予告殺人
変わってこちらは十月二十日の八時半の古谷邸。
予告状の九時まで残りわずかの時間になり、仮装舞踏会に来た客の話はヒソヒソと、盗賊の話をするのに盛り上がっている。あそこにいる扇子で口を隠して話す貴婦人、あっちにいる顔を寄せて話し合う紳士。老若男女とはず犯罪を目の前にすると思うと戦慄が走る。
しかしその中で一番走っているのは他でもない古谷氏本人であった。仮面の後ろでは皺寄せて目を細めて客人、一人一人の顔を穴から見つめている。それもそうだ大事な物を目の前で消えるのは誰もが苦痛だ。
「お父様、顔色が悪いけど大丈夫ですの?」
猫の仮面を被って顔色を伺ったのはいつか孔明氏の部屋を覗いていた娘の白夜であった。歳は十八、卵のような肌にトマトのような赤い唇、肉付きは程よく。フランス人形のような可愛らしさである。
「ああ大丈夫だ。心配してくれてありがとな、ほらお兄ちゃんの所へお行き。」
「お兄ちゃん」というのは孔明氏の息子の古谷譲治。二十歳、仮面で隠されているが父に似て男前の好青年で周りの気配りがよく、周りにはいつも人がいる。圧倒的信頼を受けている。
「おや兄さん、ご機嫌いかがですか?」
次に話しかけてきたのは犬の仮面を被った兄の春味である。前に言った札束の件の内一人が彼と
「ご気分が悪いなら休まれたらどうです?」
春味の後ろから現れたのは狐の仮面を被った妻の珠子であった。しかし息子の香矢は違って金に興味がない子で孔明氏は娘と息子と同様可愛がっている。
「大丈夫だ。それに犯罪者が捕まるのを是非この目で見たいからな。」
「そうでございましたね。」
クスクスと笑う彼女は蛇のようである。
「そうそう父さんは酒を飲み過ぎて寝室で寝ていて奇跡はその付き添いしている。念のために言っておく。」
「あなたあたしちょっと御手洗いに行ってきますので失礼します。」
そそくさと後ろへ向いて立ち去っていく彼女は仮面の端にぶら下がりながら飾られている宝石をカチカチジャラジャラ鳴らしながら視線を集めながら去って行ったのであった。
父さんというのは春味と孔明の実父猛造という男でいつも酔うまでウイスキーを飲んだら手がつけられないくらいベロベロになるので二人はいうも手を焼いている。その男の愛人に奇跡という女がいるがざっくりいえば妖女のような性格である。
「ではこれで。」
報告をすると二人は人混みの中へ消えて行った。
「隼子、すまぬが一本持ってきてくれたまえ。」
客人にウイスキーを配っていた隼子はその言葉に反応し、古谷氏に一本ウイスキーを渡して礼を聞くと仕事に戻った。
「あなた、大丈夫ですの?」
ガハガハと急に笑い出して周囲にいた人はギョッとその方を見て、すぐさま反らした。
「舞美瑠、俺は今そう見えているのか?白夜からもそう言われたさ。大丈夫だ安心して友達の会話を楽しんでくれ。」
舞美瑠というのは四十代の妻で、さすが親子である。白夜と同じ美しさ、例えるならば球根ベゴニアである。
「無理はなさらないでくださいよ。」
そういうと会話の輪に戻っていった。
探偵事務所の時古谷氏を支えていた執事は白髪がモサモサに生えた高齢だが背筋は若い者に負けぬくらい伸びている濱家五郎という人物で隼子と同じ役割をしている。
計十一人がこの屋敷に住んでいる。
大広間の奥にはT型の階段があり、上がってすぐ目の前に例の絵画『聖母の黒薔薇』が黄金の額縁に収められており、その周りは囲いがされていた。ああ、なんと無防備なのだろうか?彼は探偵事務所で何か自信があるようだったが、それはすぐ分かるので、まだ伏せておこう。
その絵画の上には大時計がチクタクと秒針を動かしている。もう目の前に、、、、目の前に犯罪が起こる時間が迫っている。
それにいち早く気が付いたのは時計をちろちろと見ていた孔明氏であった。そして客人も。
すると大時計の鐘がボーンボーンとなりだしたと思えばパッと墨のような暗さが大広間全員を襲った。数分のことが長い歳月に感じる。
