第8話

 入り口の辺りで立ち尽くしていたオレの隣をすり抜けて、先に店内に戻ったのはタケトだった。オレは慌ててその後を追った。

 事件はレジカウンターの前で起きていた。カウンターを挟んで、店長と、年配の女性が向かい合っている。二人とも真っ青な顔をしている。女性はかなりの年配に見えた。痩せて背が高く、化粧の濃い女性だった。黒のドレスに毛皮のコート。一見豪奢に見えるが、どこか安っぽい。毛皮もフェイクに見えた。ドレスのスリットから見えるブーツの脇に、割れた酒瓶が見えた。慣れないアルコールの匂いにオレは少し咽た。

 恐らくはその女性が落として割ったのだろうが、こういう時、普通の状態だったら店員はすぐに客の無事を確かめて、割れたものの処理にかかるだろう。しかし、店長は何もせず、声も出さずに立ち尽くしている。新人の店員じゃない。店長だ。オレが知る限り、仕事のできる人だ。なのに、この状況であること。そのこと自体がもう、異常事態だった。タケトが店長の隣に駆け込み、女性客に声をかけようとした時、店長が何かを呟いた。それを聞いたであろう女性客は、はっとした顔になった。そして、急に走りだし、店を飛び出した。それを見るや、店長もその後を追った。

「店長!」

そう叫んで追いかけようとしたタケトの腕を、オレはまたも無意識に掴んでしまった。それで、どうなるというのだと、オレは瞬時に後悔して手を離そうとした。すると、タケトはオレの手を取って、オレをまっすぐに見た。

「一緒に、来て、くれるか?」

見た事もないような切羽詰まった顔だった。タケトは、何かを知っている。この異常事態に関わる何かに、気づいている。オレの脳裏をよぎったのはあのノートだった。そのことと、今の状況の関係性は分からない。ただの直感だ。ノートの件と、ここ最近のタケトに感じた違和感。そして、今の事態。それらが、きっと繋がる。オレの中の何かがそう叫んでいた。

「行こう、タケト」

オレがそう言うと、タケトはふっと笑って頷いた。

 次の瞬間、オレたちはほとんど同時に店を飛び出していた。店長が出て行ってからそれなりの時間が過ぎていた。オレたちが、いや、オレが一瞬の迷いを見せている間に、どれほど離れてしまったのか。夜の帳が深く落ちて尚、人の行き来の途切れない道を、二人で駆けた。どれほど人が居ても、目指す先は、一人なのだ。

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