第7話

 それからの日々は静かにすぎていった。オレは、バイトの最後の日が近くなり、何となく寂しい気持ちでいた。

「バイトの期間、もう少しで終わりだな」

「宇野さん」

オレに声をかけてきたのは宇野さんだった。オレは思い切ってタケトのことを聞いてみようと思った。もちろん、ノートの件は伏せて、だ。

「宇野さんはタケトのお姉さんの後輩なんですよね」

「うん。そうだよ」

「タケトともよく会ってたんですか?」

「まぁ、どっちかというと、響子先輩に振り回されてたな。僕も」

そう言って宇野さんは笑った。

「最近会ってます?」

「どっちに?」

「ええと、タケトと」

「君を連れて来た時が一番最近だね。実際、君のバイトの話が出るまで音信不通だったよ」

「お姉さんとは?」

「年賀状をやりとりするくらいかな」

宇野さんはそう言うと、にやりと笑ってオレを見た。

「何、響子先輩に興味あるの?年上が好みなのかい?やめておけよ。彼女に弄ばれるのが目に見える」

「も……っ、そんなんじゃないですよ」

「照れるな照れるな」

宇野さんは勘違いしたままマグカップを持って給湯室へ行ってしまった。オレはため息を吐いて椅子に座り直した。

 実際、宇野さんもタケトに会っていないなら、最近の様子がどうの、という話は出来ない。その時何か不審なことを感じたのなら、その時に何か言っているだろうし、オレが具体的に違和感を覚えたのはごく最近のことだから、その時とは比べようもない。

 タケトは、相変わらず何も言わない。でも、オレはだんだんタケトを信じる気持ちが強くなって言った。その一方でもうひとつの確信も生まれていた。

「タケトに何かが起こっている」

その何かが、例の殺人事件に関与しているのかどうかは分からない。でも、何かがタケトに起こっている。それはかなり高い確率で当たっていると思う。タケトは時々、考え込むことが多くなった。不自然に会話が途切れることが多くなった。一緒に居て、何気ない振りをしているが、そこにない何かを気にしている。

 普段なら、好きな人でもできたのか、なんて、茶化しているところだけれど、そんな気分にもなれない。なれないのは、あのノートのせいもあるかもしれない。タケトは、無関係だと、思いたいのだ。誰だって、自分の親しい人間が、そんな物騒なことに関わって欲しくなんかない。口では何と言っていても、平穏な毎日を愛しているのだ。


 バイト最終日、宇野さんが塾の人達を代表して小さなプレゼントをくれた。可愛らしくラッピングされたそれを、オレは恐縮して受け取った。成り行きで引き受けたバイトだったのに、皆親切で、優しかった。失敗した時もむしろ労わってくれた。そのことが胸を打った。

 自分にとっていい経験になったと思う。本当にタケトのおかげだ。何か美味しいものを奢ってやろう。関わってくれたたくさんの人に感謝を捧げつつ、オレはバイト先からの最後の帰宅に移った。

 外に出てから贈り物をこっそり開けて見ると、可愛らしいクッキーの詰め合わせだった。おそらくは、よく面倒を見てくれた、事務員の女性が選んだのだろう。可愛いラッピングは男性が選んだとは思えなかった。色んな味のクッキーが、可愛らしいリボンのついた透明な袋に小分けになっていたので、オレはタケトに差し入れてやろうとコンビニに向かった。

「いらっしゃい」

タケトがレジにいて、オレを見て笑った。気のせいだろうか、タケトの笑顔が何だかぎこちない。ずっとここでバイトをしているはずだから、今更営業スマイルに抵抗があるわけでもないだろうに。オレはそれでも自然に、よ、と言って片手をあげて入っていった。他にお客さんがいない事を確かめて、タケトに話しかけた。

「今日、バイト、最後の日だったんだ」

「あ、そうか。そうだったな。お疲れ様」

「で、事務のおねーさんから、かわいいクッキーもらったから、分けてやろうと思って」

「それで、おごりの話はチャラ、とか、言わないよな」

タケトはいつもの調子になって笑った。

「言わない言わない」

オレも笑って答える。

「お、いらっしゃい」

「あ、店長さん、こんばんは。今日でバイト最後なんですよ」

オレがそういうと、店長は

「そうか。何だかあっという間だったね。終わっても時々は来てくれると嬉しいよ」

と、いつもの優しい笑顔で言った。

「はい。タケトもいるし、近くに来たときは寄ります」

「ありがとうね。今日はコーヒーサービスするから、少し中で話していったら?タケト君もそろそろ休憩だし。お客さんもいないし」

「ありがとうございます。休憩頂きます」

タケトはそう言って、ぺこりと頭を下げた。オレたちはコーヒーを手にレジ横の扉から中に入った。休憩室に入ると、オレは袋からクッキーの包みを一つを出した。プレーンと書いてある。その包みを開けて二人でつまみながらコーヒーを飲んだ。

「結構うまいな」

「うん。あんまり甘くなくていいね」

オレはそんなことを話しながら、タケトにスライスアーモンド入りのものを渡した。

「これ、持って帰りなよ」

「サンキュ」

タケトに渡した時、店長にも一つあげようと思いついた。コーヒーをおごってもらっているし、休憩室にも入れてもらったし。いろいろ気を遣ってもらっている。

「タケト、店長さんにも一袋上げようと思うんだけど、甘い物、大丈夫かな」

「ああ、大丈夫だと思う……」

タケトがそう言った瞬間、店の方から何やらものが落ちて割れる音がした。

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