第17話 ジェットコースター

 ゴーカートを後にした私たちはジェットコースターのある方向へ向かう。


 ただ、この遊園地にジェットコースターはふたつあって、ひとつは高さがあって迫力のあるもので、遊園地のどこからでも見えるくらいに大きい。もうひとつは小さめのやつで、これならそこまで怖くないかなって思えるもの。


 男子たちは「あっちのでっかいやつ行こうぜー!」って言ってるけど、私はちっさい方がいい。いちごちゃんはどうなんだろ。


「私はちっさいのがいいんだけど、いちごちゃんはどう?」

「いちごもそっちのがいい~。ちょっと男子たちに話してくるね。このままじゃ、でっかいほう行くことになりそうだし」


 そう言って先に行ってた男子たちに割り込んでいくいちごちゃん。私もすかさず付いていく。


「ねえねえ、いちごとりんちゃんはちっさいのがいいんだけど、どうにかならない?」


 どうにかと言っても時間に余裕があるわけでもないし、一体どうするんだろう。

 するとその男子の内のひとりが返答する。


「いや、時間無いしどっちかに行くしかないからなぁ。するとしても多数決か? 男子でちっさい方行きたい人いるか?」


 男子はみんなあの大きいやつがいいんだろうなぁと思ってると、ひとりが手を挙げる。確か佐藤くんだっけ。


「えっと、僕はあれ乗るの怖いから、ちっさい方がいいかなって思うんだけど……」


 佐藤くんはかっこいいというよりかはかわいいに近い男子で、見た目通りというか怖いものが苦手みたい。


 でもこれで3人ずつに別れちゃったから多数決の意味が無くなってしまう。これこそ本当にどうするんだろう。班行動しなさいって言われてるから別れて行動するわけにもいかないし……。


「じゃあもう別々で行こっか。そんなに離れてないしバレないって」


 最初に答えた男子がそう言う。

 え、ほんとにそうしちゃうんだ……。バレたら怒られない……?


「わかった~。その方がみんな楽しめるもんね! バレないようにだけ気を付けようね~」


 いやいやいちごちゃん!?

 ま、まあいちごちゃんがそう言うなら……。


「おっけー。それじゃ終わったらここ集合な。またなー」


 そう言って男子3人がその場を離れていく。

 残ったのは佐藤くんただひとり。


 え、私といちごちゃんの間に割ってくるなんて。せっかくいちごちゃんと楽しくしてたのに。


「佐藤くん、こっちこっち~」


 佐藤くんがいちごちゃんに近づいて、いちごちゃんを挟んで私の反対側に来る。


「えっと、よろしく……」

「怯えなくても大丈夫だよ~。仲良くしようね~!」

「うん」


 佐藤くんは恥かしがり屋みたいで、下向いて喋ってる。

 でもちょっと不快。いちごちゃんと喋らないでほしい。


「あっちのジェットコースター絶対怖いよね」

「そうだよね。あんなの怖すぎて僕には無理だよ……」

「ね~。いちごも怖いよ~。こっちの小さいやつならきっとそれほど怖くないんじゃないかなって思うけど、どう?」

「うん、僕もそう思う!」


 佐藤くんが笑顔になる。ふたりで笑って話してるのを見ると何故だかイライラしてくる。

 こっち向いてよ!

 そう思っていちごちゃんに声を掛ける。


「ねえ、そろそろ見えてきたよ! こっちこっち」

「あ、うん!」


 私はいちごちゃんが着ている服の袖をつかんで、一緒にジェットコースターの入口に向かう。袖を掴むなんて普段ならできないけど、今はなんだかイライラを解消するために平然とそんなことができてしまう。


 そうして入口に着いた私たち。大きなジェットコースターに比べて人気が薄いからか、数人ほどしか並んでいない。周りを見渡して見ると、このジェットコースターの特徴について書かれた看板があったので目を通す。


 どうやらこのジェットコースターは小さいだけが取り柄ってわけじゃないみたいで、普通の前乗り以外にも進行方向の後ろを向いて座る後ろ乗りがあって、後ろ乗りは無重力を感じられるみたい。でもそういうのを求めてるわけでもないから前乗りでいいかな。


