第4話 中間考査と三つ巴の勝負
4-1 中間考査前 霊術薬学の授業
カッカッカッ、と
「ーー、この分量の割合は正しいか否か。水嶋里見、答えなさい」
「はい、割合は正しいです」
「よろしい。座りたまえ」
「質問してもいいでしょうか? ーー『よろしい、言ってみろ』ーーこの血止め薬は最終的には軟膏のような固形にして使うとありますが、水分が全部飛ぶまで何十分も煮詰める時間がいる、ということですか?」
「そうだがひとつ訂正しよう。何十分ではなく2時間以上、120分から150分間だ。その間、変質や加熱のムラが起きないよう油断せず見張ってお必要がある。さらに、様子をみて必要ならオウテン草を加えて調整せねばならん。
諸君ら一年生に実習は当分先だと思え、と言った意味が少しはわかったかね? どうせロクな物ができん。三学期までは薬草の皮むきまでしかさせるつもりはない!」
高圧的な物言いで霊術薬学教師が宣言する。恨みを抱えたまま死んだ陰気な幽霊のようなくらーい雰囲気をまとった教師で、意外と若い(三十代前半)と知ると十中八九驚かれる男だ。不細工な容貌ではないのだが、眉間の皺が深々と刻まれておりいつも怒っているような表情に見える。一年生の間ではぶっちぎりで不人気である。里見はそうでもないが。
質問には全てその場で答えてくれるし、生徒を授業に集中させるために恐い教師と言うイメージは有効だと思うし。口を開けば一々嫌味が飛んでくるが、嫌味部分だけ聞き流せば気にならない。あと板書のスケッチがめちゃくちゃ上手。
本当に問題のある指導者は支配的で、自分の自尊心や承認欲求を満たせるから、偉そうにできる『先生』という立場に固執するのだと、里見は前世の記憶のおかげで知っている。
「さて、中間考査前の授業は今日で最後である。授業ごとに重要な点はその都度告げている。きちんと授業を受けていればわかるはずだ。復習をしっかりして試験に臨むように」
最後にしっかり釘を差して授業終了を告げた。ノートを取り終わっていなかった生徒は消される前に板書を急いで書き写す。
来週から入学して最初の定期考査が始まる。
※※※※
最後の追い込みに勉強会をしよう、と持ちかけてきたのは寮の同室の田島だった。こいつは妙に
同室の者たちは全員参加すると返事をして、校舎や寮、食堂とは別に建てられた図書館で集まることになった。放課後の図書館は結構人が多かった。自習室が空いていればよかったのだが、そちらはそちらでレポート提出前の時期は班で課題に取り組む上級生の予約で一杯だそうだ。図書館はバックヤードや閉架図書を除くと、約3分の1が閲覧スペース、約3分の2が開架書架スペースになっている。閲覧スペースにくっつけて並べられた四人掛けの机の列の中で、端の場所が空いていたのでそこにする。ジャンケン結果、無理矢理だが坂本と田島が2人で一つの椅子に座った。
「これが姉たちからもらった過去問だよ。あと、歴史探究部の先輩方からもらった過去問」
「ヤッター! ありがとう水嶋。こういう、『どんな感じなのか?』ってのが知りたかったんだよ! 思ってたより記述問題少なそうだな」
田島が諸手を挙げて喜ぶ。
「薬学は記述式問題が多いんか? 算数、いや数学や国語、地理とかの一般教養科目は高等小学校とあんま変わらへん感じやな」
「あ、この過去問つくったときの薬学教師って山路先生じゃないよ。山路先生は今年度異動になって教職に就いたそうだから」
「へええ」
岩槻や伊井田もツテのある先輩からノートや過去問の写しを借りていた。各々確認しておきたい科目にバラバラに当たる。見終われば次の人へ譲り、別の科目に取り掛かる。
ちなみにこの同室の5人、伊井田、里見、岩槻、田島、坂本の順に勉強が苦手である。伊井田は高等学校出身だし、岩槻も故郷では工業高校に通っていた。尋常小学校卒でブランクがある里見が着いていけるのは、前世で学習した効率的な学習方法の恩恵と本人が勉強好きな性格のためだ。田島は何事にも器用で、「勉強ができるやつのマネをすれば効率よく成績が上がるんじゃね!?」と考えるちゃっかりした性格。人によっては嫌われる。田島の場合、このマネがツボを抑えているのがすごい。坂本は身体を動かす方が得意で、机にずっと向かっていること自体が苦手。柳のような品のある容姿と、立っても座っても崖から転げ落ちても無様にならない立ち居振る舞いに反して、脳筋で熱血なのだ。
