第5話 いちごとおうちで②

 いちごちゃんにドキドキさせられてトイレにこもってたけど、流石に長居するわけにもいかないから、無理矢理にでも心を落ち着かせてからドアを開けて、リビングに戻る。


「大丈夫?」


 葡萄がそう言って、心配そうに顔を少し傾ける。


「うん、なんとか」


 『なんとか』って。誤解生みそう。

 その『なんとか』じゃないんだよー、と言いたいところだけども。流石にこの気持ちは誰にも言えたものじゃない。自分ですらよくわかってないんだから。


 とにかくいちごちゃんのことはあんまり意識しないようにしないと。


 そう思って、こたつに入った後はクッキーをほおばることに集中していたんだけど。そしたら今度はお喋りも適当な相槌しか打てなくて、どんな話をしてたのかもよく覚えていられず、クッキーもいつの間にか消えてしまっていた。

 あれ、こんなに食べちゃってたのか。


「林檎にしては珍しくいっぱい食べてるねー。そんな林檎には私の食べかけクッキーをあーんしてあげる!」


 そう言って葡萄は「あーん」と言いながら私の口の前にクッキーを差し出してくる。


「いやいや、もう大丈夫だから!」

「えー、つまんないのー」


 葡萄が私に食べさせるのを観念したのか、ぱくっとクッキーを食べて、最後のクッキーが無くなる。

 飲み物も無くなってるから、もうそろそろお喋りも終わりかな。

 何の話してたか覚えてないけど。


「ほんじゃ、そろそろりんちゃんが言ってたモノポリーやらへん?」

「あ、うん。やろっか。準備するからちょっと待ってねー」


 そんなこんなで結局クッキーの評判を聞きそびれたまま、次の催しに移ることになった。

 いちごちゃんを意識してまた顔が赤くなるようなことが無かったから、それだけでいい。よくやった私。

 ……いやよく考えたらまだまだ時間あるじゃん。が……がんばろ……。



 私はこたつの上の食器なんかをキッチンに持って行って、場所を空ける。

 そうして長方形の薄い箱に入ったモノポリーを物置から持ってきて、こたつの上にモノポリーの箱ごと置く。


 みんなモノポリーを知らないからか興味津々な様子で見守ってくれている。

 モノポリーについて説明していけばいいかな。


 まずは箱のふたを取って、中に入っている半分に折りたたまれたボードを開くと、正方形の大きなボードが姿を現す。そうしてそれをこたつの上の、ど真ん中に置く。


「これがモノポリーで使うボードというかマップね」


 ボードは1辺ごとに10マスあって、正方形だから10マス×4辺の40マスで一周するようになっている。


「この隅っこの大きく『GO』って書かれたマスからスタートして、サイコロふたつ振ってぐるぐる回っていく感じ」

「すごろくだねー」

「うん、ここまではすごろくなんだけど色々とルールがあってね。ちょっと私が実演してみるね」


 まずは使うコマっと……。

 モノポリーのコマはちょっと特殊で、軍艦、車、アイロン、帽子、馬、犬みたいに色んな物がモチーフになっている。多分10種類くらいあると思う。


「え、なんやこのコマ! めっちゃ色んなのあるやん!」

「いいでしょこれー。また後で好きなの選んでね」


 とりあえずアイロンにしよっと。

 私はアイロンのコマを『GO』のマスに置き、サイコロふたつを振る。

 ころころ。

 出た目は2と4で合計6。


「じゃあ6マス進めるね。いち、にー、さん、しー、ごー、ろく」


 アイロンのコマはライトブルーの帯が掛かっている、オリエンタル通りと書かれたマスに止まる。


「えーと、オリエンタル通りって書いてあるから、その土地を買うことができます。あー、お金用意するの忘れてた」

「お金ってこれ?」


 葡萄が箱の中の専用のケースに入った100とか20とか書かれた紙幣を指差す。


「そうそう、それそれ。最初は1500ドル持って始めるんだけど、今は適当に100ドル5枚くらい取っとこかな。それで、土地の価格がマスに書いてあるから、その金額を払ったら土地を買えて、権利書が貰えるの。100ドルって書いてあるから100ドル払いまーす」


 私はケースの100ドルが入った枠に100ドル紙幣を置き、権利書が入った枠からライトブルーの帯が入った正方形の権利書を手に取り、みんなに見せる。


「これが権利書で、この土地のレンタル料が書いてるの。レンタル料ってのは他の人がこのマスに止まった時に権利書持ってる人――今なら私がその人から取れる金額ね。だから、例えばこの状態で葡萄がこのマスに止まったら、権利書に書いてあるレンタル料、6ドルを私が葡萄から貰うことになるね」

「え、やっす! そんだけでいいの?」

「最初はね。でも家とかホテルとか建ってる時のレンタル料見たらわかるんだけど、家とかホテルとか建てたら一気にレンタル料高くなるんだよ。ほら、ちゃんと見てー」


 そうやって私は権利書の『家1軒つき 30』と書かれた部分を指差す。


「家1軒で30ドルになるし、下の方見たら4軒で400ドル、その次のホテルでは550ドルにもなるんだよ」

「うわー、6ドルとは比べ物にならないね。じゃあこの家とかってのはどうやって建てるのー? 家っぽい物はこのケースの中にあるけど」

「この建設費のとこ見たらわかるんだけど、この土地の場合は50ドル払ったら家1軒建てれるよ。でも家建てるには条件があって、同じ色の土地を独占しないといけないんだー」

「あー、それでマスとか権利書に色が付いてるんだー」

「そうそう、そういうこと」

「え、待って待って」


 いちごちゃんがモノポリーの説明に入ってから初めて口を開く。


「どうしたの?」

「独占しないと家建てられないって言ったけど、みんなぐるぐる回って土地を買っていくんだったら、そうそう独占できないんじゃないの?」


 この段階でそれに気付くの早い……。いちごちゃん賢いなー。可愛くて頼りになって頭が良くて、やっぱり甘えたくなっちゃう。もっと仲良くなりたいな。もっと仲良くなったら……。

 あー、だめだめ。また変なこと考えちゃうところだった。

 でも仲良くはしたいから楽しくお喋りすることをちゃんと考えよう……。頑張れ、私。


「そう! そうなの! いちごちゃんよく気付いたね! いちごちゃんの言う通り、ぐるぐるしてるだけだとそうなっちゃうから、交渉して土地をプレイヤーの間で交換したりできるんだよ!」


 つい私の身体が前傾姿勢になり、発言も前のめりになってしまう。


「そうなんだ~。ありがとね、りんちゃん」

「うん」


 あー、だめだ。なんだか一方的になってる気がしてちょっと悲しくなっちゃう。


 いや、別にいちごちゃんの反応はごく普通のものだし問題ないんだけど。そのはずなのに、勝手にいちごちゃんも同じテンションになってくれることを期待しちゃって、そういう反応を貰えなかったからこんな気持ちになっちゃってるのかな。


 もっと仲良くなれたら、きっとそうなれるよね……。

 今はそう思うことにして、この気持ちには蓋をする。


 その後、私は家の建て方や、チャンスマス、刑務所、『GO』を通過したら200ドル貰えること、買わなかった土地の競売の仕方なんかについて説明して、だいたいの説明を終える。

 説明が終わったから、今度は実際にプレイしようということで、私はお金を配り、各々が好きなコマを選び、ゲームが開始される――

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