4-2 中間考査、始まる
中間考査は1週間(月〜金)かけて行う。この1週間は午前中に試験、午後は下校という予定になっている。
ただ今里見が試験中の科目は武術三種という。柔道、空手、合気道、剣道、槍術、銃器、弓術等々の中から3つ選択し、学習するという科目だ。
なんで合気道が大正時代に成立し、広く浸透しているんだ、とは言っちゃいけない。ここは元は乙女ゲームの世界だから。
火曜日の午前中いっぱいを使って、一年生男子がい組ろ組まとめて試験を受ける。
里見は合気道と銃器、それと弓術を選択している。正直言うと、3つ全部を習得できるとは思えないので、できれば銃器か弓術を実用レベルにしていきたい。学校側も異形と対峙するときは一対多数を想定し、多くの生徒は何か一つか二つ、自信を持てる武術を身につけることが目標になっている。
里見は弓術の試験が終わり、廊下で次の銃器の試験を待っている。ちなみに、どちらも実演はまださせてもらえない段階なので空き教室で試験を行っている。定期考査の期間は校内の施設や教室はごちゃごちゃな使われ方をする、と先輩方から聞いていた。
弓術の試験は、
「次の組、前へ!」
銃器の試験は、正しく拳銃を解体・組み立てられるか、各部品の名称を答える筆記試験の2つ、という内容だった。机と机の間にはカンニング防止に衝立が置かれている。使うのは弾倉が空の回転式拳銃だ。
「それでは、始め!」
※※※※
中間考査期間の最終日の金曜日となった。
里見と瑛梨のようにこれまで順調だった者、日に日に元気がなくなっていく者など様々だが、これから始まる試験で一年生の中間考査の日程は終了だ。先輩方の中にはまだ試験が残っている人もいるらしい。お疲れ様です。
今から実施されるのは霊力操作の試験である。入学してから約1ヶ月半、体内に巡る霊力を感じ取ることから始まり、霊力の活性化、霊力の流動まで授業は進んだ。坐禅のように一人ひとり離れて座り、意識を内側へ向ける集中法と深くゆっくりとした呼吸法を用いて、普段は不活性化している霊力を呼び覚ます。
この世界の日本では国民は14歳になったら、檀家や氏子として属している寺社、あるいは地域の保健福祉局で霊力の検査を行うことが決まっている。入学許可が下りたということは皆、常人と異なり潜在的な霊力は十分備えているということなのだ。まずこの科目では、霊力をアイドリング状態で保てるよう鍛えることが目的である。
試験内容は霊力を活性化した状態を保つ、つまりアイドリング状態をキープし続ける、というものであった。大講堂に縦にい組男子、い組女子、ろ組男子、ろ組女子の四列に並んで試験に臨む。
里見は敏感な質で、素で霊力感知ができる。生徒の中には色々いて、霊力を沸騰させるように活性化させる者、鼓動の脈拍に合わせて規則正しく力を込めている者、生地を練るようにコネコネ捏ねている者もいた。多くの生徒は授業で習った、鼻から吸った息と気がみぞおちまで真っ直ぐ落ち、吐くときに気だけ丹田に落ちるイメージ、というのを守っている。息と気を取り入れ、吐き出す動作を繰り返すことでたたらの製鉄炉のように霊力が精製される、と言えばよいか。
無事全員、砂時計の砂が落ち切るまで集中力を切らさずにいれた。試験官だったろ組担任の早川先生がニコッと笑って締めくくる。
「失格者はいないようで一安心しました。この科目は子どもの頃から稽古を積んでいる人、入学してから始めた人色々いますから、ムラが大きいと言われています。試験内容を簡単に感じた人も、とても難しく感じた人も両方いると思います。ですが、全員今より精進せねば、ということに変わりありませんからね」
「「「ハイッ!」」」
「ほっほっほ、良い返事じゃのう。よろしいよろしい、若者はこうでなくては」
急に上機嫌なご老人の声が大講堂に響く。いつの間にか入り口に立っていた、学長の声だった。
いつからいたのだろうか、早川先生も驚いているから気づいていなかったのだ。
「まあまあ、学長様。いらっしゃるなら言っておいてくださいな。試験中の生徒たちを驚かせちゃいますわ」
「試験は終わったのじゃろう? いやなに、頑張っておる生徒たちにご褒美をやれたらな、と思ってな。
