4-3 成績発表

 5月下旬に入り、中間考査の成績発表が行われた。職員室近くの掲示板に大きな紙に順位が張り出され、合計点や各科目ごとの点数は担任から配られる。パソコンもプリンターもない時代なので1回張り出したら終わりの掲示物程度は手書きである。全学年分手書きでって大変だな、と里見は度々思い出すカルチャーショックを感じながら自分の名前を探す。


「あった? 」

「あったよ。こういうとき、いつも自分の名前より先に瑛梨の名前を見つけちゃうんだけど」

「あ、それは私もだ」


 2人でふふっ、と笑いあう。

 近くにいた生徒の耳が象のように巨大化した。荒ぶる心は表に出さず極めて無に近い境地で、麗しい異国の乙女とその幼馴染から醸し出されるエッセンスを読み取る。既に一年生の間で、水嶋里見と若松瑛梨は『時々アイツらは無自覚にやらかす』とみなされていた。


「4位だったね。おめでとう、なのかな?」

「ははは、43人の中で4位だから上位グループに入りだね。普通なら、おめでとう、で合ってるんだけど。各務原さんに1位を取られてしまったからなぁ。負けてしまった。

 里見こそ7位だったね。お疲れ様」

「武道系と運動がねぇ。やっぱりこの学校、そっち系が飛び抜けて得意な人が多い」


 里見はもう一度、掲示板に目を通す。成績発表の隅に数名の名前が別にされている。「〜〜以下の者たちは別途担任より順位と点数を通達す」とある。点数が低すぎるのか、赤点になった科目が多かったのか、最下位とそれに近い者たちは順位が発表されないらしい。

 櫻子はその中に入る一歩手前、34位であった。探してみると、青ざめた顔で成績発表を見つめる櫻子と慰めようとオロオロしている春菜(10位)を見つけた。


 ※※※※


 成績発表がされた放課後、里見は図書館へきていた。調べたいことがあったし、確かめたいこともあったからだ。

 瑛梨も誘ったのだが、「あーら、どこへ行かれるのかしら。『3人の内、中間考査で合計点数の高かった人が他の人に一つだけ命令できる』という約束をお忘れになって?」と、蒼羽子に引き留められてしまった。瑛梨は悔しそうな(これは賭けに負けたから悔しいのではなく、剣道部の活動がない放課後に里見と過ごせる機会を邪魔されたことによる悔しさである)顔をしたが、里見にごめんね、とジェスチャーを加えて図書館への同行は断った。

 さて、里見は図書館の奥、産業分野の書籍が置いてある壁際近くに来ていた。春菜があのリーディングヌックに誰といるか見てみようと思ったのだ。『花燈』では定期試験前だけ使える『秘密の勉強場所』というのがあって、試験後この場所に誘ってお礼を告げた攻略対象は好感度が上がるのだ。先日里見が目撃した、藍蘭といたリーディングヌックが『秘密の勉強場所』だったのだ。

 ここは『花燈』をベースにした世界だが、春菜はゲームのキャラクターではなく自立した意思を持った人間であることは十分承知の上である。ただ里見が、春菜と攻略対象との関係を確かめてみたかっただけだ。

 そっと覗いてみる。春菜は各務原藍蘭といた。藍蘭が春菜の頭をポンポンと撫でていて、春菜は上目遣いに照れている。


「各務原先輩のおかげです。ありがとうございました」

「春菜ちゃんの努力の成果だよ。それと、俺のことは藍蘭って名前で呼んでくれよ」

「あっ、…じゃあ、藍蘭先輩って呼ばせてもらいます。そうだ! 今度お礼の品を差し上げます」


 他愛もない内容の、けれど本人たちにとってはミルフィーユのように甘い会話を重ねている。

 里見はエスプレッソコーヒーが欲しくなる前に退散することにした。

 ところで、春菜は瑛梨巻き込まれたふざけた賭けの発案者なのに最後まで見届けなければ、という発想はなかったのか。先ほどのどんよりしたい組の空気を思い出してため息をつく。

 親友が矢面に立たされている場面より、カッコイイ先輩との待ち合わせを優先させたようにしか見えない春菜の行動は、『親友』の基準が瑛梨(『魂の結びつき』がある超希少な相手)である里見にとって眉をひそめるものだった。


 ※※※※


「調べてみたんだけど、莢曼渦石ってオウテン草の殻のことだって。気温が下がると石みたいに固いさやをつくって冬を越し、4月初頭にさやを破って花が出るらしい」


 コイツ試験明けにわざわざ追加で勉強しにいったのか? と、信じられないものを見る目を岩槻(15位)は向ける。里見としては、これは勉強ではなく好奇心とか趣味とか言われる範囲の行動のつもりである。図書館へ行ったのは、春菜の様子を見る他に莢曼渦石について調べたかったからである。

 向かいに座った岩槻に知ったことを聞いてもらおう、と思って話しかける。


「オウテン草の? じゃあアレは、春になっても花が出んよう遅らせたモンじゃったんか。どうやったんかはわからんが農作物にも時期をずらして作るンがあったろう?」

「そういうことかもしれない」


 里見はここで説明を切ったが、調べたら他にもわかったことがある。ほとんどの莢曼渦石は冬を越せずさやにこもったまま死ぬ。

 もし、配られた莢曼渦石が死んでいるとわかっていたさやだったら? 春菜にだけ人工的に手を加え、越冬に成功したさやを渡していたら?

 蒼羽子の莢曼渦石から枯れた花が現れたのは、霊力の質云々の話ではなくただ莢曼渦石の方が粗悪品で、春菜以外の誰にでも蒼羽子のようなことが起きる可能性があったのでは。

 い組の生徒が数人、春菜の順位に疑問を持っていた。成績面で春菜は中の下くらいの印象を持たれていたので、10位という高順位に驚いたのだという。そこに霊力操作の試験中に突然出題された加点ありの特別問題のことを合わせて考えると嫌な想像ができる。

 しかも、春菜と蒼羽子にあの急な加点がなかったら、瑛梨が負けることはなかったかもしれない。

 夕食は2種類の定食から選べる。本日はうどんと天ぷらの定食とちまきに豚肉と野菜のせいろ蒸し定食だった。

 ちなみに、岩槻は初めて関東風のうどんのつゆを見たとき「真っ黒じゃ!!」と叫んだ。坂本も同じく「真っ黒や!!」と叫んだ。入寮のとき以降、なんとなく反発し合っていた2人だがうどんのつゆの件で共感を得たのか、お互い歩み寄りを見せるようになった。

 閑話休題。ちまきとせいろ蒸し定食を選んだはずの里見の盆には、茄子の天ぷらと青じその天ぷらが残っている。急ぐから、と瑛梨から譲られたのだ。最近瑛梨とすれ違うことが増えたな、と里見は考えながら義務的に咀嚼して飲み込む。

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