第14話 温泉

 私たちは宿に戻り、クラスで大部屋に集まってレクリエーションと称した伝言ゲームとかクイズ大会とか色んな遊びをして、クラスのみんなと仲良くなった。


 さっきまでとは違って、班ごとじゃなくてメンバーをごちゃごちゃに入れ替えて遊んだから、いつもの3人以外の人ともちょっと仲良くなれて新鮮だった。でもやっぱり今の私はいちごちゃんとお喋りしたいなって気持ちでいっぱいのままで、晩御飯に向かう時には「やっといちごちゃんとお喋りできる!」って思った。


 そんな今日の晩御飯はすき焼きみたいで私は内心でガッツポーズをする。

 私は木製の低いテーブルがたくさん置いてある和室に入り、いちごちゃんの隣の座布団に座る。

 目の前には黒い大きいお鍋がコンロの上に置いてあって、既に火が付けられている。


「すき焼きだー!」

「そうだね~。りんちゃんも好き?」

「うん! 好き!」

「おいしいよね~」


 そんな他愛のない話をしていたら食べる準備ができて、先生の「いただきます」に合わせてみんなで「いただきます!」と唱和する。




 いちごちゃんと一緒に食べるすき焼きはおいしかった。……いやひとりで食べてもおいしいんだろうけども。お喋りしながら食べるほうがおいしいって言うじゃん! そういうあれだと思う。その方が楽しいよね? だからおいしい。以上!


 まあとにかく私はいちごちゃんとの楽しい晩御飯のひと時を過ごしたんだけれども。次に待ってるイベントはお風呂、というか温泉だ。


 この宿では露天風呂なんかも付いてて、ボロい雰囲気にしては公衆浴場みたいなのじゃなくて、ちゃんとした温泉って感じらしい。


 ごちそうさまをした私たちは部屋に戻り、お風呂の準備をしてお風呂に向かう。

 ちなみに部屋は8人部屋で、葡萄やみかんちゃんも一緒の部屋だ。ただ、班ごとにお風呂の時間が決まってて、その時間は違う。


 ずっといちご成分を補給していたから、たまには葡萄成分とみかん成分も補給したいなって思ってた頃なんだけども。まあ正しくは、いちごちゃんとお喋りして楽しいけどドキドキし過ぎることも多いから、ちょっと休憩したいみたいなそんな感じ。


「お風呂って温泉なんだよね~。楽しみ~」

「私も楽しみー!」

「あ、あそこが入口かな?」


 角を曲がると正面に『女』と書かれた赤茶色の暖簾のれんが見える。


「そうだねー」


 暖簾をくぐって適当に空いてる脱衣所のカゴの前に陣取る。

 ……そういえばすっかり忘れてたけど、温泉って入るんだよね。温泉だからのんびりできて、いちごちゃんと楽しくお喋りできそうだなーって漠然と思ってたけども。


 え、それダメでは? 

 今日の朝はそれに気付いていたのに、今を楽しんでるうちにすっかり忘れてたから、心の準備ができてない。


 だって裸、裸って。いちごちゃんの裸!?

 え、え、え。


 そんなことを考えてるうちにも、いちごちゃんは服を脱いでいく。

 肌色があらわになっていく様をまじまじと見れるだけの精神力は持ち合わせていなかったので、私は脱衣所のカゴに目線を戻す。


「あれ? りんちゃん脱がないの?」

「あー、ちょっとぼーっとしてて。い、今脱ぐよ」


 待って。私も裸になるわけだから見られちゃうじゃん。

 好きな人に裸を見られるのって恥ずかしい。

 何が恥ずかしいってそりゃ、服をまとってないわけだから、大事な所が隠れてないわけで。どうして恥ずかしいのかって根本的な説明にはなってない気もするけど。


 とにかく催促されたわけだから服を脱ぐ。

 下着も脱いだ。恥ずかしいのでタオルで前を隠す。


「いこっか~」

「うん……」


 目の前にはいちごちゃんの裸があってまともに見られない。

 そういうわけで私は目線を適当なところに移して歩く。


 初めはシャワーが並ぶ所に行って頭や体を洗う。

 ざー。


 こうやって洗ってる時は考え事が捗るんだけど、今考えることはどう考えてもいちごちゃんの裸についてになってしまうから、ここは無心で頑張ろう……。


 ……。

 ざー。



 一通り洗い終わっていちごちゃんの方をチラッと見ると、いちごちゃんも丁度洗い終わったところみたい。


「あ、りんちゃんも終わったところなんだ~。お風呂入ろ~」

「う、うん」


 そうやっていちごちゃんはまず内湯に入る。

 私も隣に並んで入る。

 熱っ。

 ゆっくりと入る。


 当然だけど、お風呂に入る時は隠していたタオルが無いからお互いに文字通り丸裸だ。ちょっと横を覗けばいちごちゃんの裸があって、私はそっちに興味津々になってしまう。まるで男子みたいにちらちらと覗きたい欲求に駆られる。

 スカートの中どころか下着も脱いだ姿を覗こうとしてるからレベルはもっと高いけど。なんだレベルって。


「はぁ~。ゆっくりできて気持ちいいから温泉っていいよね~」

「あー、うん。そうだよねそうそう温泉ってこうなんか落ち着くよねー。あはは」


 まともなテンションでいられない……。今だって覗きたい衝動と戦ってるんだから。変な目で見たら嫌われちゃうかもしれないし……。もっと軽い感じで気にせず見れたらいいのになぁ。でもちょっと今の私には刺激が強すぎる。だけど見たい。

