1-5 後日
「おい、ちいとツラ貸せ」
「別にいいけど、食堂の席なくなるよ? あと、同級生に頼みごとする態度じゃないと思う」
「…チッ。少し用がある。外に来てくれんか」
「わかった」
里見が岩槻に呼び出されたのは入学式の日の翌々日。つまり、田村が消えた日の翌々日だった。
岩槻の後をついて行き、人通りのない弓道場(弓矢に限らず色々な遠距離の武器や霊術の練習に使われる練習場所)の近くで質問が始まった。弓道場を見学できるように植え込みを挟んで矢道の横は階段状に土が盛られている。岩槻は座らずに話し始めた。
岩槻が聞きたいことは、やはり田村のことだった。気になるのは当たり前だろう。背が高く、厳つい顔の岩槻がぐいっと迫ってくると怒っているように見えて気が弱い者なら泣きそうな迫力があった。
「わしの考えとるんはこうじゃ。お前と異人のおなごがお前の姉、隊員殿に渡した名簿に田村の名前がなかった。それを知ったお前の姉御はどっかにそれを報告した。そしたらその日の夜には田村が呼び出されて帰ってこん。昨日には部屋にあった荷物も知らん間に片付けられてアイツがおった痕跡もなくなっちまったわ。
こりゃあ、術師部隊が田村を消したんか、と考えるんは当然じゃ」
「なるほど。その件が知りたくて里見をこんなところに連れ出したわけか」
声がした方を振り向くと、大きなどんぶりと小鉢が3つずつ乗ったお盆と急須、空の湯のみを持った瑛梨が立っていた。食堂から弓道場まで運んできたらしい。重かったろうに。鍛えられた体幹と両腕の筋力を遺憾無く発揮している。
「忠告しておくと連れ出したときの状況、まるで恐喝の加害者と被害者のようだったみたいじゃないか。入学早々誤解されてもいいのか?」
瑛梨は「何でここにおるんじゃ!?」と言う岩槻を受け流し、昼食を配る。急須と湯のみを受け取った里見は3人分お茶を注ぐ。自分の座る場所を決め瑛梨がどんぶりの蓋をパカッと開ける。中身は親子丼だった。湯気と一緒にみりんと醤油が混ざった甘い香りが広がる。ごろごろと転がっている鶏肉にかぶりつきたくなるいい匂いだった。
小鉢にはきんぴらごぼう。良い。
「はいどうぞ」
「… …ハア。お前ら人の話の流れをぶった切るんもええかげんにせえよ」
何かを諦めたような岩槻は、深々とため息をつき階段に座った。
食べ始めると岩槻と瑛梨はあっという間にどんぶりの中身を空けていく。ろ組は午前中に体力育成(武道が絡まない、基礎体力を鍛える授業)の時間があり、ひたすら走って登って跳んでだったから岩槻は腹が減っていたのだろう。座学しかなかったい組の瑛梨が変わらない早さで食べるのに目を丸くしている。ひとり里見だけしっかり噛んでゆっくり噛んで食べている。
「お前さんら、一体どういう関係じゃ?」
「いわゆる幼馴染というやつさ。外国からきた私の母にこの国の言葉を教えたのが里見の母だったんだ。その縁で幼少の頃から付き合いがある。
自己紹介が遅れてすまない。私は若松瑛梨という。母が外国人で父がこの国の人間のだ。容姿は思いっきり母方に寄ってしまったけどね。誤解されがちだが、生まれも育ちも帝都だから実際に外国や、母の母国で暮らした経験はない」
歯切れよく喋る瑛梨に若干気圧され気味の岩槻。おそらく今まで周りに瑛梨みたいなタイプの女がいなかったのだろう。
膝を揃え、すらりと長い脚を斜めに流して座ると瑛梨の脚の長さが強調されている。石膏像のような優美さと、武人のような闊達さを同時に醸し出す瑛梨は岩槻の返事をじっと待つ。
瑛梨の真っ直ぐな目を受け止めた岩槻は、ドンと傍らに食器を置き背筋を伸ばし口を開く。
「わしの名前は岩槻三郎。三郎じゃが次男じゃ。生まれは広島、実家は造船業をやっちょる。家は兄貴が継ぐけえ、次男のわしは帝都へ行って国家術師なるんがええ言われて来た。がさつ者じゃがよろしゅう頼んます」
