「かぐや姫との別れの話だけど、アオハルっぽさがあっていいよね」


 小宮はポンチョみたいな羽織りものを脱いだだけで、あとの格好はそのままだ。

 コスプレとはそういうものなのかもしれないが、すごく特徴的な髪形で目立っている。

 ベースはサイドポニーテール。後れ毛は多めに残し、右の低い位置でお団子をつくって、髪が束ねられている。右サイドは一部分だけ毛束を三つ編みにしている。小宮がふだん髪を編むときはわざとルーズにまとめることが多いけれど、今日の三つ編みはタイトに縛っている。前髪をストレートバングにして、おでこをすっぽり隠しているのも少し珍しい。

 なにより髪色がピンクだ。

 自分がしたいとは思わないが、他人のコスプレを見る分には悪くないな、と思う。

 小宮のほうも、思いのほか小説の出来に満足してくれたようでなによりだ。


「席移っていい?」

「へ?」


 感想を述べていた小宮がとつじょ尋ねてきて、返事も待たずに移動する。テーブルに向かい合わせに座っていたのに、小宮は隣の位置につめてくる。

 小宮はパーソナルスペースが狭くて、常盤はそこによく戸惑う。


「ほら、隣同士に座ったほうが読みやすいでしょ」


 小宮は開いたページを手にしたままだ。要するに、文中の箇所を指し示しながら感想を述べていくということか。


「せっかくだから考察を聞いてもらわないと」

「そんなに難しく考察するところなんてあったかな」


 常盤はとぼけて答えておく。作品にこめたメッセージに、小宮は気づいているのだろうか。


「行間を読まずにすなおに受け取ることもできるけど……、でもこれ、かぐや姫がウソをついたってことだよね?」

「五人の貴公子に難題を出したとこの話?」


 小宮にむぎゅっと口をつねられる。


「瀧久って人が、ほんとは実在してたんじゃないかってことだよ」

「最後に龍笛の演奏が聞こえてきたからってこと?」

「あの龍笛の音が流れてこなかったとしても、瀧久は実在したというふうに私は読むかな」

「というと?」

「ときちゃんは、誰にも見られたくない日記ってどこに隠してる?」

「え? 急になに? てか、なんで日記のこと知ってるの?」


 小宮が口角をゆるくほころばせてニタニタしている。


「こんど読ませてよ」


 その笑顔で常盤ははたと気づく。カマをかけて、常盤をからかったのだ。


「おいらの日記のことは今はどうでもいいでしょ。……それより、瀧久が実在したかどうかって話じゃなかったの?」

「うん。だからさ、もし妄想全開でウソの手紙を書いてたら、それが見つかるのって超はずかしくない? 黒歴史が他人に読まれちゃうわけじゃん? なのに、かぐや姫は手紙を見られたことに平然としてるよね」


 小宮はページを繰りながら言う。たしかにかぐや姫があわてたり、恥ずかしがったりする描写はない。


「逆に語り手の“私”――ややこしいから仮にAって名づけとこうか――語り手Aはそうじゃないよね。手紙を読み上げてって言われたときは指先が“緊張のあまり震えて”るし、自分が書いたことがバレたときは“身悶えするような恥ずかしさ”で赤面してる。語り手Aは明らかに動揺してるよね」

「語り手Aと比べると、イマジナリーフレンドと文通してたかぐや姫が堂々としすぎてるってこと?」

「そう。それにかぐや姫のここのセリフ」


 小宮が指をさす。“私もバカなことをしたわ。読まれないように、ちゃんと隠しておくんだった。あなたにも要らぬ面倒をかけさせちゃったわね”の箇所だ。


「これがどうかした?」

「かぐや姫が“バカなこと”として述べてるのは、手紙がに対してだけだよね。ウソの手紙を後悔してないみたい」

「なるほど、ね」


 妄想で手紙を書いていて、それがバレたのだとしたら、かぐや姫はもっと恥ずかしがったり、動揺したりするはずだ。しかし、かぐや姫はかなり落ち着いた対応をしている。また、手紙が見つかってしまったことは後悔しているけれども、手紙を書いたことそのものについては言及がない。