「前乗りと後ろ乗りがあるみたいだけど、いちごちゃんはどうする? 私は前乗りでいいかなって思うんだけど」

「いちごはどっちでもいいよ~。佐藤くんは?」

「後ろ乗りしてみたいかも……」

「わかった、じゃあいちごもそっち乗る~」

「え、じゃあ私もそうする!」


 佐藤くんにいちごちゃんを取られるわけにはいかない。せめて隣は私のものなんだから。座席は2人掛けだから、それだけは譲れない。


 順番が近づいて、私はまたいちごちゃんの袖を掴む。これで離れることはないもんね。

 係員の案内に従って後ろ乗りの座席にいちごちゃんと一緒に座る。佐藤くんは私たちの後ろに座っていて、やったぜと内心ガッツポーズ。


 そして座席が小さいから隣のいちごちゃんとの距離はほとんどゼロ。袖を掴むくらいの距離なら大丈夫だったけど、流石にこれはドキドキしちゃう。腕が触れ合ったりして、袖とは違っていちごちゃんの体を間接的とはいえ感じるからなんだかヤバい。当たってるところがじんじんと心地よい痺れに浸される。


「後ろ乗りなんて初めて~。ドキドキしちゃうね」


 いちごちゃんの声を聞いて我に返る。

 すぐ返事返さないと佐藤くんに反応されちゃう!


「う、うん! ドキドキするよねー! 無重力なんて経験したこと無いからほんと、どんなのだろーって、そうなるよね!」


 すかさず返事をする。佐藤くんに答えさせる暇は与えたくない。


「そうだよね~! 佐藤くんはどう?」

「ワクワクする! 無重力なんて初めてだし!」

「うんうん!」


 うぐ。結局いちごちゃんが佐藤くんのことも気に掛けるから同じだった……。


 でもいちごちゃんの性格上確かにそうなるよね。別に私のことをないがしろにしてるわけじゃなくて、ただただ佐藤くんを、小さい子供を見守るような感覚で接してるだけ。

 

 きっとそうなんだろうけども。それでも私はなんだか嫌な気持ちになる。せっかくふたりだけで楽しめると思ってたのに。

 むー。


 そうこうしているうちにジェットコースターが動き始める。だんだんと登っていくごとに地上からの高さが高くなっていく。いくら小さいジェットコースターとはいえ、やっぱり少しだけ怖い。しかも後ろを向いてるから地面がよく見える。やっぱり前の方が良かったんじゃないかな……。でもいちごちゃんの隣は絶対渡せないからこれでいい。


 すると佐藤くんが不安を口にする。


「思ったより高くて怖い……」

「大丈夫だよ~。死ぬわけじゃないから安心して身を任せちゃお~」

「そうだよね。ありがとー!」


 そんなやり取りを聞いてイライラが激しくなる。

 むー!


「私も怖いよー! すっごく怖いの!」


 別にすっごく怖いわけじゃないけど、こっちも気にして欲しくてそんなことを言っちゃう。でも、もうジェットコースターが頂上まで達したようで、見える景色が青空に変わっていく。え、まだお話してな――


 びゅーん。


 落ちていくとともに、ふわりと体が浮く。地球の重力から解放されて不思議な感覚になる。地球から見放されたような、そんな感覚。高いところから地面を見る時のような、体に危険を知らせる恐怖ではなく、何にも頼らず自由でもあり孤独でもあるようなそんな恐怖。


 その恐怖を身にまとって数秒後、ドシンと重力が戻ってきて、今度は地球の重力に支配されるような、自由が無くて束縛されるような、そんな感覚。押し付けられてちょっと苦しい。


 そのふたつの感覚が交互に何度かやってきて、私は「わー!」とか叫ぶ暇もなく、いちごちゃんの言う通り身を任せていた。


 しばらくすると速度がゆっくりになり、元に戻ってきた。

 係員の案内に従って外に出る。


「どうだった~?」


 感覚をぐちゃぐちゃにされて地に足が付かない私の代わりに、佐藤くんが答える。


「楽しかった! あんなにふわ~ってなるんだね!」

「ね~! りんちゃんはどう?」


 ぐるぐるした感覚のままだけど、頑張って答えなきゃ……。


「えっと、なんか、重力の変わり方が、すごかった……」

「そうだよね! すごかったよね~!」


 しかし本当にすごかった……。浮いたり押し付けられたり、普通に生活してたら絶対に感じない感覚。たまになら楽しいけど、ずっとあんなのだったら気が狂ってしまいそうだなって思う。やっぱり地上が一番だよね……。


 そんな衝撃的な経験をしたからか、さっきのイライラなんかも消えちゃった。だから、その後は3人で楽しくお喋りして過ごしたのだった。

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