聖母の黒薔薇
朝の駅には多くの人が蟻のように群がり、白い息を吐き手を組んでマフラーをする情景を間近で見なくても想像できる。売店で買った温かい飲み物と駅弁などで満足してる人を売り子にとっては日常茶飯事だが今回は少し違う。
その日一番に新聞を買った、いかにも旅行に行く男がベンチに座って煙草を蒸かしながら紙をめくって興味なさそうに見ている。しかし途中から目の色が変わった。
男は同じページを何度も何度も見直してやっと次に進んだ。別の人も、そのまた別の人も。売り子は気になって新聞を一部取ると次々にめくっていき、一つの記事に自然に目が行った。新聞の三分の一の見出しでたった一枚の画像に対してそれを取り囲むように長文が掲載されていた。
それは今までの新聞見出しとは随分と違う、いや全くもって違っているのは一目瞭然であり、目が寄っていくのも不自然ではない。ただこう出ているだけである。
10月20日21時にて、聖母の黒薔薇を頂戴に参る
変幻仮面
見出しに出ている『聖母の黒薔薇』というのは無名の画家が描いた油絵であり、キャンバスには石膏像のように白く美しい聖母がまだ数ヶ月にも満たない赤ん坊を脇に抱えながら片手に一輪の黒薔薇を鉛筆持ちにしながらこちらに微笑んでいるのでいる。しかしそれがなんと恐ろしいものか、背景が紫に黒が混ざったような色一色であり、黒薔薇の先には赤黒いのが滴っているのではないか。その恐ろしいとは打って変わってキャンバスに残っている筆使いや明暗色彩がなんと美しいものか。しかも技法は繊細でとても良く、かの有名なレオナルド・ダ・ヴィンチと同じ技法全く同じやり方で描かれていたため多くの専門家が度肝を抜かれているのある。その絵画は一度新聞の見出しを二分の一占領したことがある。
それは10月15日のこと、アメリカのラスベガスで行われたオークションにある山のような商品の中にその絵画はあった。次々に札を上げていく富豪たち、その結果驚くべからず。なんと価格として一兆にも上り熱い戦争は終えて絵画を手にしたのは、岡山県に住まいを持つ宝石王の古谷孔明であった。彼は戦争前日本中に建つ宝石店の経営者であったが、今は数十店舗しかない。涎を垂らすほどの一兆という大金はその時代に入手した物で、彼にしてみれば一兆は塩一摘みであり惜しくも痒くもないと記事の中でそう言っている。
なんという大富豪だろうか?戦争で多くの店舗がなくなって利益が出にくいのに大金を絵画に注ぎ込んでも大見栄張っているという事は財産は計り知れないである。噂では兆や秭を超えて正はあるのではないかと、新聞に出て以来一躍有名人になった。
さて古谷孔明の屋敷はさっきも言ったが岡山県岡山市であり、邸宅は側の道を歩く通行人に対して大きく立ち構えている。不思議にも屋敷の周りは空襲で何処を歩いたり遠くの方を見たりしても焼け野原しかないが奇跡的に屋敷は被害を食らう事なく戦前のままであり、岡山市に住んでいた人々は悔しくてたまらない。
そんな恨まれている屋敷には妖しきふしぎな住人が毎日葡萄ワインやトリュウフなどの世界三珍味といった高級食材を三つ星も獲得した腕利きのいいシェフの料理を食べて、一本手の甲や二本手の指でも数え切れない札束をいくつもいくつも重ねては数えもしないのにペラペラと弾いては自己満足をしている。金の亡者といわれても致したかない。
古谷孔明は海外出張で四日ほどラスベガスに行って久しぶりに帰って来たがなかなか我が家は居心地の良い所ではない。なぜって?それはついさっき言った住人の金遣いの荒さがどうしても気に食わないのだ。
それなら追い出せばいいではないか。
その考えもしたが世間体を気遣ってどうしてもできない。もし追い出してしまえば、その人らは世間に悪いのは古谷孔明だと根も葉もない事を広げてもらっちゃ、評判が悪くなってこの家を手放さなくてはならない状況になるのはどうしても避けたい。
ではどうすればいいのか。
