開演

廃棄場。

不格好でとても冷たい。

触れる鉄は痛いほど冷たい。

酷い臭いが充満して胸が焼けそうだ。

こんなところで僕は死んだ。

お母さん、お父さん親不孝でごめん。

もう少しで志望校の判定が出たのに。

喜ぶ顔。見たかったなあ。

きっと、あの人も一緒に喜んでくれたのかな。


これが僕の最後。

僕で六人目。




『昨夜未明、こちらの廃棄場で遺体が発見されました。第一発見者は工場の警備の男性で遺体の特定が難しい状況にあり、現在調査を進めているとの事です。現場からは以上です。スタジオにお戻しします。』

『はい。ありがとうございます。いやあ、凄惨な事件が続きますねえ。槙野さんは』


今朝から嫌なニュースを見てしまった。

立て続けに起こった事件。

連続殺人。

被害者に共通点がないことから快楽殺人である可能性が高いと示唆されている。

何が真実なのか。

分からないがそれを解明するのが私の仕事。

私。三上咲は新米の警察官である。


午前8時、いつも通りの朝。

嫌なニュースを見てしまったので、少々気分が落ち込んでいる。

しっかりと焼き色が付いたトーストを齧る。

「咲。ちゃんとしなさい。もう警察官でしょ」

「はーい」

力なく返事をすると、もうと母の呆れ声が返ってくる。

私は人よりもそういった事件や事故に過敏に反応してしまうようで、幼い頃によく泣いていたと母から聞いたことがある。

最初は母も心配して大丈夫なのかしょっちゅう聞いてきた。

それも一年経てばこのようになってしまう。

「そんなんで悪い人捕まえられるの」

言われっぱなしである。

私は勉強があまり得意ではないが体は人並み以上に動かせた。

合気、柔道などなど色々習って賞を総なめにした。

よく同期の男にゴリラと言われる。

けっ。

ひょろひょろに何を言われようが構わないのだ。

私は余裕のある、出来る女だから。

「おいっ。遅刻するよっ」

どんっと鈍い音がなった。

頭上。正中線上にきついのを喰らう。

「いったー」

かなり良いのをもらったのでちょっぴり泣きそうになる。

「ごめん。そんな痛かった?ごめん」

両手を合わせて、ふりをしている。

この女は私の姉。

二つ年上で、会社経営をしている。いわゆるCEO。

やつは私の上位互換で運動できるくせに頭が良い。

その上美人だ。

はらたつ。

「そんな強くやってないでしょ。大袈裟。ママ私の朝ごはんは?」

「冷蔵庫」

絶対にやり返す。

残りのトーストを掻き込む。

「いってきます」

「「いってらっしゃい」」

背中に受けて、早足で外へ出る。

じんじんと頂点が痛む。

愛車であるビートルに乗り込み、エンジンをかける。

スマホをいじってスピーカーから音楽を流す。

Beatlesだ。

Let it beが流れている。

ニュースを見て世間の流れを確認して、母の美味しい朝食を食べて、愛車で好きな曲を流すこれが私のルーティン。

姉に叩かれるのは違うけど。


私は三人家族の次女として生を受けた。

生まれた頃には父親は他界していた。

そのために私は父の記憶がない。

だがそれでも生きていられるのは。

間違いなく母のおかげである。

そのことを今更ながら感じている。

父は姉が1歳の時に、姉と同い年の女の子を助けて亡くなったらしい。

母曰く、らしい死に方だとそう言って笑っていた。

その日は台風で雨も風も酷かったらしい。

川の水は濁り、濁流となって道路を侵食していた。

女の子はその日風邪で病院に行った帰りだったらしい。

母親は足を滑らせて子供から手を放してしまい、子供は川に流されてしまった。

水の流れが早すぎて、向かい風が強すぎて。

立っていることも出来ない程だった。

そこに父はいた。

何を言うでもなく誰に頼まれるでもなく、子供の元へ向かっていった。

