第2章 いちごと旅行先で
第10話 席替え
5月に入ってGWも過ぎた頃。
少し暑い日もやってきて、学校にも慣れてきた頃でもあるんだけど、教室の席はそうもいかないらしい。
どうやら毎月の初め頃に席替えをするそうで。授業終わりのHR(ホームルーム)で先生にそう説明された。
教卓の上には、既にくじが入った箱が用意されていて、今の席でいられるのもあと
せっかく葡萄の後ろの席だったのになぁ。
でもよく考えたら、いちごちゃんやみかんちゃんと近くの席になれるかもだし、あんまり気を落とさないでいこう。
「席替え、ヤだー! 林檎と離ればなれになりたくないー……」
葡萄が私の方を向いて、手を握ってくる。
かわいいなぁ。
「まあまあ。席が離ればなれになっても休み時間とか普通にお喋りしたらいいだけだから、そんなに変わらないでしょ? 一生のお別れじゃないんだからさ」
「うーん、確かにそうかもだけどさー。こうやってすぐ手をにぎにぎしたりできないじゃん」
私の手の甲が葡萄の指で
それはにぎにぎじゃなくて、ぐにぐにって言うんだけどなぁ。
「それじゃあこっちの前の人から、くじ引いていって」
先生が私たちがいる列を指してそう言った。
私たちの順番はすぐで、葡萄が立ち上がって教卓に向かい始めたところで私も立ち上がり、歩き始める。
くじを引いた葡萄とすれ違って、教卓に
箱に手を入れてくじをまさぐる。
ふと思考がぐるぐると回る。
どれがいいかな。どれを引いたらいちごちゃんの隣になれるかな……。隣になれたらいちごちゃんのかわいい笑顔をもっと近くで見れて、もっと近くに居られて、もしかしたらおてて握ったりできたりして、すごく満たされるのにな……。かみさまー!
これだ! と思うくじを引く。
くじを見ると、『37』と書かれている。
黒板に書かれた図を見ると、番号が若い順に左前から後ろに、後ろまで行ったら右の列の前にいって……の繰り返しをしていて、私の番号は右端の前から3番目にあたるみたいだ。
席に戻ると葡萄が声を掛けてくる。
「何番だった……?」
「37番だったよ」
「えー! わたしは1番だったんだけど、全然場所違うじゃーん。うー」
「ちゃんと隣の子と仲良くなるんだよー」
「林檎と喋らないとなんか調子付かないのになぁ」
「まあまあ、そのうち慣れるって」
そんなふうに葡萄をなだめてたら、みんなくじを引き終わっていて、席を移動する時が来た。
流石に私もちょっと寂しい。やっぱり葡萄の後ろの席は居心地がよかったし、葡萄が嫌だって言うのも本当はすごくよくわかる。でも、そんな気持ちになっていたってしょうがないから、やっぱり私は新しい席に希望を抱くのだ。
椅子と机を動かせるように手を机の端に添えて、葡萄に別れを告げる。
「それじゃあねー」
「そっちの世界でも頑張るんだぞ」
「あはは。そっちもね」
なんだかんだ冗談を言ってくれる葡萄だからきっと大丈夫だろう。
教室のいたるところからギーギーと机や椅子が床とすれる音がする中、私も該当の席へと移動する。
教室の右端。さっきまでは窓際の席だったけど、今度は壁際の席になってちょっと解放感に欠ける。まあ、もたれかかれるのは謎の安心感があったりするからそこはいい点かもしれないけど。夜寝る時に壁側向くと落ち着くみたいな、あんな感じの安心感。
それはそうといちごちゃんとみかんちゃんはどこなんだろう?
「あ、りんちゃん近くなんだ! よかった~」
この声はいちごちゃん……!
私は声がした方を向く。
すると、いちごちゃんは私の左前のさらに前の席にいることがわかる。
ち、近くかなぁ?
