駅そば屋の日常
古河楓@餅スライム
ホームの中の日常
ホームにメロディが流れる。それを聞いた乗客たちは前の人を無意識に急かしながら4つのドアに吸い込まれていく。路線全体で見たらほぼ中間にあたる駅だけあって、鈍行で座ろうとする会社員以外ホームに残留する人は見受けられないのが、追い抜き設備があるこの駅の特徴だろう。
『3番線から急行……』
自動放送がさらに通勤客を車内へ押し込もうとする阿鼻叫喚のホーム内、しかしその中にある駅そば屋だけは平和そのものだった。カウンターだけあるタイプのものではなく、しっかり部屋としての設備があるためか、この周りだけは列車に並ぶ人も少なくただ点けてあるテレビの音と食洗器の駆動音が我が物顔で支配している。
「ふぅ……今日は中々に人が多いな」
厨房から見える普通電車の席の埋まり具合をチラッと見た初老の男性は、皿を拭きながらそんなことをボソッとつぶやいた。月曜日だからとかじゃない、それ以外にももうちょっと理由がありそうな込み具合だ。
『では最後に交通情報です。JR線は、昨日の大雨の影響で一部列車に運休と遅れが……』
そんな店主の男性の疑問に答えるように、店内に設置されていた番組で流れているニュースは、天気予報の後に流れる交通情報を流す。この駅はJR含め3路線の乗換駅だから振替乗車でここに人が集まっているのだろう、そう納得した店主はいつもよりも急ぎめに、そして多めに皿を準備しておく。こういう日は特に朝食時間を抜いて早めに駅に来たけど混みすぎてるから駅そば屋で時間を潰して空いてから行くという人が多いのだ。
「今日は忙しくなるかもな……おっと。いらっしゃい」
「そばでお願いします」
目論見通り、さっそく混雑に困ったサラリーマンが入ってきたことを確認した店主は、手際よくそばを作り始めた。
〇 〇 〇
次の日の午後、丁度昼時が終わり誰も食べ物に興味がなくなっている時間帯。駅そば屋のカウンターには店主と同じくらいの初老の男性がやってきていた、
白い制服に階級を表す金の線が2つ。横に置いてある制帽からもわかる気品の高さ――駅長である。
「しかし昨日は大変そうでしたな……確かここに入ってきている路線に遅れが出てたとか」
「遅れってレベルちゃうねん店主さんよ……あ、うどんで」
「はいよー」
少々関西弁が抜けていない駅長は、持っていた食券を店主に渡してからコップの水を飲み疲れきったような顔をする。駅の利用客にとっても小腹を満たせる駅そば屋というものはありがたいものだが、駅職員にとってもここは憩いの場。忙しかった日の直後はこうして駅員や保線作業員、さらには駅構内の見回りをする駅長までもがここにきて愚痴を吐き代わりにそばを吸収していく。
「やっぱりあそこの鉄橋は増水したら使い物にならへんやんけ……いくらローカル線って言ってもそろそろ架けなおしたらどうなんや」
「橋建設まで行くとバス代行とか建設費かかりますからな。容易にできないんでしょう。はい、かき揚げうどんお待ち」
「まあ、それはそうやけど……」
出来上がったうどんを出すと、駅長は追加で少々愚痴をこぼした後で割り箸をとって遅めの昼食を食べだす。その間にも数本の列車がホームに入ってきては乗客の入れ替えをして出発していく。乗っている人はどこを目指すのか、その先には何があるのか。何年も駅そばを作り続けてきた店主が日中暇なときに考えていることは今日も変わらなさそうだ。
〇 〇 〇
更にその次の日の夕方時。既に帰宅ラッシュのピーク時間帯に差し掛かり、朝のような混雑がこの駅にもやってくる。朝は都心に行く人で溢れるホームだが、今度は近隣の家へ帰る人や近所の高校から帰る人で溢れていた。特にホーム上には部活でくたくたになっている生徒が散見でき、“ここで寝たい”と“早く帰らないといけない”の葛藤で追い込まれているようだ。
しかし、その中には空腹すぎて耐えきれない生徒もいるわけで……。
「ハ、ハラヘッタ……」
「お、いらっしゃい」
「そばでお願いします!」
店内にホームの喧騒が入ってきたと思えば、入り口からは数人の腹を空かせた高校生たちが入って1台しかない食券機に密集する。我先にと痩せた財布から小銭を機械に飲み込ませて食の切符を購入して店主に差し出す。
すると、この時間には学生の誰かが来ると予想をしていた店主はそばを手際よく作って差し出していく。男子生徒が比率的には多いものの、一定数女子生徒もいるようで時たまかき揚げや唐揚げのようなサイドメニューだけ注文されることがある。さらにここからは
帰りに寄るであろうサラリーマンが来る。学生が元気よく「ごちそうさまでした!」と言って皿を下げてくるのを受け取りながら店主は「気を付けて帰りなよ~」と声をかけながら、ひたすら蕎麦を作っていった。
〇 〇 〇
1日が終わる、終電近くになると列車の本数はだんだん少なくなり、発車表示機が示す列車間隔は日中より2倍の時間になっている。1時間で何十回もなる発車ベルの感覚が長くなると店仕舞いの合図だ。食器を片づけ、コンロの火を切って、鍵をかけてシャッターを閉める。また明日も朝からそばを作ろう、そう考えた店主は少々疲れた足取りをしながらも帰るためにいったん改札へ向かっていく。
こうして、駅そば屋の1日は私鉄特有の短くも華やかな発車メロディーから始まり、そして終わるのだ。
駅そば屋の日常 古河楓@餅スライム @tagokoro_tamaki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます