9-5 ダノメ村

 再び場面は『蒐脳の匣』内に戻る。大勢の知り合いに見られているとは知らない5人は様々に動いていた。

 先に述べたように里見は瑛梨か蒼羽子と合流を目指し、櫻子は村の出入口を目標にして村内の道を把握しようとしていた。

 残り3人はというと、最初の地点から移動した者が1人、動いていない者が2人。

 前者は蒼羽子だ。蒼羽子は転送されたのが偶然にも火の見櫓の前であった。蒼羽子の家の近くにもある。そっちは鉄骨造だが、こちらは木造だ。これは幸運ラッキーじゃないかしら、と思いながらキイキイ鳴る老朽化した火の見櫓を登る。スカートだったら梯子を登るのを躊躇したが、幅広の運動用ズボンに着替えているので大丈夫。

 助言をくれた藤崎には終わったらお礼を言わないと、と蒼羽子は心に書き留めておく。瑛梨も同じように、上は冬の制服・下は運動着という格好をしていたのは、誰かから助言があったからなのだろう。

 さて、上から村全体と周りの鬱蒼と茂った山林を観察する。分厚い雲が被さる空でもなんとなく時間が把握出来た。おそらく午後1時から3時のあいだ。一般的に異形の活動時間から外れている、と言われる時間帯。多目的教室にいたとき午後4時くらいだったのに、遡っていることに変な感じを覚える蒼羽子だった。

 とにかく、火の見櫓から見渡せる限り異形の姿や住処は見つからない。ただ、異形の痕跡は見つけた。


「あれって…、自然に朽ちたわけじゃなさそうね…」


 蒼羽子は気になった光景を確かめるべく火の見櫓を降りた。下まで着き櫓を後にしようとした、そのとき。

 ガシャンッ!! と、ゴッッ!! が重なったようなやかましい音が櫓の中、上の方で響いた。かなり大きな音で蒼羽子は反射的にギュッと身を縮こまらせる。

 長い間放置されていたところに、人が入ってきたせいで微妙な刺激が加わったのかもしれない。今のはちぎれそうな縄でぶら下がっていた火災発生時に鳴らす半鐘と槌が落下した音だった。

 余韻が収まるまで硬直したまま待つと、全力疾走した後のような心臓をなだめながら、蒼羽子は悪態をつく。


「悪趣味ですこと!」


 ※※※※


 それでは、移動していない瑛梨と春菜は何をしているのか、の説明に移ろう。

 まず瑛梨の状況を説明すると、コノヤロウを連呼していた先輩が言っていた「足りない物は現地調達」の言葉に従い1番近くの家屋を物色していた。しかし、普通の百姓の家といった風の家屋には武器になりそうなものがなかなか見つからない。

 くわかまなど、錆だらけの農作業の道具は見つけたのだが。ちょっとぶつけたら砕けそうなボロボロ具合。でも仕方がないのでこの中から何か持っていくか、と決める。

 予備調査なしの危険地帯なので合流を優先すべきかと思ったが、感知能力系は里見の方がいいのでむこうに見つけてもらおう、と瑛梨は里見に任せた。

 瑛梨と、あと誰ぞに助言をもらえたのか蒼羽子は多少備えることができたが、里見は手ぶらだった。手ぶらは春菜と櫻子も同じだったがそっちは知らん。


「里見、袴姿だったな…」


 個人的に和服と洋服だったら里見は洋服の方が圧倒的に似合うと思うのだが、その法則に反して袴姿は凄く似合うのだ。和服が似合わないというか、薄い格好をすると細さが露になるというか。多分何枚か重ねればいいのだ。露出を抑えた方が眉目秀麗な… …。

 つらつら考えながら錆が浮いた戸を力を入れてて動かすと、バキバキッと蝶番から壊れた。が、瑛梨は大して気にしない。それより、やっぱりちゃんとした武器があった方が安心する。刀とか。


「あっちにあった大きめの家なら、日本刀の1本や2本あるかな。… …おや?」


 瑛梨が簡素な棚の奥から見つけたのは黄色く変色した薄い冊子だった。黄色く変色しているということは和紙じゃなくて洋紙だ。「なつやすみのとも」と表紙に記されている。察するに、この家には尋常小学校に通っていた子どもがいたらしい。


