9-2 宣戦布告
「ちょっとアンタ! さっきのはどういうことよ! 春菜の印象が悪くなるようにっ。ワザとでしょう!?」
「まぁーた、一々人の言うことに過剰反応して…。私は先生に当てられたから、答えを述べたまででしてよ」
霊術薬学の合同授業後、櫻子が蒼羽子に食ってかかっていた。ざっくり言うと内容は、当てられた春菜が「わかりません」と答えた問いを、次に当てられた蒼羽子が正解したことに難癖をつけている、という光景だ。ただただ見苦しい。蒼羽子のそばに寄ってきていた瑛梨も、眉間に皺を寄せている。
今回の授業は形のよく似た薬草の仕分けを行い、薬草ごとの収穫時期、保存方法、使用方法まで教わった。春菜は「よく似た植物なのに、収穫方法が異なるのなぜだと思う?」という問題を投げかけられて答えられなかったのだ。正直言うと、山路先生は応用問題なので誤答でも許す雰囲気だった。里見の前の席にいた山育ちでそういう分野に自信がある
蒼羽子は、素人の思いつきですが、と前置きして薬草ごとの用途から推測した、一番必要な部位を損なわないようにするため、収穫方法が異なるのではないか、という意見を述べた。この回答は先生の採点では65点と言われた。だが、あの気難しい山路先生から不意打ちの応用問題で65点も貰えたのは十分合格点と言えるんじゃないだろうか。
大方、春菜をしょんぼりさせたので蒼羽子が悪い、という式が展開されたのだろう。酷い難癖だ。モンスターペアレントの先駆けか?
今日は朝から三百子姉妹に振り回されている気がする。
朝食の席で瑛梨から聞いた話。里見は瑛梨のおじい様宛のエアメール(
どうも春菜は早朝の自主練時間に剣道部の道場の前でうろちょろしていたのだという。理由は不明。誰かを探しているのか、親切心から聞きに行った部員もいたが、「ええと…、その…」とはっきりしない返事だったらしい。おそらくその部員が専科二年の岩槻を3倍厳つくしたような男子生徒だったから例の男性恐怖症が発動したのだろう、と瑛梨は言っていた。その後は、待ちくたびれたのか日向でうたた寝。起こしてくれる人はいなかったのか、一限目の授業ギリギリに入ってきたらしい。瑛梨は「同組の因縁の女子じゃん。お前に用があるんじゃないの?」という目が刺さって気まずかった、と愚痴をこぼしながら鮭ご飯を食べていた。
「ふんっ。いいわ、こっちはあんたらの尻尾は掴んでるんだから。最近はのらくら逃げられてばかりだったけど、秘密をバラされたくなければ勝負を受けなさい!!」
「は?」
いつの間にか櫻子が蒼羽子に果たし状を突きつけていた。
「服飾芸術祭で優れた結果を残した方が勝ち! 負けた方は勝った側の命令を何でも一つ聞くこと。いい!?」
「服飾芸術祭? 私は当日に凍乃の手伝いをするけど、製作はしませんわ。だって、直ぐに中間考査があるじゃない。私はそっちを優先しますわ」
何言ってんのこの人、という顔を蒼羽子はする。そうそう、そうやって躱すんだよ。練習したかいがあった。
「なっ… …、そうやって逃げるつもりね!」
「君こそ勉強に集中した方がいいと思うよ。また追試を受けたいなら別だけど」
まだ喰い下がる櫻子に、呆れた目を向けながら瑛梨が追撃する。
そうこうしている内に、次々薬草学の特別教室から人がはけてゆく。蒼羽子も瑛梨も、いつものことだなぁとなんとなく見守っていた者たちも教室から出てゆく。
今日の襲撃はこれで終わりだと思っていた。思っていたのに。
※※※※
「あ、あの! お昼ご飯一緒に食べない?」
「は?」
「お弁当つくったのよ。中庭で一緒に食べましょう?」
「… … … …。いや、学食食べるから」
午後から槍が降るんじゃなかろうか。
春菜が瑛梨を昼食に誘った。櫻子の背後に隠れていることが多い春菜が、直接瑛梨に声をかけてくるとは。
なお、昼食は食堂で学食を食べる方法と早起きして弁当をつくる方法が主流だ。晶燁のような、外部から食事を届ける場合もある。弁当は毎日だったり、曜日を決めてだったり、故郷から荷物が届いたとき昼用に調理したり色々だ。
でも、調理場所は各寮の台所しかない。朝は時間も限られている。なので毎日毎週使うわけじゃない者の場合、前もって弁当づくり常連者か寮長に「明日の朝使いたいんですけど…」と言っておく必要がある。言っておくと、お米炊いていてくれたりする。
規則に記されているルールではないが、困らないようにするためにできた習慣だ。