そんな夢物語を妄想をしながら鉄柵とクリーム色の門をくぐってドアを開けた。一息つく暇なく一人の女が孔明氏に近づいたと思えば一通の封筒を手渡してきて
「おかえりなさいませ。単刀直入なのですが旦那様宛に御手紙が届いておりました。」
「ありがとう隼子。中は見たのかい?」
「いえ、人の御手紙を勝手に見るなんて非常識ですし、ましては旦那様の御手紙ならもっといけませんわ。」
彼女の頼り甲斐には勝てないと久々に思った孔明氏。
隼子の家系は古谷家に代々使えており、母親もそうである。彼女の仕事速さは仙人の領域を超えているほど完璧であり、それに加えて人として人に使える身としての常識や非常識を全て把握して人からの評判は道ですれ違った人のほとんどが挨拶をするほどで彼女も挨拶を返すが、その丁寧さといえば富豪の令嬢ともいえる。
「そうか、これからも頼りにしてるぞ。さっ君の持ち場に戻りたまえ。」
隼子は一礼をすると、裾を擦りながら去く背中を孔明氏は彼女が角を曲がるまで見送った。ギシギシと階段を登るが登りきろうとした途中で向かって右側の部屋からワハハハとホホホ、なんとも彼の心を晴天にしない笑い声はおそらく彼の事を笑っているのではないけれど彼にとってみれば自分の事を笑っているのと同じだった。
あーイヤだイヤだ。いつになったら追い出せるのだろうか?と今考えても時間の無駄。
多少の抵抗なのかバタバタと地団駄を踏んで自分の部屋のドアノブを捻って入った後振動がなるほど閉めた。いや実際なったのである。
雪崩のようにレザー椅子に雪崩込んで、魂を抜かれたかのように背もたれを外れて懐にあったバグパイプを吸い始めたのです。
何度か繰り返して数分、やっと例の手紙が気になるようになった孔明氏は吟味してみました。
なんとまーこの封筒の触り心地といったら多くの有名な起業家がこちらに送るときに使われていた高級な封筒と同じではないか。しかし高級な封筒だけあって今までに来たこともない材質の封筒のため新しい起業家が支援してほしくて書いて送り付けたのかと思えたが、それはすぐさま一変した。
開け口とは反対側には宛名が万年筆かなんかで書かれているのだが、その文字というのは『変幻仮面』と書いてるではないか文字の横にはその者の象徴として書かれているのか奇妙な押印が黒々とやってある。
満面な顔でニヤリと笑う仮面を中心に阿修羅像のように左右には男女の顔に、頭にはシルクハットが被されている謎の絵が描かれているのだ。
心地よくない気配を察知したのかナイフで開け口を切って開封し、薬物依存者が恐怖に対応しようと新たな薬を飲むような速さで便箋を開いた。
内容は読者諸君はよく知っているあの新聞の見出しである。
それを読んだときあまりにも驚くべき内容が丁寧な字で書かれており孔明氏は驚き憤怒せざる得なかった。
家の住人は金遣いが荒く追い出すのに骨が折れている所なのに新たに巨額の大金を盗もうとしてる、ましては好んだ絵画を盗もうとしてる。それは誰だって許されないが彼のは領域を越している。手紙を読み終えると気でも狂ったのか頭をバリバリと掻き乱して地団駄を踏み倒しているのがとても尋常ではなかった。
恐ろしい情景をドアの隙間から目を皿のようにして見続ける輩がいた。
古谷孔明の一人娘の白夜であった。
短い間父の姿がなかっただけだが久しぶりのような感じして父がいつもいる書斎に来たのだが、目の当たりした父は別人のようになっているのだから驚いても不思議ではない。
ああ、この状況を見た変幻仮面と名乗る人物はなんと思うのか?自分が送った手紙で人が狂うのはとてつもなく痛々しい。
しかしなぜ絵画の持ち主に犯罪予告の手紙を渡しておきながら新聞社にも送り付けたのだろうか?世間をお騒がせをして何の得になるのだろうか?
一体何を考えているのやら?
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