言い終わるとぐいっと頭を下げる。
「ああ、授業に着いていくのは大変らしいがお互い頑張ろう! 聞いたところによると、中には生徒の大半が泣き出す授業もあるらしいが命の保証はされているそうだ」
「は???」
協力者の益として英から田村の素性は伝えられている。ちなみに三つ折りB5サイズに報告書を短くまとめた文書で、だった。配達人は十二単を着た女性の式神。「あの、そこの… …」と呼び止められたとき、あっ、これ咄嗟に扇に和歌を書いて返事をする場面、と源氏物語や題名を忘れた過去に読んだ物語が頭をよぎった里見だった。
文書は読み終わったら十二単の式神が持って帰ったので、偽田村の件は誰もが忘れるまで伏せ続ける方針なのだろう。
それによるとなんと田村は別人が成りすましていたのだという。顔も姿も似ていない、本物の『田村平治』は陶器職人の工房で修行中の身、しかし既にいくつか賞も取っていて将来有望なので親方が手放したがらなかったのだそうだ。凄い。ぜひともそちらの道で才能を磨いていって欲しい。そういう理由で本物の田村は入学を辞退していた。
偽田村は入学辞退した本物と入れ替わってまんまと学校に潜り込んだのだ。速攻で暴かれたが。
偽物の正体は帝都の裏通り住まいの低賃金で働く労働者。年齢も15歳ではなく29歳。金をもらって入れ替わりを引き受けたらしい。本物の『田村平治』のことを知っている人間も学校にはいないためバレることはないと思っていた、と。
「教えてもらったのはここまで」
「ほんまか…。誰がニセモンを送り込んだんかは…?」
「不明。これから何らかの指示が送られてくる予定だったんだって。勧誘してきた人物は捜索中だけど、おそらく仲介屋を使って直接本命とは繋がらないよう予防線張ってるはず、って」
説明を聞いた岩槻は2回目の「ほんまか…」をこぼした。
「知って後悔したか? 正攻法とは言い難い手を使って私たち『術師のたまご』に近付こうとする輩がいる、ということだ」
「いんや、知らんかったらずっと気になって仕方なかったと思う。話してくれてありがとうな」
「わしもこのことは秘密にする」と、約束した岩槻。己の分をわきまえ、役割に徹することができる人物なのだろう。
今の里見たちに求められている役割は、生徒としてのびのびと勉学に励み、何が将来役に立つかわからない中様々な経験を積むことである。今回のように、事件が起きる前に対処するための協力を求められたら応えるかもしれないが首を突っ込み過ぎてはいけない、と思う里見であった。
岩槻が去った後、瑛梨にい組の様子についてたずねる。初日のそわそわ浮ついた空気も落ち着き始めたかと思いきや、一部の生徒同士の相性の悪さが発覚したらしい。一方はとある貴族院議員の娘でもう一方は地方の農村から来た娘。提出物を出す優先順位がどうのとか、すれ違うとき挨拶がなかったとか、女子寮にいるときも洗面所の使い方で言い合いになったとか。
こじれそうな話だな、『花燈』ではヒロインをいじめてくる同級生の女子がいたはずだけど今のところ例のヒロインは関係ないんだ、と里見が思っていたら、その地方出身の女子は『ヒロイン』の友達のことであった。
これから火の粉が飛んできてヒロインがトラブルに見舞われる展開になるの? と、ついストーリー考察をしそうになる。いやいや、里見は『花燈』を連想させるものに覚える危惧と自分を取り巻くリアルを天秤にかけて入学前に決めた『ゲームのストーリーとメインキャラたちについては放置、出会うことがあれば遠巻きに』という方針を思い出す。
春光降り注ぐ穏やかな春の日のように、これからの日々は穏やかなものであってほしい。そう思う里見であったが、『花燈』のストーリー通りに進むのならそうはいかないのだろう。
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