 かぐや姫がそういう反応を見せるのは、瀧久という人物が妄想の存在ではなかったからではないか。

 小宮が言いたいのはそういうことだろう。


「文通に使ってた紙も、凝ったものを使ってたってことだよね? これ」


 かぐや姫が語り手Aに読み上げさせた手紙(Aが瀧久を装って書いた手紙)は“薄い藍色に染められ、香を焚きつけた上質の紙”が使われている。


「ああ。あの時代って、紙にも趣向を凝らすのが一種の作法だったみたいだね。木の枝に手紙を結んで送り届けたり、花を添えたり、そういうのでセンスや風流さを示すっていう」

「瀧久からの手紙のほうは、“小洒落た手紙の束”としか書かれてないけど、たぶん同じような感じだよね?」


 Aが偽装を図ったのなら、当然、紙も似たようなものを用いたはずだ。最後の手紙で、しかも謝罪文でもあるから、いつもより特別な紙を使ったという解釈もできるけれど、あまりに違う紙を使って怪しまれてしまうようなことは避けるだろう。


「それで、紙がどうかしたの?」

「妄想の文通ってわりには、かなり凝ったことするなぁって感じただけ」

「なるほどね」


 それも、文通が事実だったと推測させる状況証拠ということだ。

 “小洒落た手紙の束”と語っているくらいだから、帝とやりとりするときの紙とは違うものとも受け取れる。たんに妄想で文通するだけなら、わざわざ別の紙を用意するというのは、たしかに凝っている。


「でも、瀧久って人と文通してたのが事実だったとしたら、このあたりはどうやって説明するの?」


 ページをめくって、常盤は指し示す。かぐや姫自身のセリフの部分。

――どうやってこっそり手紙を送り合ってたんだろうって、不思議に思わなかった? ムリな話なのよ。手紙を送るのも、受け取るのも、使いの者に頼まなければならないのに。逢瀬にしたってそう。訪ねてくる人の応対は、必ず家の者が取り次いでいましたし、身の回りの世話は側仕えの方たちが済ませてくれるから、私は外出の機会もあまりなかった。そもそも、どうやってその雅楽寮の殿方と知り合ったっていうの?――


「もし文通が事実だったと考えるなら、この辺のハードルはどう説明するの?」

「さあ」

「さあって。けっこう重要なことじゃないの?」

「具体的な方法がどんなものだったかは特定できないよ。だって、この小説の語り手であるAはその方法を知らないんだから」

「それって、推理小説の肝心のトリックの部分がタネ明かしされないみたいなことじゃない?」

「別にいいんじゃない? 推理小説じゃないんだし」


 小宮はあっさり言う。たしかに、常盤もこの作品をミステリ作品として書いたつもりはないから、トリックや謎が解決されなくても問題はないのかもしれない。


「ま、でも、協力者がいたって考えるのがいちばんシンプルで自然なんじゃない?」


 協力者が誰なのかは不明なので、仮にXとしよう。

 協力者が一人なのか複数なのかは分からないが、ここではまとめてXとして差し支えないだろう。

 協力者Xはかぐや姫および瀧久とコンタクトを取れる人物であり、かつ、語り手Aに気づかれずに文通の便宜を図ることができた。

 小宮はとうとうと語る。


「手紙がいつも協力者Xを介してやりとりされていたのだと考えれば、かぐや姫がすぐになりすましに気づいたことも説明できる」


 かぐや姫は語り手Aに対し“けさ届いたようなんですけど、心当たりのない手紙なんですの”と述べていた。半信半疑というレベルではなく、瀧久からの手紙でないことをほぼ確信しているような尋ね方だ。


「Aは瀧久って人の筆跡や文体をまねして手紙を書いていた。だから手紙そのものを読んだだけだと、本人かニセモノかを見分けるのは難しかったかもしれない」

「でも、今回はいつもとは別のルートで手紙が届けられた。協力者X以外のだれかによって。だからかぐや姫は“心当たりのない手紙”だと断言することができたってことね」

「かぐや姫の側仕えを務める人はA以外にも何人かいたはず。そのなかに協力者Xがいたってことだね」


 小説の冒頭付近で“私がお呼ばれしたのは、同年代の女性だったということもあるのでしょう。姫さまの身の回りの世話をする側仕えは何人かおりましたが……”と触れられている。

 語り手Aが側仕えを始めるよりも以前から、かぐや姫のもとで仕えていた人もいたはずだ。


「小宮の言うとおり、瀧久って人物が文通相手として実際に存在してたんなら、なんでかぐや姫はウソをついたの? どうして妄想で手紙を書いていたなんてウソをついてまで、瀧久の存在を否定したの?」

「優しいウソってやつかな。Aは手紙の束を読んでショックを受けてたみたいだから。Aはかぐや姫のためを思ってニセモノの手紙まで用意して、しかも龍笛の演奏まで頼みに行ったわけだよね。それって相当なことじゃない?

