喜劇
その日は晴天だった。
雲ひとつない空には太陽が燦然と輝いている。
呑気なものだ。今日が何の日かも知れないのに悠然と私たちを照らしている。
私は漸く見つけたあの男に近づいた。
奴は私に声をかけられて嬉しそうにしていた。
呑気なものだ。ここがどこで、何が行われているのか知っているくせに。
傲慢にもこいつは私利私欲の為に私から大事なものを、命にも等しいものを奪い去った。
私が声を発するたびにこいつの口角が吊り上がっていく。気持ち悪い。
こんな奴に私は奪われた。
こんな奴に良いようにされた。
こんな奴に。殺されたんだ。
こんなやつ。いなければいいのに。
そこからも簡単だった。
二人きりで話がしたいと言ったらほいほい着いてきた。反吐が出る。
何の警戒もせず私が好意で呼び出したと勘違いをしているのだ。気持ち悪い。
彼が亡くなった夜に何をしていたのか問うた。
奴は意気揚々と喋り出した。
まとめればこいつは彼に嫉妬心を抱いてその為に彼を殺害し遺棄したと。
おかげで彼の体はぼろぼろに朽ち果て内臓は無くなったまま棺桶に入れられる羽目になった。笑わせるな。
静かな怒りが込み上げて来て私は拳を硬く握った。手からは血が流れていた。爪が食い込むまで、怒りで我を忘れないように、ぐっと。
それから奴は話を変えた。私がどれくらい好きなのかを語り出した。
聞くに耐えなかった。耳が曲げそうになるのを必死で抑えた。お前の声を聞いていると沸々と黒い感情が音を立てて私を駆り立てる。殺してやりたいと。
楽しそうに喋るな。笑うな。そんな顔で私を語るな。彼を侮辱するな。私たちの思い出を穢すな。
我慢にも限界が来ると思っていた。しかし、案外私はタフだった最後まで堪えられた。
話が終わる頃には日が暮れていた。
帰り道、送って行くと言われたがきっぱりと断った。奴の前ではひとつたりとも笑顔を見せなかった。
私は考えていた。どうすれば奴を誰にも気取られることなく殺せるかを。
夜道を独り、街灯を頼りにひたすら歩いた。
後ろから奴が尾けてきているのはすぐに気づいていた。それが狙いだった。
人気のない神社に誘い込んだ。
一旦奴を撒き。背後からコンクリートで頭を殴りつけた。
ごんっという鈍い音を立てて奴は倒れ込んだ。
ひどくあっけない。こんな奴に殺されたんだ。私の彼は。こんなやつに。
彼の死因は溺死だった。馬乗りで顔を水面に沈められて。苦しかっただろう。
その前にも酷いことをされたんだ。
何十回と顔面を拳で殴りつけられ。綺麗に手入れしていた爪は一枚残らず剥がされていた。
体には三十箇所刃物で刺された痕が残っていた。もっと刺されたかもしれない。痛かったね。痛かっただろうなあ。こんなに苦しいんだね。辛いね。
体には辱められた傷も残っていた。
何でこんなことが出来るんだ。何でこんなことになったんだろう。
頭の中で狂いそうになるくらい彼の言葉を反芻している。もう一度あの声を聞きたい。体温を感じて、寄り添っていたい。
まだ息があったので。同じように終わらせることにした。近くにあった桶に水を目一杯汲んで。
力強く頭を沈めた。ばたばたと踠いている様も気持ちが悪い。数分経って漸く静かになった。
脈はなかった。
気持ちの悪い顔で、既に死んだ顔で私を見ている。
コンクリートを握る手に力を込めて強く強く何度も打ちつけた。
原型を留めていなかった。ぐちゃぐちゃになった顔を私は見つめている。
不意に笑みが溢れた。同時に自分の中でぷつりと何かが切れる音がした。
涙を流して声を上げて笑った。久しぶりにこんなに笑った。こいつの前では笑わない筈だったのに。不細工な顔を見て自然と笑っている。
この日は晴天だった。
澄み渡る夜空には星がきらきらと輝いている。
オリオン座を見つけた。子供のように星を仰いだ。
私の視界は涙で歪んでいた。。
ことが済んだ後。私は死体をばらばらに解体して各パーツごとに保管した。
バレることのないように最善の注意を払い。
骨は粉々に砕いて山に埋めた。
肉は削ぎ落としてミキサーにかけてドロドロにした後、下水に流した。
皆んなが私を悲劇のヒロインに仕立て上げてくれたおかげで首尾よく事が片付いた。
私は憔悴しきった風を装った。食事を極限まで制限した骨が浮くほどに。
皆んなが私に同情した。
私はこの一回で終われなかった。
この経験は劇薬だった。
鮮明に新鮮にこの感情を私は愛でていた。
この殺人衝動を止める人はいない。
私は可哀想な人だから皆んなが私の味方をしてくれるから。
二人目は可哀想な人にしようと思った。
私と同じ気持ちを味わった女性を狙った。
すぐに打ち解けて仲良くなった。
誰にも知られていない二人だけの関係。
短い期間を経て殺害へ至った。
この時は注射器を使ったせめて綺麗な形で終わらせてあげたかったから。
器官に注射針を刺し、液体を流し込んだ。
ものの数分で息が詰まり痙攣を始めた。
打ち上げられた魚みたいにぴくぴくと動く様は見ていて滑稽だった。
私はこの行為に次第に快楽を覚えていった。
たまに彼が居たら何と言ったかを考える時がある。
怒鳴られてしまうかな、優しく抱きしめて諭してくれるかな。
どちらでもいいな。私のためにしてくれるならどちらでも嬉しいし、すぐに辞められるのにな。
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