「西牟田先生が用意した謎解き用の手掛かり?」


 正解。

 中身は夏休み中の過ごし方を述べたページ、宿題の一覧ページ、毎日の天気と一日一行日記を書き込むページなど。「2がっきにもってくること」と書かれているがほぼまっしろで、これをそのまま提出したら先生に怒られるに違いなかった。こういうのを盗み見てワクワクするの、不可抗力だと思う。

 他に手掛かりになりそうなのは、「ダノメむら 小学校」「〜山 〜太ろう」の部分か。


「ダ、ノ、メ、村か…」


「ダ」は「タ」が濁ったとも考えられるか。田、大、多… …。この場で考えてわかることではなさそうなので、瑛梨は元は農具の柄だったと思われる木の棒を持って家屋を後にした。


 ※※※※


 続いて、春菜の様子はというと… …。最初の地点から3m以内でまごまごしていた。

 春菜だけ最初の地点が屋内であった。そこはがらんとしたお堂だった。広さはだいたい3m四方。明かり取りが付けられていて扉が閉まっていても中の様子がわかる。入り口から見て正面の今は何も無い、神様か仏様を安置するのだろう場所が一段高くなっている。村の中から外れた位置にあるのに、しっかりしたつくりをしていて、ここが特別な用途のものだと推測できる。


「あ! ここって地域伝承学で調べたような、ハレの日用のお堂なのかも」


 春菜の班が調べた中に、めでたいと決められた日に人が集まって祝詞をあげたり、供物を捧げたり、終わると参列者に握り飯を振る舞ったりする、地域の小規模なハレの日の行事についてあった。班員の内の1人が、昔住んでいたところでそういう行事があったのだと言っていた。あの人の名前って… …。


「うーん、思い出せないわ。ううん、それより勉強したことが役に立ってるわ。私も成長してるんだ」


 でも、これからどうしようかしら。どうすればいいの。


さくちゃん… …。見つけてくれないかな… …」


 春菜も自分が多目的教室とは違うところに移動したと気がついたとき、最初は外に出て行動しようとした。しかし、両開きの扉を開けた先は、中と空気が全く違っていた。

 山林は住民の暮らしていた村の中より暗く、人の不安感をかき立てる、落ち着かない雰囲気に包まれていた。神経の弱い人ならなんらかの体調不良を覚えるレベルの瘴気も発生していた。

 その、胸に重くのしかかるような空気が中に入ってこないよう、春菜は急いで扉を閉めた。扉と反対側に移動して膝を抱えて座る。

 小さくなって、ため息をつく。入学して以降、学長先生の頼みで、学校や帝都の街を調べたりした。異形の影響によって起きたちょっとした騒動に出くわす場面もあった。そのときは常に仲間と呼べる人たちがそばにいて、危なげないと心の片隅で思えていた。それどころか、どこか抑えきれない高揚を覚えている自分がいた。

 でも、今臨んでいるこれは違う。全然ワクワクもウキウキもしない。


「櫻ちゃん… …、藍蘭先輩… …。父様、母様… …」


 ひとりで行動する勇気が出ず、頼れる人の名を呟く。


「… …--」


 最後に小さな口から零れた名は、はっきりとした音になることなく葉擦れの音にかき消されていった。


 ※※※※


 さて、櫻子に共闘の誘いを断られ、おまけに『偽形の術』も強制的に破られた里見は術をかけ直していた。幸運なことに今度は『魂の結びつき』の方も反応した。どっちに行こうか迷う。

 止まって瑛梨の気配とリボンの蝶の様子を見てみる。


「もしかして、両方とも同じ場所にいる?」


 予想は的中。程なくして里見、瑛梨、蒼羽子の3人は合流を果たす。

 合流できた3人は、これまでに気づいたことを報告しあうため、ひとまずどこかへ入ることで意見が一致。その際里見と蒼羽子で、この建物ならいい、と他より屋根が広い一軒を指した。おそらく庄屋か。ここも経年劣化を感じさせるががマシである。それは言い換えると、壊れた窓や縁側から入れないという意味でもある。

 なお門をくぐるとき、ぶら下がっている飾りに触れないように注意して、と蒼羽子に指示される。色あせている飾りは細く切った竹を編み込んでできており玉の形をしている。よく見ると非常に規則正しく編まれている。これは籠目文様か。

 三角形が上下に重ねた籠目は邪を払う力がある魔除けの文様だ。


「いち、にの、さん!!」


 ゴッ、ガタンッ!

