9-3 お断りします
瑛梨さんを自由にして、とは? 春菜は、里見と瑛梨を引き離そうとしているのか。俺/私たちが一緒にいるのを邪魔しようとしている。なんの権利があって? 親でも家族でも教師でも、ましてや友人ですらない立場で?
癪にさわる、迷惑、煙たいーーカチンときた。
「「断る」」
あ、声の出し方間違えた。
瞬間的に瑛梨と魂の波長がピッタリ一致したことで起きた現象。
近くで聞いた吾妻たちが一番驚いている。彼女らには里見と瑛梨の声が混ざって聞こえて聞こえてきた。いや、それじゃ正しくない。里見の口から出た声は確かに里見の声だったのに、まるで瑛梨が喋ったのかと思ったのだ。その逆も、瑛梨の口なのに里見かと。
加えて、言葉に微量の霊力があったので、話の内容は聞こえずともその苛立ちが込められた霊力に反応した先輩たちが動いた。いつでも仲裁に入れるように腰を浮かす。
「水嶋ちゃん、落ち着いて」
くいくい、っと隣に座った鷹川が里見の学ランの袖を引っ張る。向かい側を見ると瑛梨が両肩を花井と坂本に掴まれていた。
「オホン。えー、さっきから聞いてれば、ツッコミどころ満載で何から言えばいいやら。とりあえず…、アンタたちどっちに喧嘩売りたいの? 蒼羽子さん? 水嶋君? で、今更瑛梨に擦り寄ってくるって、裏切りを誘う工作か何かのつもり?」
ドンッと腰に手を当て、吾妻が立ち塞がる。吾妻の心情は、様子が変わった友人の盾になるつもり半分、傍から聞いていて春菜の言い分にイライラしてきたのが半分だ。反論しながらグイグイ顔を近づけてきて圧をかける。吾妻より背の低い春菜と櫻子は、上から威圧を受け若干竦んでいた。
吾妻が代わりに相手をしてくれている間に、心を落ち着かせようと試みる。袖を摘んだままの鷹川に、離して、とお願いする。
「本当に大丈夫〜?」
「カッとなって、感情の乱れに霊力がつられたんだと思う。もう落ち着いた」
緊張や興奮の強さをコントロールする、メンタルトレーニングを思い出す。手っ取り早く、お腹が膨らむように鼻から息を吸い、吐くときは口からお腹をへこますように息を吐く呼吸法でリラックスする。前世で何度も何度も大会前に行った呼吸法だ。
瑛梨の様子を見ると、あちらはまだ平常心を取り戻していないみたいだった。酸素を吸って二酸化炭素を出すのと同じく、自然と身から出ていく霊力が陽炎のように揺らいでいるのが感じ取れた。
あ、花井が瑛梨を胸元に押し付ける勢いで抱きしめた。そのまま背中をさすって落ち着かせ始めた。里見は瑛梨のことは花井に任せ、吾妻に場所を交代してくれるよう頼む。
言いたい放題の2人に反論開始だ。
春菜と櫻子が精一杯キッと眉を吊り上げて威勢のいい雰囲気をつくりだそうとしているが、第三者から見て全然恐くない。里見の静かで冷たい無表情の方がよっぽど恐い。
「改めて回答します。俺と瑛梨は君たちと競ったり、何かを賭けて争ったりしません。おそらく、各務原さんも同じ考えだと思う」
「はあ!? それじゃあ、こっちの予定が狂う…、違う違う!
もうっ、各務原蒼羽子といい、真面目に、勝負、しなさいよ!」
「だから、真面目に考えた結果の返事だよ。
第一、もう参加申し込みの期限は過ぎてるよね? 勝負するって、どうやって? 今から『申し込みは終わってるし、事前説明会も出席してないけど、参加したいです。特別扱いして下さい』って実行委員会に言いに行くの? そのうえ本番まで1ヶ月切ってるんだよ? 授業と課題の合間を縫いながら手芸品製作って、間に合うと思ってる?」
これって相当厚顔無恥じゃないと口にできないことだと思う。
里見の現実的な指摘に、櫻子と春菜は顔を見る見る内に真っ赤にしていく。加えて、なんでそんな偉そうに言ってくるの、とでも言いた気な雰囲気だ。
何を言うか、里見の言うことが事実なのだ。普通の参加予定の
春菜たちの要求を通した場合、より大変なのは実行委員会の方だろう。当日の出店配置を考え直す、出店が一覧で載っている案内チラシの修正、予算の再分配はもうできない、作業場所も連日満杯。そこに「今から参加申し込みします」と言いにくる一年生。
殺気を向けられるだけで済めばいいが。
「頑張ってる実行委員会の人たちに余計な迷惑をかけたくはないし、ちゃんと規則守って準備してきた人たちからしたら、2人が言ってることってとても腹が立つ内容だと思う。だから、なんのことだかさっぱりわからない『秘密』ってやつを賭けた勝負は、お受けしません」
「うぅ〜〜っ! じゃあ、あんたの事バラすわよ! それでもいいの!?」
「いいよ。晒されて困るような秘密なんてないから」
「ちょっ、ちょっと待って櫻ちゃん! 私は正々堂々と…」
「本当に心当たりなんだけど… …」
「水嶋君がここまで言い切るということは、お二人の掴んだ秘密とやらも怪しいものですね。… …もしかして、何歳まで親に厠に付いてきてもらってたとか、実は幼い頃女の子の格好してたとか、そういう幼少期のちょっと恥ずかしい秘密という類いだったりします?」
「そんなんでここまで強気に出られるとか、アホちゃうか」
「え、え?? そんなんじゃないわ。ちゃんとした『秘密』だもん!」