「そーだね! ちょっとだけ離れてはいるけど……」
「でも一緒の班だよ~!」
「確かに!」
班が一緒だと、何かとグループ分けで一緒になれるからお話できる機会も自然と増えるんだよね。やった。
あ、あと班ノートとかいう班の人で毎日回すのがあるんだった。自己紹介書いたり、最近あった楽しかったこと書いたりして、班の人のことを知って仲良くなりましょうみたいな。
あれをいちごちゃんとできるんだー! えへへ。
そんなことを思い出してると、先生の声が聞こえてくる。
「それじゃあみんな席についてー。来週の宿泊行事はこの班で行動してもらうから、今から仲良くしていってねー。あ、忘れてたけど班ノートは該当の班のいちばん番号が若い人に渡してね。今やっていいから」
班ノートを持ってる人が何人か立ち上がる。
その中にみかんちゃんがいた。
さっき1番と言った左端最前にいる葡萄の右隣がみかんちゃんの席みたいで、隣なのいいなーって思う。まあ私だっていちごちゃんと同じ班なんだからね。なんて心の中で張り合っていると、みかんちゃんがいちごちゃんの席に近寄って班ノートを渡していた。
いちごちゃんは班の中で一番左前にいて、いちばん番号が若いから班ノート最初の番だ。反時計回りに回してて、基本は1班6人だから次に私が班ノートを書くのは……3日後。最初は自己紹介を書くから、いちごちゃんの知らない一面とか知れたら嬉しいなー。
「はい、じゃあ班ノートも渡せたみたいだし、宿泊行事の自由行動の時にどうするかを、机を班の形にして話し合ってね。あ、この前配ったしおり忘れた人いたら先生の貸してあげるから前まで来てねー。それじゃあ始めてー」
机を班の形に、6つの机が繋がった状態にしてみんなと話せる態勢になる。いちごちゃん以外は男子だからちょっと他の子とは話しづらいな、なんて思ってたけど、流石は頼れるいちごちゃん。他の男子がどうしようってなってる間に、いちごちゃんが仕切り始めた。
「みんなしおりの8ページ見て~。遊園地での自由行動についてってとこ。それ見て話し合おっか」
そういやそんなページがあったな。しおりをぱらぱらとめくる。
確か今回の宿泊行事……というかただの旅行だよね。まあその旅行の行き先は関東の外れにある山の方で、1日目は大きな神社を見たり温泉に入って1泊して、2日目は遊園地で遊ぶみたい。遊園地内では自由行動だけど、班でまとまって行動しないとだめって書いてたから、それをこれから決めるわけだ。
「それじゃあどこ行きたいか、1人ずつ言っていこっか~。いちごは観覧車に乗ってみたい! 次はキミね」
「えっと、オレはジェットコースター乗りたいな」
「僕はゴーカートがいい」
あ、次私の番だ。
「えーと」
どうしよう、ちゃんと考えてなかった……。
いちごちゃんと仲良くなるためには……これだ!
「お化け屋敷がいい!」
お化け屋敷と言えば、怖いからって腕を
残りの男子二人はジェットコースターがいいと言っていたので、ジェットコースター、ゴーカート、お化け屋敷、観覧車の4つのアトラクションに行くことが決まった。楽しみだなー。特にお化け屋敷と観覧車。だって観覧車も一大恋愛イベントの聖地! って葡萄が……。まあそれはそれとして。
どうせ男子たちとはあんまり喋らないだろうし、いちごちゃんと仲良くできるのが今から楽しみだなぁ。もし男子が間割ってきたら、しっしっ、ってどっかにやっちゃおう。旅行中のいちごちゃんは私だけのものだーってわからせてやるんだから。
そうして放課後。
いちごちゃんが私に声を掛ける。
「りんちゃんってお化け屋敷とか好きなんだね~。知らなかった~」
あー、実は好きじゃないんですけどねー。うーん。誤魔化そう。
流石にこんな下心をバラすわけにはいかない。
「うん、実は他の遊園地行った時とかもお化け屋敷とか全然平気でさー。ちょっと怖いくらいでちょうど楽しかったよ」
何言ってるんだ私。いいとこ見せたいからってちょっとこれは言い過ぎた気がする……。行ったことないから行ってみたかったんだ、とかそんなふうに言えばよかったじゃんかー。失敗した……。
「へ~! すごい! いちごは怖いの苦手だから、りんちゃんが隣にいたら頼もしいね!」
うーん、やっぱりこんなふうに言われるのは嬉しい……。うぅ……。嬉しさと罪悪感でどうにかなっちゃいそう。当日までに怖いものに慣れておかないと……。
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