9-4 ×××村

「えー、先ずは自己紹介からしようと思います。西牟田にしむた すすむ、39歳、子どもは3人と奥さんの5人家族です。

 えーと、空間操作系が得意です。普段はより発展的な結界術の授業を受け持ってますねー。今日は一年坊主たちの実力を試せるような『蒐脳しゅうのうはこ』をつくれって急に言われて、超急いで用意しました」


 もじゃもじゃした頭、どこかぼおっとした目つき。夜道で見かけたら10人中6、7人が不審者だと思いそうな、胡散臭さを醸し出している男性教師だ。こういう男性をドのつくほど嫌っている春菜なんかは、あからさまに引いている。「早く帰りたいなー」と、面倒くさく思ってることを里見たちに隠す気もなく呟く。


「これから君たちにはこの中に入って擬似的な異形退治をしてもらいます」


 横一列に並んだ5人は突然の宣言に本当に驚いた者と、ギリギリ間に合った事前情報のおかげで心配な顔をするだけですんだ者に別れた。

 ちなみに里見の場合、『花燈』にこんなイベントってあったっけ? という、戸惑いも加わっていた。最近ご無沙汰だった乙女ゲーム『花燈』との比較を思い出す。

 言い訳させてほしい。自分が転生者だと気づいてから、ここが既知の乙女ゲームの世界だと気づくまで8年かかったのだ。意識しないとそのことを忘れてしまうくらい、異形とか術師とか、あと歴史上の明らかな齟齬とかあっても、里見はこの世界を現実として受け止めている。晶燁筆頭に、皇族周辺の違いとか。もしかしたら危機感に欠けてた? 学生生活を満喫し過ぎてた? と里見が省みている間に説明は続く。


「擬似的ってどういうこと? って思った人もいると思います。まあ、超現実感のある夢の中で動き回るようなものだと思ってくれたら、だいたい合ってます。匣のから出てきたら怪我とか、食事したとか、この中で起きた肉体的な変化はなかったことになります。頭では覚えてるからヘンナカンジするかも。

 で、とある廃村を荒らし回って凶暴になってる異形が、君たちを待ち受けています。この異形を倒すか、死ぬ、若しくは死にかけたら外に出てこれます。先生としては、退治に成功して出てきてほしいです。頑張ってね。

 あと言ってないことあったっけ。あっ、質問あるか聞くんだった。ある人いる?」


 蒼羽子が手を挙げる。どうぞー、各務原蒼羽子さん、と促される。


「私たちが選ばれた理由を知りたいです」

「… …理由かぁ。これ言ってもいいヤツだっけ? ん〜〜」


 腕を組み、斜め上を見上げなから西牟田先生が考える。焦らしているみたいで、どこかわざとらしい。西牟田先生は提灯鮟鱇チョウチンアンコウみたいな雰囲気を醸し出していて、黒々とした目をして語り始めた。


「君たちさぁー、今日の食堂で一触即発だったじゃん。あれ見て不味いね、ってなって。前から一年生の先生方の間じゃ有名らしいけど、最近騒ぎが助長エスカレートしてきて他の学年にまで迷惑かけてきてない? って意見が出たわけよ。

 あ、女子寮での騒動トラブルは除いてね。先生たち、寮のことは寮長と寮母さんの方が偉いから。

 それでさー、ここらで罰則…じゃないけど、お灸を据える的なことが決まりました」


 ペナルティだったらしい。昼休みのあれで悪目立ちしてしまったのか。里見はあちゃー、と顔を覆いたくなった。


「ちなみに、異形は20年くらい廃村を縄張りにしてて、村に近づいた人間を拐って喰う、というテイのものを用意してます。年代は浅いけど、動物で言うとヒグマより危険です」

「準備! 準備させて下さい!」

「手ぶらで挑んでいい試練じゃないわ!?」


 生徒たちの質問に構わず開けられたトランクの中は、本来あるはずの内張りの布地が見えず、真っ黒い闇がわだかまっていた。なんなら、とろりとこぼれ出そうになっているような。妙な圧がある。

 こういうとき、最もきゃあきゃあ言いそうな櫻子も声が出せない。誰もその場を動けない。

 暗転。


「それじゃ、いってらっしゃい〜」


 西牟田先生がヒラヒラと手を振って緊張感の欠けた見送りをした。


 ※※※※


 階段1段分ジャンプしたくらいの浮遊感に続いて、乾いた地面の感触がした。よろめきそうになり、里見は咄嗟に手を伸ばし土壁に手をつく。危うく淀んだ水路に足を突っ込むところだった。


