7-5 悪役令嬢と手を取り合う
「… … … …。今の私は何をしても、どこへ行っても、好き勝手言う方々がいます。あなた方まで好奇の目に晒されますわ。手を組んでも、そちら側にとって利点がないわ」
利点かあ、里見は考える。強いて言うなら、『同情したから』になるのだろうな、と里見が理由探しをしている内に、瑛梨が先に動いた。
瑛梨はにいっ、と白い歯を覗かせて笑う。綺羅びやかな王子様らしさはとは違う、シニカルな笑い方だった。
「面白いことを聞くね? 私は生まれてこの方、ジロジロ見られながら生きてきたってのに! 好奇の目なんて慣れっこさ」
言いながら、1本に束ねた長い銀髪の三つ編みをつまんでフリフリ、ぱっと手離す。
瑛梨の母も子どもの頃は髪色がホワイトに見える薄い金色だったが、成長するにつれ色が濃くなり今ではありふれた金髪になったそうだ。瑛梨の髪を見て「私が貴女くらいの歳のときにはもう、根元は暗い色で毛先だけブロンドだったのよ」と話してくれたことがある。父の黒髪の形質が混ざったからだろうか。
瑛梨の銀髪はきっと、欧米人の中でも「少し違う」ものになるのだろう。なにより、身についた習慣・文化が日本のものなのだ。外見以上に中身が別。
東洋と西洋の狭間に生まれ、どちらから見ても「異邦人」の名札が貼られる。たとえ瑛梨がどう思おうと。
瑛梨の皮肉げな物言いに、彼女が自由奔放が許されたただの綺麗な
「… …まあ! 私ったら、なんて間抜けなことを聞いてしまったのかしら。許して下さいね」
そう言うと、差し出された右手を握り、堅い握手を交わした。
※※※※
「3人ともおはよう」
「おはよう。各務原さん、籠池さん、芳根さん」
里見と瑛梨が朗らかに朝の挨拶をすると、蒼羽子たち3人は声を揃えて、おはようございます、と微笑み付きで返事をした。
たったそれだけ。驚くことにそれだけのことが噂になって本科生の間に広まり、続いて専科生へ。「各務原蒼羽子と若松瑛梨が和解した」という噂がささやかれ、本当に? と思った生徒がそうっと様子を伺えば、休み時間に蒼羽子とその友人たちの会話にさらっと加わる瑛梨の姿があったり課題のことで資料を融通しあっているのを目撃したり。
元々櫻子vs蒼羽子vs瑛梨の三竦みだったのが、徐々に春菜&櫻子ペアvs蒼羽子ときどき取り巻き参戦vs一人でいなす瑛梨という構図へと変化していっていた。それが蒼羽子と瑛梨が同盟を結んだことで、春菜&櫻子ペアvs蒼羽子+瑛梨陣営となったのである。
噂好きたちは次々とこの話題に食いついた。
ここで各々の分析をしよう。
瑛梨は言わずもがな。顔見知りなら幅広く、特に仲の良いのは同室の3人か。これは幼いころに術師学校へ通うことがほぼ決定事項だったため、隠居した元術師が営む剣術道場に通っていたり、里見と一緒に国家術師のおじさんのところへ遊びに行っていたことが理由である。剣道部の部員とも仲がいいが、同学年の女子部員は1人だけで、隣りのろ組なのだ。
この中では一番健全な交友関係を築けているがしかし、厄介事に絡まれたときには一人で解決する方針でいる。「巻き込むのが申し訳なく感じるくらい、くだらないからね。代わりに後で、元気を分けて〜、ってねだりに行くけど」ということらしい。
何より強力なのは里見の存在だろう。里見は本科一年ろ組では親切さと落ち着いていて控えめな様子から菩薩様、聖母マリア様扱い、その他でもテキパキ仕事をこなす優秀さから一年の中では注目株だった。里見の周りからの評価に一喜一憂しないところも加点要素となっていた。
瑛梨と里見がその気になれば、助力してくれる人は周りに多いのだ。なんなら同級生と対立関係で困っている、と学校外へ訴える(父兄召喚)発想もある。子どもの喧嘩で収まる範囲だと、里見も瑛梨も思っているので大人の力は借りないが。
春菜と櫻子はあだ名が付けられるくらいベッタリくっついている印象が強い。春菜に乙女ゲーム的展開が発生するときは別行動が多いが。強固なテリトリーを築いていて、他者を受け入れない雰囲気をつくり出している。