 里見と瑛梨で勝手口の戸を蹴破る。


「息ぴったりだこと」

「ふふん、まあね」

「ごめんなさい。ごめんください」


 里見が一応謝罪しながら中に入る。中はしん、としていて動く物の気配はない。

 勝手口は案の定、台所につながっていた。鍋やまな板など出しっぱなしの調理器具はあるが、食料品は野菜も味噌も米も何もない。

 どういう設定でこうなっているんだろう、と里見は気にかかる。住民がいなくなるとき、食料は処分する余裕があった? 持って避難した?

 はっきり言って、そこは急いで作れと言われた西牟田先生の作り込みが甘い部分なので気にするだけ無駄だった。

 瑛梨が収納部分を調べても、全て空っぽだと知ってがっかりしている。立派に現地調達の精神が働いていた。開始当初から瑛梨には遠慮のえの字もない。墓やお地蔵さんなど大勢に大事にされていたものを荒らしてるのではなく元民家だし、既に異形によって荒らされている廃村だし、という考えである。

 とりあえず誰からいく? となり、最初は瑛梨から口火を切った。


「私は異形が通った跡らしきものを発見した」


 私もよ、と蒼羽子が小さく手を挙げる。里見はそれらしきものは見ていない。

 里見がどんな様子だったのかたずねると、大きな物が全速力でぶつかったような薙ぎ倒したような形跡だった、と女子2人は言う。この集落の民家のほとんどが平屋だ。その壁がぶち抜かれていたり、柱がへし折られていたり。


「それってやろうと思えば人間でもできそうだけど?」

「いや、一撃でそうなったように見える跡もあったんだ」

「まさか『実は異形の仕業ではなくて、自動車で暴走してあちこちにぶつかりまくりました』というオチではないでしょう」

「言い換えれば、自動車で破壊して回ったような跡に見えなくもないんだね」


 ちなみにこの時代の日本には、自動車は既に存在している。ガソリン自動車が発明されたのは1886年、明治の時代。1890年代になると乗り心地や操作性の改良が進められる。欧州で開発された自動車は新大陸で需要が爆発する。馬車じゃカバーできないくらい広い国土持つ亜米利加あめりかで需要が高まったのだ。

 里見は輸入品の自動車を見たことがある。特に大事な品物で、慎重すぎるくらい慎重に扱われていた。買い手は日本人ではなく、北海道の開拓に関わっている在留外国人だと聞いた。日本の金持ちレベルじゃ手が出せない、と。

 今の日本国内の移動手段は乗合馬車、乗合バス、路面電車、鉄道、船である。個人の移動手段となると自転車と徒歩、あと馬? 人力車?

 さて、瑛梨の次は里見の順番になった。里見は櫻子と会ったことを伝える。そのときの櫻子とのやり取りを2人に説明した。

 やり取りの内容には特に触れることはなかったが、これで各々の最初の地点がだいたい推測できる、と村の俯瞰風景を見た蒼羽子が言う。

 そういえば、と里見は借りっぱなしだったリボンを蒼羽子に返そうとする。


「あら、破れかけてますわ…」

「山本さんに叩かれたときに…。ごめん、弁償する」


 手を合わせて謝る里見。破損させたのは櫻子だと言うし、里見に対して怒ったりはしていない蒼羽子。でもせっかく自分に有利な展開なので、ちょっともったいぶってみる。


「そうねえ、今度月達百貨店を見て回りたいと思っていたの。付き合ってくださいな」


 ゆっくり、には暗に何時間も女の買い物に付き合ってくださいな、ということだろう。蒼羽子の家なら御用聞きがやって来そうなものだがウィンドウショッピングを楽しみたい、という意味かもしれない。

 にこっと笑みを浮かべる蒼羽子の言わんとするところを理解した里見は、へにょっと眉を下げた顔でわかったと頷く。

 瑛梨、里見に続いて蒼羽子の番。まず蒼羽子は自分の最初の地点が火の見櫓の近くだったおかげで、村の大体の全体図がわかると説明した。


「私が気になったのは、異形が荒らしたと思われる家と傷のない家の2種類があったことですわ。それでよく見てみましたら、異形が荒らした家には、共通して門のところにあった飾りがの」

