歪み
廃棄場は寂れた場所だった。
こんなところで亡くなった男の子はどんな気持ちだったのかをしっかりと考えた。
苦しい。
悲しい。
辛い。
そんな陳腐な言葉では足りない。
手を合わせて。
せめて成仏できるように。
無念は私が晴らすから。
「おい、いつまでやってる。行くぞ」
「はい」
「考えすぎだ。結果で見せるぞ」
「はい。」
私の頭の中は覗きやすいのかもしれない。
顔に出やすいのかな。
両手で頬に刺激を与えて。
絶対に捕まえる。
まずは第一発見者に話を伺った。
『昨夜の23時ごろでしたかね。いつも通り付近の見回りをしていたんですがね。妙に烏が多くて。集っているとこを見てみると男の子がいて』
「有力な情報は無さそうでしたね」
猿渡の顔は怪訝そうに眉間に皺をつくっていた。
犯行は必ず人が少ない場所と決まっていた。
今回もその例に漏れず。
「原型が残ってるだけ親族はマシだったかもな」
猿渡が何を思っているのか私にも分かった。
最初の被害者は酷かった。
遺体の腐敗が進み鳥に啄まれた痕が残っていた。
発見には三ヶ月をかけてしまった。
水に浸っていると腐敗の進行が早まる。
犯人はそれを知ってか知らずか残酷な結果を残した。
親族はどんな気持ちで彼を迎えたのだろう。
思い出して吐き気に襲われる。
喉元に酸っぱさを感じてぐっと飲み込んだ。
「最初から調べ直すか」
猿渡に提案をされる、少し時間をおいて賛同した。
一件目の事件。
私たちは安堂という女性の元を尋ねた。
家の前に着き、インターホンを押す。
ピンポンと乾いた音を立てて、雑音を挟んでからか細い声が届く。
「どなたですか」
ひどく弱々しい声だった。精気を感じない。
「警察です。お伺いしたいことがありまして。ご連絡させて頂きました」
事前にアポは取っていたはずだが。
今聞いている声とは別だったようだ。
おそらく予定を取ったのは母親の方だったか。
「もう、散々話しましたよ」
声から静かな怒気を感じる。
「もう一度。お聞かせ願いませんか」
見えずとも深々と頭を下げてお願いをする。
「わかりました」
数分、間をおいて鍵の開く音がした。
「お忙しい中をお時間頂きありがとうございます。
ご協力頂きありがとうございます」
今一度頭を下げる。
「もういいので。早く上がって早く済ませて下さい」
声が細いのも納得だった。
骨が浮いて見えるほどに痩せこけている。
ほとんど食べてないんだ。
どれほどの心痛が彼女を苦しめたのか。
私には同情すら赦されない。
案内されリビングのソファに腰掛ける。
「お茶です。どうぞ」
「ありがとうございます。どうぞお構いなく」
お茶に手をかけて一口頂いた。
「で、犯人は捕まったんですか」
核心を突かれた。
私は少し動揺した。だがすぐに冷静に応えた。
「我々の力不足で、未だ行方を掴めておりません。もうしわけ」
「辞めませんか。もう。犯人が捕まったら、彼は戻ってくるんですか」
「戻ってきません」
「もう嫌なんです。彼を想えば想うほど自分の中に大きな穴が出来て。犯人には殺意すら湧きません」
彼女の目には光がなかった。
「私は死んでるんです。彼を失った日に、、、これ以上私を巻き込まないで下さい。何も考えたくない」
これが現実なんだ。
これが、これが、
考えが纏まらない。渦を巻いて私の思考を冒している。
やがてそれは体に影響を与えた。
息が苦しくなって。動悸が激しくなって。
「咲!しっかりしろ!失礼」
猿渡が私を抱えて、低姿勢で外へ出ていく。
何か声をかけてくれているが上手く理解できない。
また考えすぎてしまった。
一番最初に受け持った事件の時も私は遺体の前で泣いた。
その時も猿渡に声をかけられた。
『泣いてる暇があるなら。犯人を捕まえろ。これ以上自分を泣かせない為に』
また助けられた。
思考が停止して、目の前が真っ白になった。
12月6日 最近の私たちは調子が良い
私は近所の薬局に内定をもらった。
彼は私以上に喜んでいて、子供みたいだ。
「もう、そんなに喜んで。私が喜び辛い」
「そんなあ。めちゃくちゃ嬉しいから仕方ないじゃん。そうだ、今日はローストビーフ作ろう」
そう言ってこの日は彼が腕を振るってくれた。
上手に盛り付けがされたローストビーフにワインを使ったソースが食欲を誘っている。
案の定美味しかった。
店が立ちそうだ。
「シェフを呼んでください」
「はい。私がシェフです」
「とても美味しいです」
「ありがとうございます」
くだらないことをして笑い合った。
その夜にプロポーズを受けた。
お洒落な音楽をかけて二人でワインを飲んでいる時に。
前触れもなく。
驚いたがすぐに受け入れた。
「一生幸せにします。二人で長生きして一緒に幸せになろう」
「はい」
この夜のことは絶対に忘れないだろう。
12月13日 最近誰かに尾けられている気がする
一週間前ごろから帰り道、視線を感じた。
彼にも相談して送り迎えをしてくれた。
こんな時でも冷静に私の心配をしてくれる。
そんな彼のことが大好きだ。
私も力になりたい。
12月20日 最近彼と連絡が取れない
連絡が取れないのはここ2、3日のことだったが、異常事態が起きていることは明確だった。
どんな些細なことでも彼は連絡をくれた。
会えない日でも常に彼を感じていた。
感じさせてくれていたのに。
私は不安になって彼の実家に連絡を入れた。
そして、会社にも連絡がないことを知らされた。
私たちは捜索願いを提出した。
無事でいて。
お願い。
3月15日 思えばこの日が私の最後だった