蒼羽子は瑛梨と同じく基本的に単独で喧嘩を買っているが、後ろに籠池と芳根という友人2人を従えている陣形で臨むことが多い。
昨日、3人の関係を聞いてみたところ、この2人なかなかの苦労人だなぁ、と里見は思った。苦労の数は人の数だけある。
まず1人目、どこか影の薄い印象の少女、
2人目、コロコロとした声と泣きぼくろが特徴の
芳根の母親は神奈川は磯子のとある料亭で働いていた。若くてまだ世間を知らなかった芳根の母はそこで出会ったとある華族の男性にコロッと転び、アッという間に深い仲となり、子どもまで産まれたのである。相手の男性は初老と言っていい年齢で、正妻との間に跡取り息子もいれば孫もいた。妾を持つことが世間的に認めれれている時代とはいえ、若い妾を本宅に近づけるとトラブルになると勘が働いたのだろう。男は芳根母子に家を与え、芳根母子は不定期に訪れる夫(父)を待つ生活を送っていた。
そんな表面上は平穏な日々は突然、男が急死したことで変わってしまった。芳根の家に来ていたとき、苦しそうに胸を抑えて倒れた男はそのまま帰らぬ人となる。お葬式は修羅場でした、と遠い目をして芳根は言った。妾とその娘は本妻・跡取り息子の嫁・孫娘に蛇蝎のごとく嫌われていて、こうなった原因野郎のお葬式で「よくもノコノコと顔を出せたものね!!!!」と座布団を投げつけられたらしい。芳根の母も負けじと激しくやり返した結果、「あそこの家はヤバい」と社交界で一時期話題になったそうだ。
この『葬式大荒れ話』は瑛梨も知っていて、ああ、あの話の当事者なのか! と驚いていた。そこで瑛梨は気がついた。
「1コ上に、その話に出てくる『孫娘』に当たる人がいない?」
「いるよ。私から見ると腹違いの義兄の娘、義理の姪が」
敵意満載の義理の姪(年上)がいる術師学校でまともに過ごすため、芳根は蒼羽子と行動を共にしているのだ、という。蒼羽子がいないと、すれ違いざま凄い目で睨まれたり、わざと行く手を遮ったり、本鈴に間に合わないよう邪魔をしたりされるらしい。要するに、難癖や危害がエスカレートしないよう蒼羽子が盾になっていたのだ。
籠池と芳根が『取り巻き』なんてイヤな呼ばれ方をする立場に就いたのは、この恩恵に報いるためだった。
※※※※
「それで、随分な騒がれ方してるけど、どういう心境の変化なの? 私たち朝からずっーと、貴女たちのこと聞かれて疲れちゃったじゃない」
夜、就寝前の自由時間。夕食も風呂も終わり、寮の自室で明日の放課後に予定している月達百貨店赤ん坊・子ども用品部門の新商品に関する報告会の準備をしている瑛梨に、自分のベッドに腰掛けた吾妻が話しかける。ちなみに里見の方は、同時刻に行われる書籍部門と有名文具メーカーの共同企画に出席する。文具好きの里見はこの企画を考え、実現に漕ぎ着けた社員に「こういうの待ってた。尊敬」というキラキラ熱の籠った視線を送り、社員は「もしかして…、自分に気がある?」と勘違いを引き起こしていたりする。
閑話休題。あ、その話始めるんだ、といった空気で鷹川は髪の手入れをやめ、花井も裁縫道具を持つ手を止める。
「昨日の地域伝承学の後、各務原さんが色々言われてたでしょ? 各務原さんの兄が出てきたり、最後は煙幕で有耶無耶になったりして、いつの間にかあなたの姿が見えなくなっていた。あと水嶋君もね。そして、次の授業は欠席した。そのとき何かあったんでしょう?」
立ち上がり腰に手を当てて、さあ言いなさい、と吾妻がずいっと瑛梨に迫る。
最初に行動することに決めたのは里見でも、瑛梨も後から理由を聞けば納得できたので連帯責任が生じていると言える。友だと思っているのなら彼女たちにはきちんと説明しないとダメだなぁ。
「何があったのか、というと… …平たく言えば『同盟』を結んだんだ。協力し合って
続けてあの場から離脱した後、どんなことを蒼羽子たちと話したのか説明する。
蒼羽子が夏休み中監禁生活を送っていたことは本人の希望もありぼかす。代わりに、藍蘭が外面はいいが二枚舌で、女子どもを見下す性格をしていること、妹の蒼羽子は帝都で暮らすようになってから藍蘭の『性格に難アリの妹を諌めるしっかり者の兄』という、お芝居に巻き込まれてきたことを伝える。
