第5話

 家に帰ると、オレはノートを取り出した。心臓が大きく音を立てる。あの時のと同じだ。タイトルの無い、どこにでもある平凡なノート。未だに何のタイトルもつけられていない。記名も無い。どこにも所属しないというように。あるいは、誰のもので、それが何であるかを隠すように。

 オレはそのノートをわざと落としてみた。何故かそれは、やはり開いて落ちた。ぱらりぱらりと衝撃の名残でページがめくれる。そして、それが収まると、以前見た同じページが出て来た。

 目に入る文字は変わらない。同じだ、と思った。でも、ノートに触れているうちに、オレはもう一つのことに気付いた。次のページの文字が薄く透けているのだ。前回は恐らくなかったもの。あるいは、自分が見落としたもの。 どちらにしても、オレの知らない何かがそこにある。オレの心臓が大きく鳴った。オレは震える手でそっとページをめくった。

 そこには、新しい文章が増えていた。


男性。刃物でメッタ刺し。手足、頭部、胴体を切断。バラバラに川に流す。


「何かの、メモ……だよな」

 オレは黙ってノートを閉じた。自分に言い聞かせるように繰り返す。講義のメモだ。小説の切れ端だ。映画のワンシーンだ。それでなければ何だというのだ。

 ベッドに体を預けて、呼吸を何度も繰り返す。心臓が緩やかになる頃、オレはやっと体を起こした。

「テレビでも……」

そう自分で言って、自分の心臓が再び跳ねた。そうだ、あの時も、そうして……

 オレはリモコンを持つ手を下ろした。同じことをしたら、同じことが起こって、また同じように悩むのかと思ったらそれ以上動けなっかった。オレは、布団をかぶって寝てしまった。そうすれば、何も考えないで済むと思ったからだ。

 しかし、事件は、その翌日に勝手にオレの目に飛び込んできた。その日も同様にテレビを避けていたオレだったが、電車に乗った時、目の前のおじさんが広げた新聞に目が行ってしまった。その記事に

「川で男性のバラバラ遺体発見」

と、見出しが出ていた。オレはそれを見ただけで足元がぐらりと傾くような気がした。オレは降りる予定では無かったのに、次の駅でふらふらと降りた。これ以上、その文字を見て居たくなかったのだ。駅を出て、おぼつかない足取りでしばらく歩き、人通りの少ない路地の、電柱にもたれかかって足を止めた。

「何で……」

以前の時と比べて、一致する部分が増えているように思える。こうなってくると、何らかのかかわりがあるという思いが強くなってくる。

 犯人、ってことは。と、自分で思って、オレはゾッとした。タケトが犯人かも知れないということにではない。自分がそんなことを再び考えてしまった事に、だ。そんな簡単にまたそんなことを思うなんて。一度は消した気持ちじゃないか。それをまた蒸し返すなんて。一度は魔が差すということもある。何となく、ふっと、浮かんだからそう思った、ということもある。でも、二度目は偶然ではない。ある程度の確信を持ってしまうから二度目がある。そんなこと、あるわけないのに。それでもそう思うなら、闇を抱えているのは自分の心の方ではないか。オレはそう思った。やはり、在り得ない事なのだ。

 そもそも、偶然の一致ということだってまだ充分在り得る事だ。それに、犯人だったらそんなメモを残したりしないだろう。ましてそれを持ち歩いて、挙句に忘れるなんて。

 万一も億一もないだろうけれど、例えば、あくまで仮の話でタケトが犯人だったとしたらもっと慎重に物事を進めるはずだ。そんな雑な事はしない。

 そう思って、オレは笑った。変な方向から、タケトではありえない理屈が出てきたことが可笑しかった。そうだ。変な話だが、タケトはそういう人間だとオレは知ってる。何か事を成す時は本当に慎重で入念だった。そんなに重大なことではないが、例えば、一緒にレポートをする時、試験勉強をする時、そういう時のタケトを見て居ればわかる。まして、殺人となれば人生を左右する大きな出来事だ。そのレベル、つまり、人生を左右するようなことをするとなれば、絶対にタケトなら小さなミスも犯さない。

 そうだ。絶対に違う。オレはもう一度、そう心に刻んだ。

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