学長先生からの特別問題じゃ。達成できた者には成績に加点しよう」
「成績に加点」という言葉に生徒たちがざわつきだす。学長は上着の内ポケットへ手を入れ、卵大の何かを取り出した。
「これは『
小手しらべと思って、次の段階を知るつもりで受ければよいぞ」
学長が手渡しで配った指紋のような渦模様がある霊石を見て、遠足で潰された祠と御守り見た瞬間と同様に『現代の記憶のファイル』が反応する感覚がした。里見は慌てて『現代の記憶のファイル』が開かれるのに意識を向ける。どうやら、『一つだけ、他の生徒全員が失敗した実技を春菜だけが成功させる』試験が霊力操作の試験だったらしい。『花燈』では初めから学長が試験官、莢曼渦石が試験内容だった。
里見はなぜもっと早く思い出せなかったのか、『現代の記憶のファイル』変なブレーキがかかることがあるなあ、と思った。
莢曼渦石の試験は端の列から行うことになった。まず、い組男子は誰も成功しなかった。続いてい組女子、里見が注目しているのは瑛梨と春菜だ。原作通りなら瑛梨は失敗し、春菜は成功するはず。蒼羽子と櫻子との勝負の件もあるので里見の本音としては、ここは『花燈』のストーリーから逸れてしまってもいいから、瑛梨も成功してほしい。
しかし、残念ながら里見の願いは聞き届けられなかったようだ。前から3番目(1、2番目は吾妻と妹の方の伊井田)の女子生徒、上野春菜の掌の上でポン、ポンポンッと光の小さな玉が生まれる。次々生まれる光の玉は春菜の周囲でふわふわと浮かぶ。掌に乗った莢曼渦石は眩く光り続け、だんだんと姿を変化させている。春菜の前後の生徒は固唾を飲んで見守っているし、離れたところにいる生徒は背伸びしたり列を崩したりして何とか見ようとしている。
里見は『現代の記憶のファイル』の中にある『花燈』のスチルを思い浮かべながら、目の前で展開している現在の光景を見ていた。
溢れ出る光が収まると春菜のお椀のようにした華奢な手には、根元から先端に向かうにつれ花弁が苗色から鴇色へ変化する2色グラデーションの花がいくつも咲いていた。形はアネモネに似ているが、サイズはアネモネより小さい。
パチパチパチ。学長が満面の笑みを浮かべて拍手をしていた。つられて2、3人拍手を始めると、全体にその流れが広まっていった。あっちからもこっちからも「おめでとう」の拍手をもらい、春菜ははにかみ笑顔を浮かべる。
その後、ろ組の男子女子が挑戦したが誰も成功とはならず、結果、春菜一人だけが『学長先生からの特別問題』に合格することができた。
加点が欲しかった気持ちと、ゲームと同じキラキラした綺麗でファンタジックな光景がナマで見れた嬉しさが半々の里見だった。霊力操作と感知は苦手じゃないのに全く手応えがなかったから、相当難しい試験だったのかもしれない。
全員分が終わり莢曼渦石を回収しているとき、異変は起こった。い組女子の列でざわめきが生まれる。
「そ、蒼羽子さんの石が割れそうです!」
パキ、パキ、と近くにいる者に聞こえるかどうかという小さな音を立てて割れ目が入り、花が姿を見せると思われた。だが、蒼羽子の莢曼渦石の変化は春菜の場合と違った。中からは1輪だけ、枯れかけたような汚く色褪せた花が現れ、霊石の変化はそこまでで終わりだった。
「えっ、汚いお花…」
よりにもよって春菜がぽつり、とこぼした。蒼羽子は余計な一言を発した春菜をキッと睨みつける。目で殺さんばかりの迫力がある。
「学長、これは各務原蒼羽子もまた合格ということでよろしいでしょうか? 合格の条件は『変化させること』でしたから」
「うむ…。そうじゃな、合格者は2名に変更じゃ」
学長の特別問題が始まってから、見守りに徹していた早川先生が確認に入ったことで試験は本当に終了となった。
この後、とある良くない噂が囁かれるようになる。莢曼渦石の試験結果から生まれた噂であることは間違いない。
曰く、『一年い組の各務原蒼羽子は不浄な霊力の持ち主である。本人の傲慢で悪辣な性根を反映しているに違いない』という内容だった。
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