彼の結末はニュースで知った。
たまたま流れていた情報番組で知った。
緊急速報だった。
『こちらのダムで遺体が発見されたとのことで、被害者は倉科優斗さん24歳。落ちていた免許証で身元が判明したのですが遺体が本人のものであるか現在も調査が進められて』
いきなりテレビの電源が落ちた。
母がコンセントから電源を落としたのだ。
「かなめ」
何なのだろう。
どうして私の肩を抱いて、泣いているの、
だって本人じゃないかもしれないんでしょ。
その人がたまたま彼の免許証を拾ったんでしょ。
私を置いて彼が死ぬわけない。
そんなこと彼がするわけない。
絶対に違う。
絶対。
3月20日
警察がうちに来た。
ほら見つかったんだ。
彼が帰って来たんだ。
「亡くなられた倉科優斗さんのことでお話が」
亡くなった。
は。
タチの悪い冗談だ。
趣味が悪すぎる。
「帰って下さい」
強く言って、帰ってもらった。
何だ。何なんだ。
この日は大学に用があった。
お昼頃に家を出て15時に大学に着いた。
久しぶりにサークルに顔を出すと。
数人に囲まれて号泣している女子がいた。
「優斗くんのこと好きだったもんね。よしよし」
「残念だよね。すごく良い人だったのに」
「だよな。顔も良くて性格も良くて。かなめとも仲良かったのにな」
「可哀想だよね。かなめ」
「それな。どうしてんだろうな」
「私だったら立ち直れないかも」
みんな過去の彼の話をしていた。
足元がぐらついて机の上の物を倒してしまった。
一斉に私に視線が集中する。
途轍もない絵も言われぬ空気が流れていた。
「か、かなめ。大丈夫か」
何が大丈夫なの。何に対する大丈夫なの。
「かなめ。平気?私たちで力になれることある?」
みんなが私に同情している。
さっきまで号泣していた女子ですら私に憐れみの目を向けている。
「ごめん。泣いてたのは、違うんだ。安堂さん大丈夫。分かるよ」
その時頭の中で火花が散って。
記憶が飛んだ。
気づけば、目の前に頬を赤らめた女子が涙ぐんで横たわっていた。
何が起こったのか。
この場にいる人は誰も理解出来なかった。私でさえも。
「な、なんで」
打たれた女が私を見下している。
「あんたに私たちの何が分かるの。
あんたに私の何が分かるって言うの。」
私は振り返ることもなく足早に去った。
走った。
家まで走った。
私が受け入れたくない事実を。
他の人は受け入れている。
親でさえ受け入れている。
私だけが取り残されたこの世界で、私はひたすら走った。
家に着くと知らない車が止まっていた。
無言で玄関を開ける。
知らない靴が二足。置いてあった。
「この度は心中お察しします。大変に恐縮なのですが、事件当時のことと優斗さんとかなめさんのご関係について詳しくお聞かせください」
「はい。事件当時は家族で家に居ました。溜めてあったドラマの録画を見ていました。家族三人で居間に居たのと玄関に防犯カメラがあるので証明はできると思います」
「ありがとうございます。後ほど防犯カメラの映像を提出して頂きます。ご協力ありがとうございます。優斗さんとの関係について」
間が悪すぎた。
私はこういう時に必ずやらかす。
近くにあった置物を倒してしまった。
「かなめ」
母が最初に反応してから警察の人が次いで立ち上がり会釈をした。
「お邪魔しています。では続きを」
「お母さん。私が話す」
母は目を丸くしていた。
決意とかそういう高尚なものはない。ただありのままの事実を伝えるだけ。
私と彼の関係を話した。
ストーカー被害を受けていたことも。
警察の人は驚いていた。
もしかしたら、そんなことも言っていた。
「ご協力感謝します。とても有力な情報だと思われます。必ず犯人は逮捕します。必ず司法の罰を受けさせます」
「罰を受ければ。彼は帰って来ますか?」
魔が刺した。
私以外の全員がきょとんとしている。
「何でもないです。大丈夫です。」
私は会釈をして、自室に向かった。
泣きたかったけれど。泣けなかった。
自分にはあまりにも非現実的で。受け入れるほどのキャパシティを持ち合わせていなかったから。
だと思うことにした。
けど日を追うにつれて、現実は牙を剥いた。
司法解剖を経て、綺麗にされた遺体を。
彼の家族と共に迎えた。
遺体を綺麗にする仕事があるのをここで初めて知った。
再現するのは困難を極めたと言っていた。
彼の家族と私の両親は慰みの言葉を吐きながら泣いていた。
私は立ち尽くしていた。
この人たちと同じように泣きたかった。
私の心は死んでいたのだと思う。
彼の通夜を終え葬式には大勢の人が訪れた。
小中高、大学時代の友人、クラスメイト。
会社のお偉いさんから同期、後輩まで。
一度も見たことがないような親戚の人、テレビを見て追悼をしに来た人たち。
様々な人たちが彼を弔うという一つの目的でこの場に集まった。
やっぱり凄い人だったんだね。
彼の人徳とかそういうものを久々と感じる。
その中に一人、違和感を感じた人がいた。
その人は黒いコートにフードを被っていた。
建物の柱に身を預けて爪を噛んでいる。
気味の悪い男。
あいつだ。
あいつに殺されたんだ。
きっと。絶対にそうだ。
内側から熱くドロドロとした黒い感情が湧き上がる。
この衝動を、殺意と呼ぶのだろう。
体は自然に動いていた。
その日は晴れていて、雲ひとつない晴天だった。
彼を送るには最適な日。
私の視界は赤く染められた。
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