「その兄貴と上野春菜が今イイ感じだろう? そして、蒼羽子の方は悪評が雪だるまみたいに膨れ上がっている。普通兄なら妹の悪い噂を消そうとするものなのに、逆に各務原藍蘭と上野春菜が接近すると噂は消えるどころか加速した」
「ちょっと話しを切ってゴメン。瑛梨の話を信じない訳じゃないけど、兄弟姉妹にも色々いるわよ? お互い好意的だけど干渉しない兄妹とか、有りうるでしょ?」
「平民の兄と妹ならね。でも各務原家は華族の一員だ。先代の祖父は貴族院議員経験者、家長の父親は帝都の警邏隊の統括。秩序を守る仕事をしている人の子が悪評高いなんて大問題なんだよ」
「普通ならもっと必死に火消しするってことだね。んん? そうするとぉ〜、昨日みたいに大勢の前で各務原さんを批難するってのも、おかしな行動? 身内に問題児がいます、って認めてるようなものだもんね」
「浅慮な行動だな」
あの場で藍蘭は兄として叱っておく、とか自分の顔に免じて、とか言って人を散らすのが先決だったろう。なぜか藍蘭は堂々と兄弟喧嘩を始めたのだが。
「これから先、三百子姉妹は相手にしない。イラつくことがあっても相手にしない。無理やり状況をつくられたときは1対2になるように加勢する。それから、時折私たち仲良いですよって態度をとって、彼女たちや昨日みたいな連中を牽制する。蒼羽子の弱みは友人の少なさだったからね。私と里見がそこを埋める」
一度切り、吾妻たちの様子をうかがう。
吾妻は、話しを切り出した割りにそれほど怒っていない。ただ瑛梨の口から説明を聞いてスッキリさせたいようだ。
花井は瑛梨のすることに反対しない。夏休みに一度剥がれかけた、『瑛梨とは同室の友人』という仮面を着けなおし、瑛梨に臣従する心は隠して振る舞っている。
鷹川はうんうんと、相槌を打ちながら聞いている。瑛梨の好きなようにするのを見守る、という態度だ。
「加えて、各務原先輩から身を守る手伝いも提案した。むしろ学校外になれば守りやすいんだよ。若松家と各務原家を比べたら、若松家の方が上だから。『若松家の瑛梨お嬢様に誘われて』とか『今度翠瓦邸へ誰々のお話を聞きに行くの』とか言えば、蒼羽子は家から出やすくなるだろう。格上の家との間にできた縁を切るような真似はしないさ。
君たちと一緒に過ごす時間はなるべく減らさないつもりだけど、もし今言ったやり方が気に食わないというのなら、… …別の方法を考えてみる」
説明を終え、返事を待つ。
「まあ、私は別にいいけど。各務原さんと山本さん、上野さんの衝突がなくなれば、平穏になるしね」
各務原さんの本質はおいおい観察させてもらえばいいわ、と言う吾妻。そうだね、と花井と鷹川も同意する。よかった、と瑛梨はホッと胸を撫で下ろす。
「そうだ、6月の異形が入ってきた事件も各務原さんの仕業だって言われてなかった? そっちはデマだったの?」
「ああ、あれはね…、彼女ドのつく猫好きなんだよ」
※※※※
「夜中ウロウロしてたのは、引渡しのとき子猫が一匹いなくなってることに気づいたから、探してあげていたそうだよ」
同じく、寮の自室で昨日のいきさつについて話していた里見が、蒼羽子が大の猫好きであったことを説明する。猫好きは蒼羽子は秘密にしておきたかったことらしい。「許可が出たら我を忘れるほど可愛がってしまうから」というのが隠していた理由だ。
大人しく聞いていた面々は、ぽかんとしたりこめかみを揉んだり。「情報量が多くて一度に飲み込めません」という雰囲気になっている。元々、この部屋の人間は全員ろ組なので、主にい組で繰り広げられていた女同士の戦いは彼岸の火事だと思って見ていた。
「うーん? 正直言って、水嶋が若松さんと一緒に、あの各務原と仲良く振る舞うことが、俺らにとってどう影響があるのか想像できねえ」
ただただ、水嶋里見という少年の予想外の行動に驚かされるばかりであった。
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