「うわぁ…」


 里見は辺りを見回す。分厚い雲と無造作に生い茂った草木つくり出す影のせいで薄暗い。廃村、と言っていた通りの風景だ。

 ボロボロになり傾いた土壁や門。道路を補修する者がいなくなったから、あちこちにできたでこぼこに、水溜まりやら塵芥の吹き溜まりやら。鳥の鳴き声や動物の立てる音らしきものが聞こえるが、とても遠い。

 ただ、陰気臭い雰囲気というだけで瘴気は感じない。いきなり異形が襲いかかってくる、という意地悪はないらしい。

 とりあえずは… …。


「合流しないと」


 そうと決めたら、いつも首から下げている黒の勾玉を両手で包む。合わせた両手を胸の前あたりに持ってくるポーズは、祈る姿勢に似ている。静かに、渦巻きを描くように霊力の波長を拡大してゆく。『魂の結びつき』で繋がった相手を求める原理を利用して瑛梨を探す。が、なかなか見つからない。

 夏季休暇中に試したときは、若松家邸の端から端まで離れていても1分かからないくらいで見つけたのに。それより遠い位置に転送(という言い方で合っているのか?)されたのか、と結論付けて中断する。

 里見は勾玉を首から外し、一旦弓道着の上着の隠し(不便なので自分で縫い付けたポケット)に仕舞う。これでいつもより「抑えつけ」は緩んで、瑛梨の気配を感じ取り易くなったはず。自分の方が感知能力は上だから、瑛梨は探索作業は里見に任せようと考えるだろうに、と里見は上手くいかなかった申し訳なさを抱く。

 それならば次は蒼羽子を探そう、と同じく隠しポケットから紺色のリボンを取り出す。蒼羽子から預かったリボンである。

 輪っかを2つつくって、クルッと交差させると片面の蝶々結びのできあがり。

 息と気を取り入れ霊力の稼働状態を上げていく。手のひらに広げて乗せた蝶々結びに向かって、追い風を吹かすようにそっと息を吐く。すると蝶に見たてられたリボンが、ヒラヒラと本物の蝶のように羽ばたきながら飛んでゆく。


「『偽形の術』。さ、持ち主のところへ戻れる?」


 入学して半年以上、これくらいの術なら簡単に行えるようになった。これでリボンの蝶が蒼羽子のところへ案内してくれる。里見は周囲を警戒しながら後を追う。

 村の様子を観察しながら里見は進む。最初の地点からそれほど離れていない場所。角を曲がったことで一瞬見えなくなったとき、ブンッ、という風音が耳に入った。リボンに掛けた術が途切れたのを感じ、里見は角を曲がる前に足を止める。敵か、と思って、しまった武器になりそうな物を探しておけばよかった、という失念に気づく。

 幸いなことに現れたのは異形ではなく、土塀の角を曲がって姿を見せたのは山本櫻子だった。


「わ! 水嶋里見?」


 里見と櫻子、意外と近い位置に転送されていたようだ。ネタバレしてしまうと、最初に降り立つ転送地点はなるべくバラけるようにされている。櫻子は自分の住んでいた村を参考に、村の出入口がありそうな方向を目指して進んだ。里見は村の中心方向へ向かっていたので、ざっくり言うと櫻子の最初の地点を越えた先あたりに蒼羽子の最初の地点がある。

 そうだ、と里見は櫻子に一つ提案を持ち出した。本音を言えば不本意だが。


「相容れないのはお互い様、ただ今だけ協力するというのはどう?」

「協力?」

「西牟田先生は、異形を倒した方が勝ち、とは言ってなかった。誰がどういう方法で退治してもいいんじゃないかな」


 一応言ってみるだけ言ってみる、というつもりで里見は共闘の提案を持ちかけた。今日一日の衝突を忘れたかのような変な言い分だということは、里見もわかっている。

 なぜそんな行動に出たかというと、情け心からだった。この2組が普通に同じ課題に挑んだら、どちらに軍配が上がるかは明らかだ。それくらい実力差があると里見は思っている。

 里見には一つ引っかかっていることがあった。始めの説明で西牟田先生が「お灸を据える」と言っていたではないか。本気でトラブルメーカーたちの心をボキボキに折ってやろうと考えている可能性と、まさか教師がまだまだ子どもな一年生たちにそんな大人気ないことをしたりしないだろうという可能性、両方の考えが里見の中で思い浮かんでいた。

 前者だった場合、一緒にいる限り精神的強度が増す里見と瑛梨が「怖い」と泣くレベルのものがお出しされて、果たして残りの3人は耐えられるのか。泣く漏らす吐く、の多重事故を起こさなきゃいいけど。

 里見この推測は、いわゆる「知らなかった方が幸せ」というやつである。いやもう、里見の思考が既に怖い。


「自信満々かつ上から目線ね、ムカつくわ〜。アレみたい。最近の流行小説に出てくる『できるやつぶってたけど実は大したことなくて、見下してた主人公の噛ませ犬になる登場人物』。あ、『主人公を不当に過小評価してて、正しい実力がわかった後、縋ったけど追い返される』っていうのも当てはまるわね!」