 私がそんな葛藤を抱える一方でいちごちゃんはのんびりのびのびとしている。


「露天風呂の方も行こ~」

「う、うん」


 そうしていちごちゃんが立ち上がる。

 今がチャンスだと思っていちごちゃんの方を見る。ちゃんと。目は合わせないけど。


 お湯の中から立ち上がったことでしたたる水滴がすごく、こう、ひわい。

 その体躯も華奢で小さくて、興奮してしまう。なんかだめだ。犯罪臭を感じる。

 ……そろそろ上がらないと変に思われちゃうからやめないと。


 私も内湯から上がり、いちごちゃんと一緒に露天風呂へと移る。

 移動中も勝手にその体が視界に入ってきてよくない。いやむしろ最高なんだけどよくない。


 露天風呂にいちごちゃんが浸かり、私も一緒に浸かる。

 外の温度が丁度よく涼しくて、温泉は温かいからとても気持ちいい。


「こっちの方が涼しさと温かさが良い感じに混ざってて気持ちいいね~」

「わかるー!」


 この心地よさに癒されて、いちごちゃんとも共感できたりして少し落ち着いてきた。視線さえいちごちゃんの方に向けなければ普通に接することができそうで、ほっと一息つく。


 しばらく浸かっていると、ふと疑問に思う。


 いちごちゃんはやっぱり男の子が好きなのかな……。

 ちょっと勇気を出して聞いてみようかな。もしそうだったら、それはそれで頑張らないといけないことになるわけだし。男の子が好きな女の子が、女の子を好きになる事があるのかと聞かれるとわかんないけど。私は、頑張れば何でもなんとかなると思ってる人だから。


 だからちょっと怖いけども聞いてみる。


「ねえ、いちごちゃん」

「なに~?」

「いちごちゃんって、恋とかしたことある……?」

「恋ね~。ちっちゃい子の面倒見ることに夢中だったから意外とそういうの気にしたことないんだよね。それだけで十分生きがいというか、幸せーって思ってたから恋が必要無かったのかも。今は面倒見る子がいないから、むしろモヤモヤすることもあったんだけど、りんちゃんたちと一緒に遊んだりしてちょっとはそんなモヤモヤも無くなったかな~。でもやっぱり誰かをお世話してたほうがいちごのしょうにはあってるのかも」


 恋したことないんだー。まあ私もこれが初めてなんだけど……。

 いちごちゃんにとってはお世話することが恋と同じかそれ以上に大切なことなのかな?


 あ、肝心なことを聞き忘れてた。男の子が好きなのかどうか。でも恋をしたことが無いならわかんないかな。


「そっかぁ。いちごちゃんにとってはお世話したりするのがとっても大切なことなんだね」

「うん。あ、なんか全然恋愛のことじゃなくてごめんね~。でもでも、男の子がかっこいいなーって思ったりするくらいならあるよ~」


 男の子……。そうだよね、普通は男の子に興味がいくよね……。


「そうなんだ。……女の子は?」

「え? お、女の子?」

「うん。その、女の子に恋する子もいるじゃん?」

「た、確かに。それは考えたことが無かったかも……。女の子もかわいいなーって思ったりするから、そういう意味では違いって意外と無いのかな? うーんわかんないかも」


 わかんないかぁ。でも嫌ってわけじゃなさそうだし、変に失望することも無さそうでちょっと安心した。……でもそもそも恋したこと無いのに安心していいのかな?

 仮に告白したとして。恋の気持ちがわかんないからダメとか言われる可能性もあるわけで。というかそもそもだ。告白して付き合えたとして何するの?

 少しはわかるけど、後でちゃんと葡萄に聞いてみようかな……。恋愛小説読み漁ってるみたいだから、そのくらいは容易たやすい御用だろうし。


「そっか。わかんないよね。ありがとねー」

「うん。りんちゃんは恋とか興味あるの? わざわざ聞いてきたわけだし、誰か好きな人でもいるのかなーって思ったんだけど……」


 えっと、いま目の前にいるあなたなんです……。なんて言えるわけないので、どう答えたらいいのかわかんなくて、ちょっと頭がパニくる。


「えっと、えーっと」

「あ、ごめんごめん。困らせちゃったよね。でもやっぱみんな恋に興味津々だよね~。みんな恋バナしたがるし。うちのグループだとぶどっちくらいかもしれないけど」

「うん。なんか葡萄は小学校の頃に好きな男の子いたし、最近は恋愛小説にハマってるらしいから、ほんと恋愛に関しては結構知ってると思う」

「へー! 恋愛小説読んでるんだ~。ちょっと気になるかも……」

「そうなの?」

「うん。だって恋愛ってどんなものかわかんなくて、キラキラしてるものなのかなーって思ったりするから、なんて言うんだろう、知りたいって意味で気になるかな~」

「うーん、葡萄が読んでるのはそういうキラキラした感じじゃないかもだけどね……」


 クッキーを作った時の葡萄を思い出す。恋愛小説に影響されて発言や行動が結構過激だったような……。

 ココア味のできたてクッキーを食べて『味覚と食感で舌に私を忘れさせないぞってしてくる意志を感じる』って言ったこととか、あーんしてあげたら指ごとくわえられたり……。


「あ、時間そろそろヤバいんじゃない?」


 そういえば班ごとにお風呂に入れる時間が決まってるんだった。

 一緒のタイミングで入った4・5・6班の子たちはもう周りを見渡してもほとんどいない。


「確かに! 急ご急ご!」


 こうして、戻る時はいちごちゃんの裸を見る暇も無く、急ぎ足で部屋に戻ることになったのだった。

 でもいちごちゃんの恋愛事情を聞けたからよかった。私もちょっとは頑張ってる気がする。間違った方向で頑張ったこともあった気がするけど、それはそれということで。

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