春菜がの目からじわじわと涙が溢れてきた。また泣くのか。里見は夏季休暇中に偶然、春菜と藍蘭に出くわした日のことを思い出していた。
「瑛梨はなんのことだと思う?」
「… …里見は我が家の関連会社に出入りすることがあるから、そういう所で得た情報のこと、だろうか? 逆になんで上野さんたちがそのことを知ってるの、って話になるんだけど? 他社から機密情報を盗んでくるよう言われた
「ち、違うもん…、ちがうのに。話を、逸らさないで…」
とうとう顔を覆って泣き出した春菜。里見は別に心痛むことはない。やり返すと決めたから、泣かれるくらい想定内だ。
見かねたとある女子生徒が、どーーしても勝負とやらがしたいなら、別のことでするのなら? と助け舟を出す。この人は歴史探求部の1こ上の先輩だ。普段から春菜たち寄りの姿勢でいる。
「でも、先輩… …。あ、それでは、歴史知識を比べる勝負はどうですか? 歴史探究部にちなんで」
「あ、いや、それは…貴方の圧勝になってしまう、ような気が…」
「はい。ガチンコ十本勝負がいいです。特別待遇であちらは武器あり、こちらは素手。2対3で入れ替えあり」
「それも、武器対素手にしたとしても、勝ち目が薄そうな…」
なんだそれ。里見は不満と不信感を隠さず、じっと先輩を見つめる。先輩は気まずくて視線を逸らした。
春菜たちが突きつけてきた芸術祭で競うという勝負より、ずっと公正ではっきり優劣がつく内容だと思うのだが。つまり、まとな勝負で競ったら春菜も櫻子も里見たちに優る部分がない、ということでは? と里見は内心で考える。
「「… …だから断るつってんだろうが」」
再び、瑛梨とシンクロしてしまった。背筋が凍るようなひっくい、脅しの籠った声であった。いけないいけない、と里見が口を隠す。
周りの友人たちは、里見と瑛梨の2人がこれ程柄の悪い言い方をするのを初めて聞いた。里見は怒ると無言になる方だし、瑛梨は礼節を重んじる精神を大事にしているので。怖っわ、と後ろの席の誰かがこぼした言葉に、頷く者たちが何人もいた。
ともあれ、
里見が机に置かれたままのカレー弁当を、忘れずに持って帰ってね、と言って指差す。
涙が止まらないまま、春菜がノロノロと弁当を片付ける。櫻子が「この冷血漢!」と捨て台詞をはいて2人とも食堂を後にした。
「冷血漢ねぇ」
「先に喧嘩売ってきたのは向こうだよ。君の私的な部分を盾に取って言うことを聞け、とね。正当防衛、正当防衛」
「ああいうのは勝ったら正義、負けたら被害者面する人種です。相手の話に乗らない、というのが正解かと」
「とりあえず、早よ食べよか。ろ組は次、武術三種やから着替えな」
疲労感が重くのしかかってきた昼休みだった。瑛梨や蒼羽子はこんなのに日々絡まれて大変だな、と思いながらのろのろと箸を進める。
※※※※
本科一年ろ組の午後の授業は、二限続けて武術三種だった。ほとんどの生徒がくたくた。体力が残っていそうなのは、岩槻と坂本、それと里見くらいだった。
「いたいた。水嶋君。
今から汚れてもいい服で第一多目的室まで来てください」
「はい? あ、この格好で大丈夫ですか?」
「う〜ん、いいでしょう。それと外靴も持ってきた方がいいですね」
弓道着の袴をパタっとさせて里見が大丈夫か確認すると、呼び止めた教師が良し、と言う。
里見このとき、教師があまりに普通の様子だったので、おそらく多目的室の掃除か机運びでもするのだろう、としか考えていなかった。
「若松はまだいるかコノヤロウ!!」
「え、はい! どうかしましたか?」
「よかった間に合ったか。詳しくは言えんから、よく考えて聞け。
いち、運動着に着替えろ。に、隠し持てるだけの
そして、今俺から聞いたことは聞かなかったことにしろ。教師にツッコまれたら、たまたまですって顔しろ。コノヤロウ!」
「はい?」
「待って、各務原蒼羽子ちゃん」
「貴方にちゃん付けされるほど親しかった覚えはありませんわよ」
「おや、それはゴメン。
今から先生の呼び出し? … …危なっかった。いい? 大事な情報を教えてあげるから、大人しく聞いて。まず、… … … …」
ガラガラ、と戸を引いて入った第一多目的室はいつもの様子と違っていた。いつも等間隔に並んでいる机は壁際に片付けられ、教室の真ん中にトランクケースが置かれた机一台だけが出されていた。意味深すぎ、と里見はこれが雑用のために呼ばれたのではないと察する。
里見が到着した後、春菜、櫻子が来た。少し遅れて蒼羽子が。
春菜たちはトランクを興味深そうに色んな角度から眺めたり、コンコンとノックしてみたり。
里見と蒼羽子は入り口横の壁側に並んで待つ。蒼羽子から小声で、藤崎真佑によって教えられたこれから起こることについて伝えられる。小声で、というところに三百子姉妹には教えてあげる気がないのがわかる。
そして、時間内にできる限り、と思っても待機時間は然程用意されていなかった。ガラガラ、という音で瑛梨と馴染みのない男性教師が入ってきたことで、話しは途中止めとなる。
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