第6話

「ほら、タケト。またノート忘れてたぞ」

今度はオレが学食でタケトを見つけた。そうして、オレはタケトの向かいの席に座ると早々にノートを差し出した。

「お。悪い。いつもカズユキが見つけてくれるな」

「大事なノートなんじゃないのか?」

「何でそう思う?」

タケトに訊き返され、言葉に詰まった。心なしか、タケトの視線が厳しい。

「別に。何となく思っただけさ。よく持ち歩いてるみたいだからさ」

「……残念ながら、大して大事でもないよ。大事だったらそうたびたび忘れないだろ」

「だよな」

オレは努めて平静を装って昼食を食べ始めた。今日はBランチにした。タケトはと言えば、偶然同じBランチだ。注文したのはバラバラだから、示し合わせたわけじゃない。

「なぁ、バイトが終わったら、バイト代で何か奢るよ」

ちょっとノートから話を変えたくて、オレはそんな話を持ち出してみた。実際、それは前から考えていたことだ。バイトの期間も半分を過ぎたし、こればっかりは言っておいた方が良いと思った。オレが感謝してるってことは、伝えておかないと。

「いいよ。別に金には困ってないし」

タケトの返事を聞いて、以前にどうしてタケトがバイトしているのか疑問に思ったことを思い出した。この際聞いてみようかと思って、口を開いた。

「なぁ、タケト」

オレがそう切り出すと、珍しくタケトが、あ、と言って話を遮った。

「カズユキのバイト、オレが紹介したんだもんな。紹介料、ってことか?だったらありがたく受け取ろうかな」

「あ、ああ。そういうこと。せっかくお前が紹介してくれたんだしさ。少しはやっぱり……お礼っていうか?」

「……ステーキハウスのサーロインとか要求したらどうする?」

タケトが悪戯っぽく笑う。

「せめてハンバーグにしてくれ」

オレも笑ってそう言い返した。

(いつものタケト、だよな)

心の中でつい、確認してしまう。でも、小さな違和感はある。いつも通りのようで、いつも通りじゃない。タケトは確かに、いつもとどこかが違う。どこ、と問われれば困るレベルだが、ややもすれば、気のせいと流してしまいそうな仄かな違和感。

 オレがそれに気を取られていると、学食内に流れる音楽が、昼休みの終わりを告げた。

「あ、俺、次講義だった。カズユキは?」

「オレもだ」

オレたちは残った昼食を慌ててかきこんだ。空いた食器を返却して、講義棟へ移動しようとした時、二人が行き先が分かれた。

「じゃな。また」

そう言ってタケトが離れていこうとする。いつもの台詞。いつものタケト。だとも、思える。だが、その瞬間、オレは無意識にタケトの肩を掴んでいた。

「……何?」

タケトが怪訝な顔をして振り返る。当然だ。いつもだってそんな風に肩を掴んだことは無い。オレにしても、何故自分がそんなことをしたのか、正直分からない。でも、何かを感じるのだ。そうしなければいけないと、心の隅で、誰かが囁く。

「あのな、タケト」

「うん」

講義の前だというのに、タケトは真面目な顔で応えてくれた。

「何か、その、心配事とかあったら、オレに言えよ?」

何を告げたらいいのか分からず、言葉もうまく見つからず、オレはどうにかその、何とも月並みな台詞を絞り出した。タケトはじっとオレを見つめていた。

 周りは講義に向かう学生たちがたくさんいた。近くを通り過ぎていく奴は、大体オレたちを変な顔で見ていく。オレは内心自分のしたことを軽く後悔していた。

 だが、タケトは静かに笑って、

「うん。ありがとう、カズユキ」

とだけ言って、去っていった。

 残されたオレは他にどうしようもなく、自分の講義を受けにゆっくり歩き出した。

(ホントだぞ。タケト)

歩きながら、オレは心の中で何度も思った。

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