第2話 葡萄とクッキーを①

 放課後、私と葡萄ぶどうは家庭科室に向かって廊下を歩いていた。


 私の右手は葡萄の左手と繋がっていて、肌のぬくもりが心地良い。なんだか心の繋がりも感じられるから、この感覚が好きだったりする。


 そうやって手を繋ぎながら、クッキーに興味津々な葡萄が、「クッキーってどうやって作るのかなー?」なんて質問をするから、「小麦粉とかバターとかでなんやかんやして焼くんじゃない?」みたいにそれっぽい返答をしながらお喋りしていたら、いつの間にか家庭科室の前まで来ていた。


 扉を開けると既に先輩たちがいて、「あー、りんちゃんとぶどっちだー! あんま時間無いからこっちこっち」と部長が私たちを手招きしてくる。


 クッキー作りってそんなに時間かかるんだ。ちょちょいと混ぜて焼けば終わるものだと思ってたけど。


 手を繋いだまま、部長に促されて私たちは黒板の前まで近づく。黒板を見ると、既にクッキー作りに必要な材料や調理器具、作り方などが書かれていた。


「ここに作り方とか諸々もろもろ書いてるから、これ見て自分で材料とか調理器具とか揃えてねー。あ、バターはあそこにほっといて常温に戻したやつあるからそれ使ってねー」


 部長が指差した方向を見ると、窓際の日向ひなたのちょっとしたスペースに銀色のトレーが置いてあって、その上にバターがラップでくるまれているのがわかった。


 今日は4月にしてはかなり寒かったから、日光に当てて常温に戻してたのかな。


「はい、わかりました」

「それから調理実習は基本ペアでやってもらうからよろしくね。あんまり大人数でやっちゃうと自分でやること少なくて結局身に付かないから」


 部長が視線を下げる。

 私たちが繋いでいる手に目線が行ってる気がする……。


「おふたりさん仲良しだし、ペアでいいよね?」


 あ、うん。そういうことか。仲は……そりゃすごく良いに決まってるし、なんなら好きだもん。おてて繋いでる今も幸せって感じ。


 一応ペアでいいか確認するために葡萄の方を見ると、葡萄もこっちを見ていて、うんうんとうなずいてくれる。


 それを確認した私は部長に向き直す。


「いいですよ」

「おっけー。それじゃあ質問とか大丈夫?」


 葡萄が控えめに右手を挙げる。


「えっと、ちょっと多めに作りたいんですけど、材料とか多めに取っても大丈夫ですか?」


 そういえばそうだった。明日のためにたくさん作らないとじゃん。忘れてた。


「あー、それ自体はいいんだけど、常温のバターがねぇ……」

「常温じゃないとだめなんですか?」

「うーん、まあそうだなぁ。ちょっとこっち来てみて? 触ったら違いわかると思うよ」


 そう言われて私たちは部長に付いていき、先ほど見たバターが置いてある場所まで向かう。


 すると、部長がラップ越しに指をバターの上に置き、ちょんちょんとそれを押す。


「ほら、こうやって押したらちょっとへこむでしょ? この状態に持っていかないと混ぜられないから、常温じゃないとだめなんだよね」


 部長の言う通り、バターが少しへこんでいる。


 え、常温のバターってへこむんだ。家でトーストにバター塗る時のこと思い出したら、固いか溶けてるかしか思いつかなかったから、こんなに柔らかいバターは初めてだ。私は焼いたトーストに固いバターを乗せて食べるのが好きだし、両親はバターを乗せてから焼いて全部溶かしちゃうから、どっちかしか知らないんだよね。


「へー! すごー!」

「なるほどー。てことはこの状態にさえなれば、おっけーってことですよね?」


 お、葡萄に何かいい考えがありそう。


「まあそうだけど」

「じゃあおててで、ぬくぬくあっためたらいいですよね!」


 た、確かに! それなら外でほっとくより早いし。葡萄、やりよるな……。


 葡萄はよくこういうひらめきをする。私が思いつかないことをひらめいて、あっと驚かされることが幾度となくあった。その度にすごいなーと感心するんだけども。一体どういう頭をしてるんだろう?


「でもそれだと、ほっとくよりかは早いだろうけども、20分とかは掛かるんじゃないかな。そしたら食べる時間が無くなるかもしれないけど……」

「大丈夫です! あ、林檎りんごもいい?」

「いいよー、どうせ後で食べるもんね」

「じゃあ早速バターぬくぬくします! 部長、どこにあります?」


 すると、部長が冷蔵庫からバターを取り出し、温度が伝わりやすくなるように薄く切ってくれて、それをラップに包んだものを葡萄に渡そうとする。


「薄く切ったからもうちょっと早く溶けるんじゃないかなー。はい、どうぞ」


 葡萄がバターを受け取るために繋いでいた手を離す。

 ちょっと名残惜しいけどまた帰り道で繋げばいっか。


 バターが葡萄の両手の上に受け渡される。


「つめたっ!」

「そりゃ、さっき冷蔵庫から出したばっかなんだから冷たいよー」

「そりゃそうなんだけど、林檎も触ってみてよぉ……。はい」


 そう言って葡萄が私の腕を持ち、持ち上がった手の上に冷たいバターを乗せてくる。何故か葡萄の手もべったり触れてるけど。


 普通は渡したいもの渡したら手を離すよね……?

 いや、さっき手を離して名残惜しかったところだから、嬉しいけどさ……。


 ただ、そういう触れ方をされたから、バターのひんやりとした感触が葡萄の温かい手と対照的に感じられた。バターが冷たいことがよくわかるし、葡萄の手が温かいことも再認識して何故かちょっとドキドキする。


「わー、ほんとに冷たいね」


 そんなことをしていると、部長からの指示が飛んでくる。


「じゃあそのバター、頑張って常温に戻してね。それまでは準備とかしたらいいから。わからないことあったら聞いてねー。あ、エプロンと三角巾さんかくきん付けるの忘れずにね」

「「はーい」」


 そうして私たちは適当に作業に使うテーブルを選び、バターを一旦テーブルの上に置いてからエプロンと三角巾を付けた。


「ねえ葡萄、このバターどうしよっか?」

「どうしよっかって?」

「バター係決めてどっちかが持つとかさ。どう?」

「よさそう。じゃあじゃんけんで負けたほうでいい? わたし持ちたくないし」

「おっけー。それじゃあ、最初はグー、じゃんけんぽん!」


 私はチョキを出し、葡萄はパーを出した。

 私の勝ち。というわけで。


「それじゃあ葡萄がバター係ね」

「えー、しょうがないなぁ」

「はい、どうぞー」


 葡萄の手にバターを戻す。


「やっぱ、つめたーい!」

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