人々は不安に襲われ、へ?やキャッ!?と叫ぶ人もいた。
ガシャン、おや?何か鉄が落ちる音が聞えた。そしたら急にバタンとしたと思えばウーンウーンと低い声が大広間を漂った。一層不安が心を蝕んでいき、バタバタと人々は慌てる足音がした。
どれぐらいたったのだろうか?まるで長時間暗いままのような感じだったが、するとまたパッと天井にぶら下がるシャンデリアの光が目に刺激を与え、人々の目はパチパチとした。
するとキャッと聞こえたかと思うと、そこを中心に感染のように不安のような声が広がっていき気付いた譲治が白夜にその場にいるよう言っておくと、すぐさま駆け付けた。
客人の視線の先に向かってごちゃごちゃを掛け分け、広い部分に着いたと思えば顎がガクンとなりそうなくらい開いて目を疑った。
倒れているのは大広間にいる人が知っているなんと古谷孔明ではないか。
孔明氏の背中から滝のような血を流して倒れており背中に突っ立ているのは短刀ではなく、不気味なことに絵画に描かれている植物「黒薔薇」が突き刺さっており、水の代わりに血を吸って栄養にしているようだった。ブハッ喉から込み上げて来る血を吐いてついには痙攣をし始めた。
「父さん、大丈夫ですか。しっかりしてください。」
すぐさま孔明氏を抱き上げた。脆うする意識の中で譲治の襟を掴み上げた所へ、人混みの中から一人のピエロの仮面を被った男がバサバサと掛け分けて一瞬立ち止まったと思えば、大声で
「誰かお医者様はいらっしゃいませんか?誰か?」
すると一人仮面を被った中年太りの男が前に出た。察するとすぐさま孔明氏に近づいて体のあらゆる部分を触った。
「いけません。毒にやられて弱くなってきています。」
ああ、なんということだろうか?何もできずに死を迎えるのをただ見るだけというのは、周囲は悔いて悔いて悔やまれないであろう。
何かを発言しようとしたのか口をパクパクさせしていたが、飾りのようになった顎を動かして目を逸らしてガクリと命を終えた。
「あっ、あそこから誰か逃げていくぞ。」
一人叫んだと思えば一斉にそちらに目を向けた我々だが見た瞬間臓器が飛び出るくらい仰天と疑心感に襲われてしまい、二階の廊下の窓から逃げていくのを動けずに彫刻のように立ち止まっていた。
仮面で顔は見えなかったが服装からして逃げたのはなんと孔明氏に使える執事・濱家五郎が悔しそうな表情でこちらを見ているではないか。彼が己の御主人を殺したのか?何年も使え、信頼関係が熱い御主人を糸も簡単に手を掛けたのか?濱家は窓からスラリとマントをたなびかせながら降りて行った。
ピーとホイッスルの音
「あいつを捕まえろ。」
が聞こえたと思えば仮面を被った何人かが庭の方へ怪しき者を捕まえようと番犬のような歯をキラつかせて噛み付こうとしたが、相手が速いこと。
ぴょっんぴょん走って塀を糸も簡単に乗り越えたのである。
古谷家の者にはあまりにも衝撃的で信じ難いが確かに逃げたのは濱家五郎に間違いない。
メドゥーサの呪いが解けたかのように動き出した一行だが、即座に「聖母の黒薔薇」に目を向けた。
ああ、こんなことが可能なのか?
絵画の目の前に網網状の鉄格子が階段を上ってすぐの所を占領しており、孔明氏が自信を持っていたのと暗闇に聞こえたガシャンは鉄格子に間違いない。仕掛けとしていては絵画に触れた者がいたら自動に落ちるのである。
鉄格子から絵画が硝子のように透けて見えるのだが摩訶不思議なことに、掛けてあるはずの絵画が幻のように消えて壁には大時計だけ音を響かせて残っていた。
大広間に残っていた者は事の流れが速すぎたり多すぎたりして状況の整理が全く積み上げられなかった。
一体華やかな夜に何が起こったのだろうか?
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