎてしまった。思ったことを行動に出し過ぎてる気がする……。加減が効かないような。


「ごめんね?」

「大丈夫だよ。ちょっとびっくりしただけだから~」

「う、うん。それならよかったー。えっと、それじゃあ入ろ?」

「うん。ちゃんと握ったままお願い~」

「大丈夫! 絶対離さないから! 死んでも離さないよ!」


 なんかすごいセリフが飛び出してしまった気がするけど、気のせい気のせい。



 そんなことがあって入ったお化け屋敷。

 入ってからしばらくしたけど、思ったよりも怖くない。と私は思うんだけど、どうやらいちごちゃんは違うようで。


「怖いよ……。うぅ……」


 いちごちゃんの手の力が強くなる。怖がってるのがまさしく手に取るようにわかって、安心させてあげたくなる。


「大丈夫だよ。大丈夫。ほら、ちゃんと私が、隣にいるから、えっと、あの、その、安心してね?」


 こんな子供をあやすみたいな、安心させるような、頼りがいのある言葉を言うには私は慣れて無さ過ぎた。だから、すごくたどたどしい話し方になってしまって、まるでかっこつけるのに失敗した人みたい。


「うん。ありがと~!」


 暗くて顔はよく見えないけど、いちごちゃんの子供っぽい、母親に甘えるような声を聞いて私は……。


 私は知らない感情を覚えた。


 確かにいつものように、はわわってなったんだけど、顔や声がかわいいからとかじゃなくて、距離が近いからでもなくて。


 よくわかんないけど、庇護ひご欲ってやつなのかな。国語の授業かどこかでそんな言葉を聞いたことがあって、その時、いちごちゃんはこれをたくさん持ってるから子供の面倒を見るのが好きなのかなって思ったけど。


 だからなんだね。

 子供の面倒を見るのが好きっていうことが、体感を通して理解できた気がする。今まではただの情報、知識でそうなんだとしか思ってなかったけど。経験するだけで一気にそれが身近になる。

 経験しないとわかんないことってきっとたくさんあるんだろうなぁ……。


 そんなたくさんの好きという矢印を私に向けられたいちごちゃんが、こんな状況だからだけどもそばにいて、手を繋いでくれるのが私にはとっても嬉しくて。


 ずっとこのままがいいな……。このままふたりだけの世界で、一緒に過ごせたらいいのにな……。なんか思考が過激な気もするけど、嘘ひとつなくこんなことを思っちゃう私はどうにかしてるのかな……。


 そんなことを思っていると、突然お化けが現れてこちらに少しずつ近づいてくる。


「ひっ! や、や、こないで! こわい! りんちゃん、りんちゃん……」


 そう言いながら私に抱き付いてくる。ぎゅー。


 ちょ、え。


 いちごちゃんの人肌の体温が服越しとはいえしっかり伝わってきて。はわわと感じる段階なんてすぐに過ぎて、体の中がドキドキ、バクバクと大きく震えて考えがまとまらなくなる。


 そんな私の心情なんて気にも留めないお化けはどんどん近づいてきて、流石に逃げなきゃ、と思って「逃げよ!」って言って一緒に逃げる。ぎゅーって張り付かれたままで逃げることになったから私の心臓が持つかわかんなかったけど、なんとか光が見えるところまで来てやっとゴールだ、と安堵する。


「ほら、もうゴールだよ」


 やっと私から離れたいちごちゃんが光の方を見る。


「あ! やっとだ~! 怖かった……。でもりんちゃんがいてくれて、すごく助かった~。ありがとね」

「うん。でもそんな、言われるほどのことじゃないよ。だって、私も嬉しかったし……」

「えへへ、それじゃあ出よっか~」

「うん!」


 外に出るとお化け屋敷とは正反対に明るくてすごく眩しい。

 段々目が慣れてきて思う。

 あの空間はすごかった……。葡萄が一大恋愛イベントと言うのも頷ける。


 そんな私は、知らない感情をたくさん知って、頭が混乱して、なんだか心が暴走し始めたような、そんな感覚を持ったまま次の観覧車に向かうのだった。

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