第12話 出発

 ぬくぬくしたお布団(下はベッドだけど)に包まれながら、希望と共に目が覚める。

 何故なら今日は待ちに待った旅行の日だから。


 昨日の夜はみかんちゃんと電話で「あの神社ってこれが有名なんやで!」「そうなんだー!」とか「ぶどっちと一緒にゴーカートで勝負するの楽しみやねん!」「楽しそう! でも葡萄はレースゲーム強いから手強いかもよ?」なんて感じで今回の旅行のことを楽しみにしながら、23時過ぎには眠くなってすぐ寝ちゃった。


 みかんちゃんとの電話で色んな楽しい話をしたけど、本当に私の心のウエイトを占めている感情は、緊張だったりする。


 最初は普通に神社を観光する、というか校外学習的な感じで巡るだけだから大丈夫なんだけど、その後のことを想像すると色々とまずい。だって、お風呂だって一緒に入るわけだし、同じ部屋で寝るわけだし、問題しかない……。正気でいられるか心配……。それに、明日は遊園地でお化け屋敷に観覧車にと、葡萄の言う一大恋愛イベントがふたつも。


 そういえば、怖いものに慣れるために一昨日、ホラー映画を1本見てみたんだけどやっぱりダメだった。その日こそ眠れなかった。おかげで昨日寝不足だったからちゃんと寝られたのかもしれない……。ある意味ホラー映画に感謝だ。いや、もうあんなの見たくないけど。


 まあなるようにしかならないんだから、もうそのことは諦めよう。

 だから、今回の旅行は今その時を楽しむことを意識してみる。

 今のことだけを考えてたら、そんな不安だとかは消えてなくなるんだから。


 そんなことを考えながら布団にくるまっていると、目覚まし時計と目が合った。目が合ったってのはおかしいけど。


 自然に目が覚めたから、目覚ましの時間まではまだもうちょっとある。

 もっと色んなことを考えていたいなとも思ったけど、せっかく朝早く目が覚めたんだ。ここはゆっくり余裕を持って朝を過ごそうじゃないか。これも今を楽しむことに違いない。

 これが大人の余裕ってやつなのかな?


 そういうわけで私はお布団から抜け出した後、朝を優雅な気分で楽しんでいた。旅行に必要なものは既に準備できてるし、着替えも済ませてるからいつでも出られる。やっぱりこれが余裕ってやつだな……。なんて思いながらゆっくりと紅茶をたしなんでいると、ピンポーンと音が鳴る。


 え? あれ? もう葡萄が来る時間?


 時計を見ると8時10分で、いつも葡萄と一緒に登校している時間に、いつの間にかなっていた。


 紅茶まだ半分残ってるのに!

 私は葡萄に「ちょっと待ってて」と応答して、紅茶をがぶがぶと飲む。


 私に大人の余裕はまだ早かったみたいだ……。



 そうして家を出た私と葡萄で「ゴーカートで勝つためにまたゲームで訓練してたんだよ!」「ゲームと現実は違うからそれ訓練ならないんじゃ?」「ゲームと現実の区別くらい付いてるもん! その違いがわかる女だから大丈夫!」「なんかその『違いがわかる』の使い方間違ってない?」なんて楽しくお喋りしていたら、学校に到着して一旦お別れする。


 グラウンドでクラスごと、班ごとに別れて集合することになっているから、1組の5班の場所を探す。まあ教室と同じ配置で集まるだけだからすぐわかるけど。


 見つけた……いちごちゃんを。


「いちごちゃん、おはよー!」

「おはよ~。さっきからりんちゃんと一緒に旅行できるの楽しみでわくわくしてたんだ~!」


 そんな、私のことを求めてるみたいなこと言われちゃったら嬉しくてどうにかなっちゃう……。こんなのでどうにかなってたら今後が思いやられるけど、今を大事にすればいい。だからこの溢れる思いはそのまま表現してしまえばいい。


「そうなんだ! えへへ、嬉しいな……」


 私はなんだか崩れ切った笑顔を見せてそう言ってしまった気がするけど、気にしない気にしない。


「りんちゃんも楽しみにしてくれてたんだ~! 嬉しい!」


 いちごちゃんも嬉しそうにしてくれた!

 やっぱり今を楽しむのって正解かもしれない。


 その後、お喋りをしてたら先生から「ひとりで行動しちゃだめだよ」だとか注意事項が説明されて私たちはバスに乗り込む。


 ひとりがだめなだけで、ふたりならいいんだよね……。


 ちょっとちょっと、変な妄想はしないで今を楽しもう、そうしよう。




 バスに揺られて2時間。


 私は窓側の席に座って、いちごちゃんは私の隣の席に座っている。

 さっきまでは、いちごちゃんがGWに九州に旅行に行った話なんかを楽しくしてたんだけど、「実は昨日そんなに寝れてないんだよね~」なんて言って眠そうにしていたから、「起こしてあげるから寝ていいよー」って言って寝かしてあげた。

 まだ到着まで1時間かかるみたいだからね。


 そうやって寝かしてあげたんだけども。


 いちごちゃんの寝顔が可愛すぎる……。ちょっとこれは想定外だ。

 い、いつまでも見ていたい……。いや、いちごちゃんと喋れないのはあれだけど、時には見てるだけってのもいい。ごめんなさい時にはとか嘘ですずーっと見ていたいかわいいかわいい……。




 なんでこんなにかわいいんだろう? なんて思いながらずーっと、それこそバスが目的地に到着する直前までずっと見てしまっていた。うん、確かに今を楽しむことはできてる気がする。というかこれは楽しむとはまた別の何かだと思うんだけども……。あ、起こさなきゃ。


 いちごちゃんの肩を叩く。


「おーい、起きてー!」

「……んにゃ」


 かわいい!

 その反応は反則だよぉ。


「もう着くよー」

「え、あーうん。起こしてくれて、ありがとね~」


 そんなわけで、私たちはバスを降りた。

 降り立ったところはその神社近くの大きな旅館で、ちょっとボロい感じだけど、和風な感じが伝わってきてなかなか雰囲気がある。


 そんな雰囲気を堪能していると旅館の人が出てきて、「ようこそお越しくださいました」だとか「昼食の案内をしますのでどうぞこちらに」だとか言って私たちをご飯を食べる大部屋に案内してくれた。

 

 出されたお昼ご飯は炊き込みご飯とか、天ぷらとか、お漬物とか、とにかく和風の美味しいものを集めましたって感じで大満足だった。


 ちなみにいちごちゃんはナスの天ぷらが特に気に入ったらしく、それは私の頭の中に大事な記録として記憶された。いや天ぷら作ってあげる機会だなんてそうそうないだろうけども。

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