だから、一学期に春菜と櫻子が配慮のないやり方で女子寮の台所を使いまくっていたとき不満が高まったし、本科一年生全体が連帯責任で評判が下がっていたのである。
瑛梨は里見と吾妻たちと食堂に行くつもりだったので断ろうとする。というか、ここは食堂前だ。
また別の日に誘ってくれ、と瑛梨ははっきり断り列に並ぶ。春菜は言葉に詰まって、追い縋ることはなかった。
どちらの日替わり定食を選ぶか話しながら列を進む。里見と鷹川と花井は栗ご飯と焼き魚の定食、瑛梨と吾妻と坂本は葱と鶏肉の照り焼き丼と
昼食を受け取り、席に着いたところで、また春菜が近づいてきた。里見と女子たちは新たな行動パターンに驚く。こんなに早く立ち直るとは。
春菜はせっかくつくったお弁当が勿体ないから、と言って差し出してくる。瑛梨が受け取るまで粘るつもりなのだろうか。おずおずと両手で控えめに差し出し、上目遣いでこちらを(正しくは瑛梨だけを)見つめる姿は、事情を抜きにして単体で見れば健気で可愛らしい。
はあ、と瑛梨がため息をつく。一人じゃ食べきれないと思うから皆と分けてもいいかい、と言って弁当箱を受け取った。ぱあっと笑顔になる春菜。包みを解いて蓋を開ける。
「… … … …」
「… … … …。これってライスカレーかい?」
「う、うん。洋食の方がお口に合うかと思って…」
ライスカレー。ご想像の通りの、明治初期に登場した日本人の口に合う味にアレンジされたカレーだ。この世界では大正時代風にライスカレーという名称で通っているから、幼い頃の里見が前世の記憶に引っ張られて、つい言い慣れたカレーライスという言い方をすると、ライスカレーでしょと訂正させられた。
春菜は弁当箱に米とカレーを入れていた。ゴムパッキンが付いていない、四角い箱に蓋を被せて風呂敷で包んだだけのものに。未来の密閉容器とは比べるまでもなく、漏れやすい弁当箱に…。いや、未来でもデリバリーとかならプラ容器に乗せるだけの蓋を輪ゴムで留めて、とかあるけど。
うわぁー、という感想と共に里見は前世の記憶を思い出していた。平成の高校生だったとき、ある日お弁当にトンカツを乗せた白米とレトルトのカレーを持ってきていた同級生がおり、食堂の電子レンジで温めてカツカレーを完成させていた。そんなのOKなんだ! と里見は目から鱗、お弁当の固定概念が覆された瞬間だった。電子レンジ、懐かしいなあ。
固まった2人を気にして友人たちが寄ってきて覗き込む。そしてやっぱり驚く。
「よく午前中保ったわねえ!?」
「どこから生まれるんでしょうか。その発想力。カレー粉って、置いてましたっけ?」
「スプーンやなくてお箸付けとる…。どやっても食べるん…?」
「一応聞くけど冷ましてから蓋した〜?」
鷹川が蓋の裏に着いた大量の水滴と、触ってみると僅かに常温より温かい気がするのに気づいて質問する。春菜はキョトン、とする。
「詰めたら、直ぐに蓋をしたんだけど…。冷めちゃ美味しくないと思って」
「瑛梨、これ食べちゃダメ。危ない」
里見の制止の言葉に、瑛梨もコクコク頷く。この時代、ゴムパッキンもなければ保冷剤もない。里見の脳裏に食中毒の文字が踊った。
春菜は里見の発言を聞き、キッと睨みつけてくる。ただし、全く迫力がないので効果がない。マンチカンの威嚇並に怖さがない。
「…っぱり。まち…ない。… …が…かくなんだ」
小声で春菜がブツブツ言っていたが、騒がしい食堂前では誰の耳にも届かない。
「ふう〜。やっと日替わり定食手に入った〜。
早く部室に行きましょ…、って何でここで食事の体勢に!?」
「櫻ちゃん…、水嶋君が、危ないからお弁当食べるなって…。酷いっ!! 各務原さんじゃあるまいし、危険なものなんて入れてなのに!」
事態を悪化させる人物が増えた。定食の乗ったお盆を手に、春菜と瑛梨を迎えに来たつもりの櫻子がきた。
ん? どうして櫻子は定食なんだ? と里見は気になった。カレー弁当は?
その答えは、レシピ通りの分量でしか調理できない春菜が2人分しかつくらなかったため櫻子があぶれた、であった。
そんな疑問より、聞き捨てならない点がいくつもある春菜の台詞に直ぐ反論すべきだった。里見の反応が遅かったのは、普段から関わり合いになりたくない、と考えている深層心理の影響か。
「水嶋君! 服飾芸術祭で私たちと勝負して!
そして、私たちが勝ったら瑛梨さんを自由にしてあげて!」
春菜が覚悟を決めた目で、話についていけてない里見に宣戦布告した。
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