入寮のときは、岩槻のことを元武家、坂本のことを元公家かと勘違いしていたが2人とも華族ではなく裕福な平民の出身だった。岩槻の家は造船業、坂本の家は洛山で代々術師をやっている家らしい。
里見は数学の問題に取り組む。何度も同じ問題を解いてつまづく箇所に気づき、教科書の解説を飲み込む。里見は基本的にコレぞ理数系という科目(数学や物理、化学)が苦手で文系が得意だ。瑛梨以外知らなくても、学生生活2回目というアドバンテージを持っておきながら成績不振は恥ずかしいので集中して取り組む。前世のお陰で「勉強の仕方」というのが掴めているのがありがたい。
「なあなあ、水嶋。ここわかるか?」
ひと区切りついて、次は地理にしよう、と思っていたら伊井田から声をかけられた。聞かれたのは丁度、地理の問題だった。
「特産品の覚え方のこと? 頭の中に簡単な日本列島を書いて、地名と紐づけて覚えることにしてる」
こんな風に、とカクカクした日本列島(北海道と沖縄県を除く)を描く。鳥取県には
「暗記系は問題をたくさん解くより、問題の素材になるモトを覚える方がいいと思う。積み重ねていく内に、共通点とかも見えてきて覚えるのが楽になっていくんだよね。あと、寝る前とかご飯の前とかにに勉強したことを思い出すといいって聞いたことある。記憶って何度も出したり仕舞ったりすることで定着するような気がする」
いつの間にやら伊井田以外も見ており、ほーっと感心したようなため息が聞こえる。ちょっと見せてほしい、と言われ今書いたページが見やすいように、くるっと回して渡す。
ついでにと考え、里見は書架から農産物・海産物関連の書籍がないか探して席を外す。荷物を片寄て、椅子は坂本に譲った。書籍というより季刊誌の冊子の形態かも、産業分野の棚にあるかな、とゆっくり歩いてゆく。なかなか見つからず、壁際近くまできてやっと産業分野の書籍があった。
ふと、壁際の小さくくぼんだ空間に誰かがいるのに気がついた。男女2人組がヌック(小さく囲われた空間。部屋の一角や階段下など、隠れ場のようなスペース)で隣同士に腰掛け勉強している話し声がする。
なんとなしに見てみて驚く。いたのは春菜と
なるほど、春菜は順調にヒロインと同じ道を辿っているようだ。先日、瑛梨と話し合った中で出てきた、「藍蘭・
里見が邪魔しないようにそっと回れ右をしたら、里見と同じ様に春菜と藍蘭を見つめる女子生徒が立っていた。各務原
確か『花燈』では蒼羽子と藍蘭の兄妹仲は冷えきっていて、そもそも蒼羽子が帝都の女学校に進学するため上京するまで交流は年に数回しかなかった、という過去設定があった。
仲良くしてくれない兄と気に入らない女子同級生の組み合わせを、何を思いながら見ているのだろう。
蒼羽子が立ち止まったままの里見にくるっと冷めたままの目を向けた。
「ろ組の水嶋里見くんよね、ごきげんよう。貴方もあの二人に気づいていて?」
「えっ…、そうだね。親しい、みたいだね」
「でも彼女、昨日もあの場所で三年の藤崎真祐先輩といましたのよ? 今と同じように。膝と膝が触れ合う距離で。
兄も馬鹿ね。そうとも知らずに、年下女に惑わされて。
私と彼女といつも一緒にいる子と根本的に反りが合わないの。けど、まだ何を考えているのかわかります。時々上野さんの方が理解に苦しむことがありますわ」
言い捨てるようにして蒼羽子は去っていった。
辛辣なコメントに、背筋がヒヤリとした里見。蒼羽子の言葉を反芻しながら今度こそ岩槻たちのところへ戻った。
※※※※
「厄介なことになった」
右手に箸を、左手には味噌汁を持ったポーズで瑛梨が里見へ話しかけた。本日の瑛梨が選んだ昼食は白身魚のフライ定食だった。サクサクの衣にジュワッと染みた食堂のおばちゃん特製ソースが美味しいと評判。頼めばこのソースをちょっと千切りキャベツに垂らしてもらえる。
