本編
1
「小説、おもしろかったよ。想像してたよりクオリティ高くてびっくりした」
大学近くのファミレスで待ち合わせをして、常盤は小宮と会っていた。
テーブルに着くと小宮はさっそく常盤の書いた小説の感想を伝えてくれる。手許に持っているのは、学園祭に合わせて発行した同人誌で、常盤が寄稿した小説『かぐや姫の秘め事』もそこに載っている。
「二次創作、いや翻案って言ったほうがいいのかな」
「完全にオリジナルな作品を書きあげるのは大変だからね」
「そういう作品に興味あるなら、ときちゃんも文学部入ればよかったのに。もったいない」
「おいらは趣味の範囲で楽しめればいいってだけだから。竹取物語とかをガチで研究したいとかは思わないよ」
常盤と小宮はかつて同じ中学に通っており、文芸部にも一緒に入っていた。高校では別の進学先だったけれど、大学でまた再会したのだった。ただし常盤は経済学部で、小宮は文学部。
「べつに文学部だって、ガチ勢ばっかってわけじゃないよ」
「そりゃそうだけどさ、」
「ときちゃんと一緒の学部だったらなぁ~」
「そういう言い方をされると困るんだけど……」
タジタジしてしまったのだが、小宮はそんな様子を見て「いひひ」と笑っている。それで、わざとそういう言い方をされたのだということに気づいた。
小宮は、常盤が困ったり慌てたりする反応を見て楽しむのが趣味なのだ。このあいだも、アイスコーヒーとカルピスソーダを混ぜ合わせたドリンクを「騙されたと思って飲んでみてよ」って言われて、……まあ騙された。
「そういえば、前に龍笛のこと質問してきたことがあったけど、もしかしてこの小説用の下調べとかだった?」
小宮が邦楽サークルに入ったので、いくつか龍笛のことを尋ねたことがあった。
「あ、うん。ちょっと参考にはさせてもらったかも」
「龍笛って2オクターブくらい音域があって、雅楽の楽器の中だと、いちばん高低の音が出せるんだよね。笙の音色が“天上から差し込む光”、篳篥の音色が“地上の人間の声”って言われるのに対し、龍笛は天と地をつなぐ“龍の鳴き声”。月に帰っていくかぐや姫と、地上に残された人たちをつなぐ楽器としては、ピッタリかもね」
汲みとってくれてありがたい。実際それは小宮と話しているときに思いついたイメージだった。
「でも、ときちゃんもエロティックなシーンを書くんだなってニヤニヤしちゃった」
「……なんのことかな?」
「ほら、かぐや姫が昇天する直前で、着物を脱ぐ描写がある」
そこを掘り下げてくるか。
「『竹取物語』の原文にも着物を脱ぐ描写があるんだよ。だから、おいらが書きたくてそんな描写を入れたわけじゃなて……」
「えー、そうかなぁ。元の作品をどこまで取り入れるかは書き手しだいじゃない? 省かれてる箇所だってあるわけじゃん、不死の霊薬とかさ」
天人がかぐや姫に差し出した物には、羽衣のほかに不死の霊薬もあった。『竹取物語』だと最後に富士山で燃やしてしまうことになっている。不死と富士をかけたと思わせて、たくさん(富)の士(さむらい)を山に登らせたから「富士山」と呼ばれるようになった、というオチだった。
「下界の物は穢れてるから、天上世界には持ち込めないっていう設定は、ときちゃんの解釈が入ってるでしょ?」
天人が下界を穢れていると捉えていたのはその通りで、かぐや姫は霊薬を飲んで心身を清める。着物を置いていくのは、「形見」として残すため。穢れているから持っていくことができない云々の設定は常盤が付け足したものだ。
「かぐや姫が形見として残してくってだけなら、着物の一部を脱いだだけなのかなって思うけど、ときちゃんの設定だと、襦袢とかも全部脱いだってことだよね?」
「あー、えっと、その辺はあんま深く考えなかったからな~」
「ほんとに?」
小宮がぐっと身体を乗り出して、顔を近づけてくる。こうなると逃げられない気がしてしまう。
「どこまで脱ぐかってことは、執筆のときにたしかに考えたよ。読み流せちゃうように書いたつもりだったから、深掘りされると、恥ずいんだけどさ……」
小宮はギブアップ宣言を聞いて勝ち誇ったかのように、いい笑顔をしている。
「これくらいのことで紅くなっちゃうんだから、ウブやね、ときちゃんって」
「……」
「ごめんごめん。ときちゃんのリアクションって面白いからさ、ついイジりたくなっちゃうんだよね。………………それにほら、近藤の前だとできないじゃん? こういう話題」
小宮は気落ちしたトーンで言った。
近藤とは小宮の片恋の相手だ。中学のときからだから、結構な期間になる。
親しい人に対しては茶目っ気モードを見せる小宮だけれど、さすがに片想いの相手には話題を選ぶのか。近藤相手だと……、たしかにエロティックな話はできないか。そう考えると、小宮にとって常盤はフリーに話せる存在になれているのかもしれない。そういうことなら嬉しい気がする。
しんみりそんなことを考えていたら、前方からクスクスと笑い声がする。
「ごめん、今のも冗談。やっぱ、ときちゃんといると面白がっちゃうんだよね」
そもそも常盤が小説を書かされるハメになったのは、夏休み明けの時期にさかのぼる。
「いいかげん、ときちゃんの好きな人おしえてよ」
しきりに小宮にそんな質問をされるようになってしまった。大学生にもなって今さらとも思うのだが、小宮はこの質問をすると常盤がドギマギすることに気づいたのだった。いたずら好きの小宮に、格好のエサを与えてしまったようなものだ。ビミョーな距離感だった近藤と小宮の仲が修復したのも、ブレーキがなくなった原因だろう。
常盤はいつも質問をはぐらかしていたのだが、そんなことが重なると、負うべきでもないはずの心の負い目をどこかに感じるようになる。考えてみればおかしい。小宮に借りをつくってるわけでもないのに。だがとにかくそんな雰囲気になってしまっていた。
そんな折に小宮から、知り合いのいるという文芸サークルを一緒に手伝ってほしいとお願いされた。学園祭のときに同人誌を配るという。
それくらいなら、と軽くOKしたのが失敗だった。危うくコスプレをさせられるところだった。同人誌を頒布するときに、コスプレして配るのだかという話で、常盤もその売り子をやらされそうになった。しかも同人誌の内容とは全く関係ないコスプレ。マンガやアニメではなく文芸作品を載せた同人誌なのにコスプレをするというのは、宣伝目的というよりは趣味目的のようだった。
とにかく常盤はコスプレは勘弁してくれと頼んだのだが、そのかわり交換条件をつきつけられた。コスプレをしないなら、なにか別のことで一肌脱いでくれと。断りにくいのを見越したうえで頼んでくる。それで、文芸サークルとやらの冊子に小説を寄稿することになったのだった。
高校では文芸部には入らなかったから、小説を書くのは中学以来になる。そういうことだから、完全オリジナル作品は諦めて今回のような作品に仕上がったのだった。
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