第2話

(眠れなかった……)

あの後、ニュースでは多くは語られなかった。ただ、山の中でキャンプをしていた大学生たちが連れていた犬が、土を掘り返して死体を発見したというような内容だった。遺体は女性のもので、死後一週間とみられていた。身元はまだ判明していない。その程度のものだった。今報道できる情報がそれだけなのか、実際にそれしか分かっていないのかはオレには判断しかねる。オレが驚いたのは、断片的ではあるが、タケトのノートに書いてあったことと、合致する部分があったことだ。でも、全てが同じというわけでは無い。逆に同じというところは山の中の遺体で女性であったことくらいだ。それが合致するだけで全てを同じ事件と見ていたら世の中の殺人事件の多くが同一犯による連続殺人事件になってしまう。だから、それだけで、タケトを事件の関係者にすることはできない。類似する事件は山のようにあるはずだ。むしろその事はきっかけに過ぎなくて、オレの心を占めているのはむしろ、件のタケトの発言の方だった。

(あまり凄惨な事件に触れていると、影響されることもないではないけど……)

そういう事件が過去、起きなかったとは言えない。良くも悪くも、刺激の強いものは、人間の精神にも強い影響を与える。それが、どう影響するかは、本人次第なのだが。

「オレは、タケトを信じよう」

少なくとも、オレが今まで触れて来たタケトは、そんな恐ろしい事件を起こすような人間には思えない。オレは、自分の目で見たタケトを信じる事にした。

 そう、オレはこの段階で、僅かな情報、つまり、タケトのノートのメモと、ニュースの報道の合致点から、タケトが事件に何らかの関係があるのではないかと思っていたのだ。


 翌日、オレは大学の食堂でうどんを睨んでいた。正確に言えば、別にうどんが憎かったわけではない。寝不足で食欲も無いのだ。

 原因は全て、昨日のタケトのノートのせいだ。結局、気になって気になって眠れず、何だか胃の辺りも痛い。オレ自身も自分がこんなにデリケートだとは知らなかった。

「よぉ、カズユキ」

タケトがいつもの調子でやってきた。

「よ、よぉ」

オレは普通に返したかったが、少し声が上ずってしまった。タケトはその事に関しては何も言わず、オレがトレイを置いているテーブルに自分のトレイを置いた。タケトは大体日替わりランチを食べる。いつもならオレもそうするが、今日はどうしても食べられそうになかった。

「何、どうしたの。金欠?」

タケトがオレのトレイを見て言った。

「あ、う、うん。そう、ちょっと今月使いすぎちゃってさ」

オレは適当に話を合わせた。体調が悪いから、と、言えばよかったのかもしれないが、理由を聞かれるとそれはそれで困る。

「じゃあさ、バイトしない?」

「バイト?タケトと同じところで?」

タケトのバイト先はコンビニだ。オレは自分は接客業は向いていないと思っているのでそれなら断りたいと思った。これ以上胃痛の原因を増やしたくない。

「違う違う。塾の事務だよ。俺が昔お世話になった塾でバイトが一人、盲腸になっちゃってさ。療養している間の短期バイトが欲しいんだって」

「……盲腸って、一週間くらいで治るんじゃなかったっけ」

「さすがにそれでバイト終わりってわけにもいかないだろ。一か月でどうかって話だよ」

「そのくらいなら……」

「そうか、良かった。じゃあ、さっそく今日行こうぜ。話はしておくから、正門で五時な」

「早いな」

「早い方がお互いのためだろ」

そう言ってタケトは笑った。

そうやっていると、本当にいつも通りだ。オレの気持ちが少しばかり緩んだ。オレは、今なら普通にノートを返せるような気がした。

「タケト、昨日、これ、忘れていったろ」

オレは努めて普通にカバンからノートを取り出した。

「お、サンキュ。やっぱりあのファミレスだったか」

「名前も書いてないからさ。正直、お前のかどうか分からなくて困ったよ」

「で、中を見て確かめた」

オレの心臓が大きな音を立てた。タケトがじっとオレを見ている。着のせいかもしれないが、厳しい目をしている気がする。何かを探るように、オレの小さな変化も見逃すまいとするように。

「見、るわけないだろ。だって、あの席にはオレたちの前には誰もいなかったんだし。食器も綺麗に片付けてあった。それって、店員さんがちゃんと席を整えた後、ってことだろ?他の誰かが忘れていったのなら、その時気づいたはずだよなーって思ったのさ」

オレはわざと得意げに言った。そして、

「大体、誰かのノートを無断で見るとか、そんな失礼な事しないよ」

これは本当だ。あのノートを見た時だって、落ちて開かなかったら見ずにすんだはずなのだ。

「だよな」

タケトはそう言っていつもの笑顔になった。オレは頷いて、心の中でほっと溜息をついた。ノートを手放したことで、心の重荷が減った。見てしまったものを、見なかった事には出来ないけれど、少なくとも返さなければと思ったものは、無事に持ち主に返すことができたのだから。オレはやっと、目の前のうどんに手を付けることができた。それは幾分伸びてしまっていたけれど、胃の調子はすぐには戻ってくれないので、オレにはちょうどいいくらいだった。

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