第15話 消灯
部屋に戻ってしばらくすると、葡萄やみかんちゃんもお風呂から部屋に戻ってきた。
消灯まではまだ時間があるから私たち4人は布団に入ってお喋りを始める。
「ねえねえ、やっぱお泊りと言ったら恋バナだよね?」
葡萄がそうやって話の口火を切る。
確かに、お泊りと言えば恋バナだよね。
さっきいちごちゃんとしてしまったけども……。
まあでも確かにこういう雰囲気だと恋バナって盛り上がりそう。
旅行で特別な雰囲気ってのもあるし、夜遅くってのもあるし。
でも私以外のメンバーで恋バナに特別興味あるのは葡萄くらいな気もするけど。だって、みかんちゃんは元気な少年って感じであんまり恋とかしなさそうだし。偏見だけど……。
あ、でもいちごちゃんも葡萄の読む恋愛小説には興味があるって言ってたしなんだかんだ盛り上がりそうかも?
一番興味津々なのは私だったりするんだけども……。
「せやんな! まあウチはよーわからんけど……。でも気にはなる」
みかんちゃんが興味無さそうなのは偏見だった……。ごめん。
それはそうと、意外にも4人とも恋バナが好きということが発覚した。普段の会話では全然こんな話しないのに。
「いいねー。林檎といちごちゃんもどう? 恋バナ」
「したいしたい~」
「いいよー」
目の前に好きな人がいるからちょっと、どころかすごく緊張するけども……。
好きな人がいるところで恋バナって一種の拷問な気がする。
「それじゃあ始めるねー。まずわたしからみんなに聞きたいんだけど……、好きな人っている?」
いきなりそれ聞いちゃうかぁ。
葡萄がそのまま続ける。
「わたしは小学生の時にいたんだけどね。その話はあとでするとして……みんなはどう? みかんちゃんからどうぞ」
葡萄の隣にいるみかんちゃんが答える。
「いや、好きな人とかはおらんかな。葡萄みたいに小学生の時になんかあったわけちゃうしね」
「そっかー。いちごちゃんは?」
私の隣、葡萄の斜め向かいにいるいちごちゃんに質問が飛ぶ。
「いちごもいないよー」
「えー、いちごちゃんもいないのかぁ。林檎はいないの?」
「いや、いないかな」
「えー残念。こんなに好きな人がいないことなんてあるのかなぁ? 誰か嘘付いてるでしょー」
バレてる……。
「まあいいや。じゃあわたしの話するね。小4の時のことなんだけど――」
私は知っている。葡萄に好きな人ができた時の話を。
葡萄が好きだったのは新井くん。放課後にサッカーをしている姿を見てかっこいいと思ったみたい。よく放課後に教室に残って新井くんの様子を一緒に見てたっけ。何がそんなに楽しいんだろーって思ってたけど、今ならわかる。見てるだけでも楽しいというか心が満たされる感じがあるよね。
そんな葡萄は見てるだけじゃ飽き足らず、新井くんと付き合いたいからってことで告白することにした。葡萄は直接新井くんに「新井くんのことが、好きです。よかったら、付き合ってください」と告白したもんだから大したものだと思う。私は隠れて見てたけど、葡萄の顔は真っ赤だったし相当恥ずかしかったんだろうなー。
そして、そのお返事はなんと「いいよ」だった。
ずいぶんあっさりとした返事だなーとも思ったけど、葡萄の喜びようといったらありゃしない。「ほんとに!? え、いいのいいの!?」って言いながら満面の笑みを見せていた葡萄ほどかわいいものは無いんじゃないかと思うくらい。
その結果付き合ったふたりだったけど、クラスメイトにからかわれたくないから学校でふたりきりになるわけにもいかず、放課後にデートしていたみたい。ある日は公園で、ある日はおうちで。
おててくらいは繋いだみたいだけど、新井くんがそれほど楽しそうにしてくれなくてヤダってことを葡萄からは言われてたっけ。そんなこと言われても私は恋を知らなかったからアドバイスのしようも無かったけども。
そんなこんなで結局は1か月も経たずに自然消滅してしまった。
今考えたら、あれは新井くんが結局はサッカーを楽しみの基準にしてて、恋がどんなものかわからないまま葡萄と付き合ったからなんじゃないかな、なんて思うんだけど。葡萄の好き勝手に新井くんを連れまわして、新井くんの好きにさせなかったからってのもあるかも。
まあ、きっと初めての恋なんてそんなもんなんだろうなー。って、私の恋もそうなるのはイヤだな……。
でも頑張ればなんとかなると信じてるから、私は諦めない。諦めないぞー。
葡萄の話を聞きながらそんな回想に浸っていると、いつの間にか話が終わっていた。いちごちゃんやみかんちゃんも興味津々に聞いてたみたいで、「どんな感じでおてて繋いでたの~?」とか「そんなかっこよかったん?」みたいに葡萄が質問攻めに遭っていた。
そんな中、私の頭は恋のことでいっぱいで、つい隣にいるいちごちゃんを横目で見やる。
なんだかこの恋は結ばれないのかな、とか、付き合えたとしても幸せになれないのかな、とか複雑な気持ちでいっぱいになるけれども、そんな不安に浸っていても何も生まれないから私も葡萄に質問する。
「葡萄のその時のお付き合いは上手くいかなかったけど、今ならどんなふうに好きな人と付き合いたい? ほら、恋愛小説とかいっぱい読んだわけだし考え方変わったかなーって」
「それいちごも気になる!」
「うーん、色々読んだけどね、やっぱ自分勝手になっちゃだめみたいなんだよね。だからもうちょっと相手のこと考えて付き合いたいかも。なんていうか、相手を幸せにしたいって気持ちさえあればなんとでもなるんじゃないかなって。でもそんなの現実には難しいよねーって思うけどね」
え、『相手を幸せにしたい気持ちがあれば』ってくだり、すごくいいなって思ったのに。そんなに難しいことなの?