 かぐや姫は瀧久と破局しちゃったけど、案外もう失恋からは立ち直ってたのかも。瀧久から最後の手紙が届いたのは数ヵ月前だしね。

 けど、語り手Aは瀧久からの手紙を読んで、かぐや姫のことを心配した。ニセモノの手紙まで準備して、かぐや姫を元気づけようとした。

 だから逆に申し訳なくなっちゃったのかもね。“要らぬ面倒をかけさせちゃった”ってセリフが出てくるのはそういうことなんじゃない?」


 いちおう筋は通ってるか。

 自分が書いた小説だけれど、他人の解釈を聞いてそういう読み方をしてくれたんだと感じるのは面白い。


「もうひとつポイントがあるとすれば、語り手Aが最後まで協力者Xの存在に気づかなかったってことだね」


 小宮はさらに自分の解釈を説明する。


「語り手Aは協力者Xがだれなのかに気づいてないどころか、Xが存在しているという発想にすら到達してない。もしくは、協力者がいるという考え方をしないようにしてるのかもしれない」

「どういうこと?」

「結末部分で語り手Aは龍笛の奏者について触れてるでしょ? かぐや姫がだれかに手紙のことを聞いて回っていたのかもしれない、そのとき手紙の内容を知っただれかが龍笛の演奏を頼んだのかもしれない、っていうふうに」


 小宮は該当箇所を指し示しながら言う。


「まわりくどい推理だと思わない? あくまで瀧久という人物が存在しないことを前提とした推理だし、もし仮にこういう経緯で手紙の内容を知った誰かがいたのだとしても、その人物が龍笛の演奏を頼むとは考えにくいよ。演奏の手配をしたということは、瀧久が演奏しないってことが分かってたってこと。手紙を読んだだけの第三者がそこまで分かるとは思えない。それができるのは最後の手紙がニセモノだと分かっている人物だけ」


 手紙がニセモノだと分かるのは、手紙を書いたA自身か、あるいは瀧久本人か、もしくは……


「手紙を受け取ったかぐや姫は、この手紙が本物かどうかを協力者Xを通じて確かめた。だからかぐや姫は手紙はニセモノだと気づけた。

 手紙はニセモノだったわけだけど、協力者Xはその手紙の内容が実現するように、龍笛の奏者を手配した。それが瀧久本人だったのか、代わりの奏者を用意したのかは分からないけどね。

 そう考えるほうがシンプルじゃない?」


 もし瀧久が実在しない人物で、協力者Xも存在しなかったのだとすれば、だれが奏者の手配をしたのか。

 あの手紙の内容を知ることができた人物で、なおかつその手紙がニセモノだと分かる人物。

 そんな人物を想定するよりも、もともと協力者Xが存在していたと考えるほうが自然だ。


「でも語り手Aはそういう推測はしていない。あくまで協力者なんていなかったものと考えている。最後までね」


 どうして語り手Aは協力者がいると考えなかったのか。

 それは考えなかったというよりは、考えたくなかったから。考えないようにしたからではないか。


「Aは自分が最もかぐや姫と親しかったと自認してる」


 小宮は再びページを指し示す。

“姫さまとは私が最も親しくさせていただいたと思います”

“私にそうした胸の内を語ってくれることがありました”

“私に色々とわがままをこねることも多かった”


「だからこそ、認めたくなかったんだと思う」


 小宮はそう言って、最後の場面のページをひらいた。


「のちになってAは“余計な考え”が浮かんでくるようになったって語ってるよね。Aも協力者Xがいたっていう事実にうすうす気づいちゃってるのかもしれない。でも、自分がかぐや姫といちばん親しいと自負してたから、それを認めたくなかった。最後のとこでまわりくどい推理をしてるのはそのせいなんだよ」


 協力者、そして瀧久の存在を認めること。それはかぐや姫のやさしい嘘を疑うことだ。Aはそれをしたくなかったのかもしれない。かぐや姫の言葉を信じたいと願うAにとって、そういう疑念を抱くのは“余計な考え”“俗物な説明”だったのだろう。

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