第8話

「どうしたの急に~。」

と母は、自分に対してお茶を注ぎながら尋ねてきた。

「いやちょっと、顔でも見ようかなと思って。」

と僕は答えた。余命が二か月と言われた、なんてことは話してもいないし、寿命を売ったなんて言えるわけなくて、適当に嘘をついた。

本当はずっと会いたかったよ、とか、最近全然帰ってこなかったから心配してた、とか。多分そういう言葉をどこかで望んでいたんだと思う。でも母が自分に対して言った言葉は、そうじゃなかった。

「そんな理由で戻って来るんじゃないわよ、こんな平日に。心配して損したじゃないの~。」

と母は言った。自分が期待していた言葉を投げかけてくれなかった母に対して、自分が返す言葉を戸惑っていると、母は続けた。

「そういえばコウ、また賞取ったんですって。ほんと凄いわ、自慢の息子よ。」

と。母はとても嬉しそうに自分にそれを伝えてきた。

コウとは自分の弟だ。自分とは違い昔から要領がよく、愛想も良かったため、いろんな人から褒められていた。今は大学院に通いながら医療の研究をしている。最近では新しい治療法を発見したとしてテレビやニュースに取り上げられるほど有名になっている。

「そうか。それはすごいな。」

と母に返すと、母は自分の態度に気づきもせず、

「あんたも頑張りなさいよ!お兄ちゃんなんだから。」

と自分の肩をバシバシと叩いた。

死ぬ前に一度肉親だからと、会いに来た俺がバカみたいで、めちゃくちゃ腹が立った。

もうここに居たくないから帰ろうと、席を立ち、最後に父のいる和室に行く。

母親に自分の声が聞こえない場所にいるのを確認して、俺、あと一週間で死ぬんだ、と父に話しかける。

父は寡黙な人で怖い人だ。それでも、自分が弟と比べられて泣いているときは、いつも横に座り頭をさすってくれた。弟の味方しかしない母ではなく、静かで強い父が好きだった。

そんな父が半年前死んだ。

突発性の病気で見つかったときには、もう助からないほど病気が進行していた。

父が死んだと連絡を受けはしたが、動かなくなった父の姿を見るのが嫌で、実家には帰らなかった。だから今日が最初で最後のお参りだ。

「じゃあ。」と言って実家を出る。また来る、と言わなかったのも多分気づいていないんだろうなあ。

色々な感情が頭の中でぐちゃぐちゃに混ざって、悔しくて、悲しくて、叫びたくて。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る