「皆そういうの好きだよね…。今も昔も」


 そして未来でも。

 あれは創作の中だから上手くいくのだ、と言い返す気が失せた里見。

 この時点で、里見はここは『花燈』の世界だということを甘く見ていたところがあったし、創作物に付き物の「主人公補正」「ご都合主義」という効果を知らなかった。言葉は知っていても、それがどれ程のものかわかっていなかった。

 この世界では春菜ヒロインにスポットライトが当たるように動くがある。


「まあ、私たちが勝ってアンタの腹黒い本性を暴露してやるんだから。首洗って待ってなさい」

「だからやめてってば」


 第一、本人さえなんのことか当たりがつかない秘密って何。抱えている秘密はあるにはあるので、まさか前世の記憶のこと? と、里見は疑う。しかし、「アイツは前世の記憶があって、この世界はその前世にあった創作物そっくりなのよ!」と主張したら、頭がおかしくなったと思われるだけだ。

 櫻子は背を向けて里見の方を見もせずに、ヒラヒラと手を振って別れを告げる。


 ※※※※


「かあああ゛ぁ゛ぁ゛〜〜〜〜!! 格好つけてんじゃないわよ!!」

「余裕ぶっとる態度やねぇ!!」


 最前列に陣取った吾妻と坂本が吼える。

 最初は違う場所の光景が観れる、という初めての体験に不思議そうにしていた一年生たちだったが、数分で慣れた。順応性が高い。活動写真の凄い版か、とざっくり納得している。

 トランクケースの側面についていた筒の蓋を取ると光が伸びて、黒板の前に立てられた白い板に中の様子が映し出される。活動写真より凄い所は、複数の地点の様子を映し出せるところ、画質は悪いが白黒の活動写真より色が判別できるところか。

 この術、実は術師の力量によって音声付き大スクリーン4Kテレビレベルの高画質も可能だが、あれもこれもとハイレベルにしすぎると術師の霊力が数秒で尽きる。あるいは媒介(今回はトランクケース)が耐えきれず壊れるなどなど。そのため、トランクを映写機のように置いた机の横に座る西牟田先生の方で機能のオンオフをいじっている。

 このように人が集まっていることを、5人は知らない。

 最初に多目的教室にやってきたのは花井であった。「失礼します。こちらに一年い組の若松さんがいると聞いたのですけど… …」と、言いながら室内を見回し、西牟田先生以外いないのでどうしたのかたずねる。今何をしているのか説明したとき、花井の目がキラッと光った気がしたのはきっと気のせいだと思いたい西牟田だった。

 それからは展開が早かった。凄いですね! 私も友人の奮闘を見守りたいのですが、あ、他の友人たちにも知らせていいですか? じゃないと抜け駆けしたって言われてしまうので、うんぬんかんぬん。早口で押し切った花井を止めることに失敗した結果、続々と多目的教室に人が集まってきた。当の花井は吾妻の横に座って熱心にスクリーンを見ている。

 若者のこういう予測不可能制御不能なところついてけない、と心の中で毒づく西牟田先生。

 さて、話を聞きつけて多目的教室にきた人々には偏りが生まれていた。右側が瑛梨・里見・蒼羽子を応援する友人たちが集まった席。左側が春菜・櫻子の三百子姉妹を応援する者たち。多目的教室の後ろ半分にはどちら側でもない、ただの観戦希望の者が。

 分布には偏りがある。一番多いのは後方のただの観戦希望者たち、次は里見たちの応援をしている者たち、一番少ないのが三百子姉妹の応援であった。

 右側に座っているのは里見と瑛梨の同室者、蒼羽子の取り巻き2人、剣道部の部員たちが主で、左側には藍蘭、歴史探究部の女子の先輩方、あと蒼羽子アンチの生徒。


「君たちいつもと違って、口が悪くなってないか? おっさんみたいだぞ」


 蒼羽子アンチの一人、ガリ勉秀才として知られている本科一年い組の男子生徒が、思わずといった調子で坂本たちに問いかける。


「いつも、というか水嶋の前では大人しゅうしとるな。なんや、あいつの周りって、人を一段か二段くらい穏やかな性格に変える空気みたいなんがあんねん」

「普段の瑛梨を知ってるでしょ? あんな風に心地よく丁重に扱ってくれるからこっちも淑女らしくしなきゃって、気持ちが切り替わるのよ」


 本人たちは知らぬ効果であった。

 なんにせよ、試練は始まったばかりで観戦者たちの盛り上がりもまだまだこれからだった。

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