「え、難しいの?」
「うん。だって自分がしたいことを我慢して、相手がしたいことを優先するだなんてわたしには無理かも。難しくない?」
確かにそう言われてしまえばそうかもしれない。
でも恋ってそこまでうまくいかないものでもないと思うんだけどなぁ。
この話には何かが欠けてる気がするけど、その何かがよくわからない。
「いちごにはそれほど難しくない話に聞こえたけどな~。だって相手が笑顔になってるところを見たら、それだけで幸せになれない?」
確かにそれもそうかも。でもやっぱりそれだけで我慢し続けられるのかと言われると、ノーだ。いちごちゃんはそんな素敵な性格だからお世話好きになったのかもしれない。
「いちごちゃんすご……。きっといちごちゃんは幸せな恋愛ができるよー」
葡萄がそう言うけども、私もそう思う。いちごちゃんは素敵な恋愛ができそう。でもその恋の矢印が私に向いてくれるのかな、ってちょっと心配にもなる。もちろんまだ恋を知らないいちごちゃんだから矢印は出てないんだけど。
「私は難しそうに思うな……。でもほんとに恋ってそんなものなの?」
「うーん、わかんない。でも主人公に心情移入して読んでたら幸せになれるから、きっとどこかに幸せな恋は落ちてるんじゃないかなって思いはするけどね」
落ちてる……。落ちてるというよりかは掴むものなんじゃないかなとも思うんだけども。
そう、掴まなきゃ。このままだときっといちごちゃんは恋に憧れを持ってくれない。だって、葡萄が失敗した話を聞いたわけだから、もっとこう、幸せなエピソードを……。
「ねえ葡萄」
「んー?」
「もっと具体的にどういう場面で幸せを感じたか、とか教えてくれない? 小説の話でもいいからさ」
「そうだなー。お互いに『好きだよ』って言い合う場面はやっぱりドキドキしちゃうなー。だってすごく嬉しいじゃん。あとはきわどい場面とか」
きわどい場面って……。気になる。すごくすごく気になるけど葡萄が読んでるのは男の子との恋愛の話だから、女の子とだとどうなるのかはわかんないよね。そういうのあんまり詳しくないけど、抱くとも言うらしいからきっと抱きはするんだろうな……。
いちごちゃんと……。考えるまでもなく頭が沸騰するのがわかるから、考えないでおこう……。
と、とにかく。いちごちゃんはどう思ったのかな?
「いちごちゃんはどう? 恋について。なにか、ちょっとでもわかった?」
「うん。えっとね、恋ってのは相手の幸せを考えて、好きって言い合って、ドキドキして、なんというかすっごく幸せそうでいいな~って思えたよ! いちごはまだそんな気持ちになったことないけど、恋してみたいな~って思っちゃった」
やったぁ!
いちごちゃんが恋に対してすごく前向きな発言をしてくれたから、嬉しい気持ちになる。きっとこの恋もうまくいく。
「そうだよね! いいよね! 恋、しようね!」
まるで恋を知ってるかのような発言をしちゃったけど、葡萄の話でちょっと知ってたからセーフ……だよね?
そんな恋バナを咲かせてた私たちだったけど、消灯時間になって電気が消されたから眠りにつくことにした。
みかんちゃんが「枕投げしたーい!」って言ってたけど、私といちごちゃんが眠いからってことで諦めてくれた。ごめんよ、みかんちゃん。でも眠いんだ……。
この眠気はきっと安心感から。いちごちゃんが恋に前向きに考えてくれて、もしかしたら私のこの恋が叶うかもしれないという希望から。この希望さえあれば私は頑張れる。
「おやすみー」
いちごちゃんにだけ聞こえる声の大きさで言う。
「おやすみ~。また明日~」
「うん!」
いちごちゃんとこうやって一緒に眠れるの、なんて幸せなんだろう。毎日がこうだったらいいのに。
そんな毎日を手に入れるためにも、頑張ろう。がんばろう……がんばる……
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