「なかったことが共通点なのかい?」


 ええそうよ、と蒼羽子が肯定する。


「飾りがある家には異形が侵入した様子がなくて、ない家には異形が入れる。… …そう推測を立たてみたのだけれど、何軒か飾りがないのに荒れてない家があったのよねぇ…」


 隣同士に建つどちらも飾りのない家が、片方は壁をぶち抜かれ家具もひっくり返されているのに、もう片方は無事という例があったらしい。


「異形の行動の法則性パターンについては自分も考えてみた。多分水路が関係してるんじゃないかな?」


 この村は水路が細かく張り巡らされている。ここに来た最初は上下水道が完備されていない村とか、生活廃水を直接自然の中に捨てていた生活レベルの村を再現したのかと思ったが、それにしては水路に関して隙がないように感じたのだ。特に手を掛けているところ、という印象がある。

 里見の推測では、水路は異形を侵入させない、あるいは異形から存在を見えなくさせる結界だったんじゃないか、というものだ。


「2つの説、どちらかが不正解なのか。両方正解なのか…」

「蒼羽子も里見も不正解、じゃなかったら問題ないさ。今大事なのはこの場所の安全性なんだから」


 私は君たちを信じる、と言った瑛梨に対して蒼羽子と里見、2人してキャッと予定調和的リアクションを取る。瑛梨がカッコイイことを言うのはいつものこと。

 閑話休題。

 村人たちが異形に対する備えをしていたことはわかった。瑛梨と蒼羽子が見てきた痕跡から、物理的な破壊力を持った異形だということも。呪いを振りまく系の可能性は低そうだ。西牟田先生は「とある廃村を荒らし回って凶暴になってる異形」「異形は20年くらい廃村を縄張りにしてて、村に近づいた人間を拐って喰う」と言っていた。やっぱり呪い系じゃなさそう。

 しかし、まだまだ情報が足りない。


「この村のことがわかれば異形のこともわかってくるかもしれない。探すとしたら、日記や手紙かな。あ、古い新聞記事なんかでもいいかも。それと、…念の為見回りもしておく?」


 瑛梨がスっと立ち上がり見回りに出た。


「じゃあ、俺はこっちを探すね」

「… …。私は二階に行ってみますわ」


 別れた里見は奥へ奥へ進む。怖くはないかと言われると、怖さはない。薄暗いのは『暗視の術』をかけているので問題ない。魔除けの飾りと水路の結界が機能している証拠か、瘴気や異形に近づいたときの恐怖心もわいてこない。前世の頃からホラー映画やお化け屋敷で怖がる性格じゃなかった。

 ちなみに、『暗視の術』とは目にかける術で、僅かな光を何倍にもする効果がある。なお、暗い場所から出るときに術をかけたままだと光に目が焼かれるので注意が必要。

 数部屋目で、これまでより物が多い部屋にあたった。書斎として使われていた部屋のようだ。汚れで曇った窓の前に文机、壁側には本棚が置かれている。床には平積みされた書籍も。


「なにか手掛かりがあればいいんだけど…」


『暗視の術』の効果を上げて、タイトルの文字を読めるくらい目に明るさを増幅する。

 タイトルを見ると農業林業に関する書籍が多い。ダノメ村の主幹産業だったようだ。森を切り開いてゆく内に、異形の縄張りに入ってしまったとか?


「ん、箱?」


 平積みされた本をよけると、奥に箱を2つ見つけた。紐で封をされている。1つは長方形で、もう1つは真四角。材質は桐か。

 もしやと思い長方形の箱紐を解くと、中に入っていたのは日本刀だった。大きさ的に脇差か。瑛梨に渡そう、と決める。

 真四角な箱の方は手紙が保管されていた。10通ほどあり、宛名と送り主は全部同じ。内容は、と目を通した里見だったが読めなかった。正しくは達筆すぎて読めない。これは蒼羽子に頼もう、と決める。

 里見は改めて本棚を見返し、他には一般的な出版物しかないことを確認する。と、紙が挟まれている本に気づく。端のところが三角形に飛び出ていた。これもどうやら手紙である。筆跡鑑定ができるわけではない里見だが、印象的に筆跡が箱に入っていた手紙のものではないように思う。

 里見は本を元に戻すと、本棚の手紙、手紙の箱、刀が入った箱を持って書斎を出る。

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