台風が過ぎ去った頃に二人は発見された。

女の子は全治三ヶ月の大怪我を負っていた。

だが命に別状はなかった。

父は帰らぬ人となった。

これが父の記憶であり、私が警察官を目指したきっかけでもある。

母はこの事実を今でも誇らしげに語っている。

「あの人らしい優しい生き様だ」と。

思い出す時はいつも笑顔で、が家訓の一つだ。

そんなこともあって私たち家族は仲が良い。

一致団結して、互いに鼓舞し合い暮らしている。

大好きで大切な家族だ。

私も父のようにそんな大切を守っていきたい。


午前9時、車を走らせること一時間で警視庁に到着する。

私が今追っている事件。

今朝のニュースで報道されていた事件。

新たな被害者は18歳という若さで亡くなってしまった。

一刻も早く事件を終わらせなければ悲劇が繰り返される。

「おはようございます!」

「咲。遅刻だ。舐めてんのか」

時計を見ると時刻は10時を回っていた。

腕時計に目をやると9時5分。

時間があっていないことに今気がついた。

「申し訳ございませんでした!!」

深々と謝罪をする。

「もういい。席につけ。成田、続き」

「はい。被害者の男性は」

腰を低く屈めたまま一番後ろの定位置に着く。

「猿渡さん。すみません」

「後で話まとめてやるから。集中せえ」

「ありがとうございます」


被害者の男性は都内の高校に通う18歳、高校三年生で特に問題のない普通の生徒であった。

成績は優秀で予備校に通いながら、バイトをして学費を貯めている勤勉な男子生徒。

死因は溺死。

死亡推定時刻は19時半から20時の間。

予備校からの帰り道何者かに背後から刃物で刺され、その後数箇所に殴打を受け最後に溺死させられた疑い。

今回は注射器などで器官を液体で満たし窒息。溺死させた疑い。

二件目と四件目のパターンと同じ殺害方法。

一件目、三件目奇数のパターンは川などの水のある場所で殺害している。

殺し方に拘っている。

どのパターンでも暴行したのちに溺死をさせている。

犯人の目撃証言によればこれまで通り中肉中背の男。

黒いコートにフードを被って顔を隠している。

これまでの被害者は5人。

最初が20代の男性、二人目が30代女性、三人目が10代女性、四人目が50代男性、そして五人目が20代男性。

社会人、学生。

年齢や性別を問わず殺害されている。

このため計画性のない快楽殺人である可能性殺害方法にパターンがあることから計画的犯行である可能性。

その両方を視野に入れて捜査を進めている。

が一向に犯人の足取りは掴めないまま。

今日で五ヶ月、六人目の被害者。


「各人、気合いを入れろ。いい加減に星を上げるぞ」

「はい!」

「解散」

号令があり、各々の業務に戻る。

「猿渡さん。まだ容疑者は」

「ああ、今回も全く進展なしだ」

猿渡さんは深く溜息をついた。

とても重い溜息だ。

「うちらも行くぞ」

「はい」


私は運良く捜査一課に配属になり、今はバディを組んで捜査をしている。

その相手がこの猿渡さん。

猿渡佐之助。

すごく渋い名前のひと。

明らかに時代錯誤だ。名前のイメージ通り江戸を感じる人柄をしている。

愛煙家で、銘柄はピース。

お酒を嗜んでいて、好きなお酒はウィスキー。もちろんストレート。

白のワイシャツにバーバリーのステンカラーコート。

下はリーバイス501にコンバースのオールスター。

これが定番らしい。

猿渡さん曰く「これが一番動きやすいから」

初めて見た時は服が好きなのかと思って聞いてみたがそうでもないらしい。

「猿渡さん。私たちはどう動きますか?」

「とりあえず、現場だ」

私たちはビートルに乗り込み件の廃棄場に向かった。

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