里見も同じものを注文しようとしたら直前で(瑛梨のところで)品切れになった。慌てて頼んだのはトースト定食(4枚切りトースト1枚、ベーコンエッグ、ポテトサラダ、そら豆のポタージュ。フォークとナイフとスプーンで食べる)だった。急ぎたい生徒には洋食のお作法はまだるっこしい、と不評のメニューである。夕食までお腹がもつかという点も心配になる。パンは米より腹持ちが悪いのだ。
フォークとナイフの使い方に戸惑うことなくベーコンエッグを切り分ける里見が、何があったの? と小首を傾げる。口の中にちぎったトーストが入っていって喋れなかったので。
「中間考査の順位で勝負することになった。相手は各務原蒼羽子と山本櫻子だ」
「えっ! 何でその2人に瑛梨が加わってるの?」
「そうだよな! 何で私も? って思ったよ」
熱く同意する瑛梨。どういう流れでそうなったのか説明し始める。
※※※※
昼休憩前の授業の最後、い組は図像学(印や紋様などについて学ぶ。式神の召喚や結界を張る際に関わる知識)の小テストの返却があった。櫻子はなかなかいい点数が取れたらしく、春菜と喜びあっていた。
そこに水を差したのが蒼羽子である。
「あら、そんなに喜んでいるからどれ程のものかと思えば、…49点? ねえ? 小テストって50点満点でしたっけ?」
「うるさい! そういうアンタは何点だったのよ!?」
そう聞かれた蒼羽子は自慢気に「97点」と書かれた用紙を見せつけた。
「… …ッ!!」
「おほほ。いかがかしら? 天と地の差に声も出ないのかしら? い組で一番の私が、49点のあなたのお勉強を、見てあげましょうか?」
私が、のところで己の胸に手を当てて、あなたの、のところで櫻子を流し目で見下して挑発したらしい。わなわなと肩を震わせる櫻子が発言する前に、とっくに職員室に帰ったものだと思っていた図像学の担当教師が割って入った。
「一番高得点だったのは若松だぞ。満点だ」
教師は言うだけ言って去っていった。それを聞いた途端、
「3人の内、中間考査で一番順位の高かった人が他の人に一つだけ命令できる、っていうのはどう? それで今までのことは水に流しましょう!」
教室中が「どういうこと????」と混乱するのも気にせず、春菜はさも名案を思いついた、と言わんばかりだった。
※※※※
「出題範囲も狭い小テストで100点取ったからって、組で一番頭がいいとは決められないだろうに…」
「小テストの時点で、49点と97点と100点でしょ? 言っちゃ悪いけど、山本さんを一方的にいたぶることにならない? 上野さんは親友を後ろから撃つ趣味でもあるの??」
「ねえ? 普通の子かと思っていたのに、何考えてるのやら」
里見は図書館で蒼羽子が「理解に苦しむ」と言っていたことを思い出した。
「まあ、勝てそうだがな。山本さんは言うに及ばず、各務原さんも武術三種が苦手みたいだし。苦手な薬学も、今なら基礎の基礎の段階だから点を落とさずにいけると思う。
勝ったら校内でも寮でも、いがみ合うのはやめろと言うつもりだ。やるなら迷惑がかからないように校外でやれ、とな」
まさかい組でそんなことが起きていたなんて、と里見は思う。
ふと『花燈』でも定期考査で勝負、という流れはあった気がした。でも『花燈』では、横暴な蒼羽子に友人を馬鹿にされた春菜が勇気を出して挑戦状を叩きつける、という流れだった。勝負は蒼羽子の勝つが、一つだけ、他の生徒全員が失敗した実技を春菜だけが成功させるという、首の皮一枚繋がる終わり方だった。あれは何の試験だったっけ。
残りはポタージュスープが少しだけになった皿の上を残さず掬いきり、里見はごちそうさまでした、と手を合わせる。
ストーリーが変化し、競う相手が櫻子でも春菜でも、当然里見は瑛梨を応援する。
「俺のノート見せようか?」
「ぜひ頼む」
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