1-4 暗躍する者たち

 夕食も入浴も済ませ、翌日の準備ができたら寮長による点呼後、就寝となる。まだまだ話し足りない様子の者もいる。隣の部屋も初日ということで浮ついているのか、がやがやと音が聞こえる。


「…それで例の異人の女の子を一目見に武道場へ人が集まったのさ。女の子の剣道着姿が実に凛々しくて! 男子に混ざって鍛錬してたんだけど、引けを取らなかったね」

「『よかったら、あなた達も練習していかない?』なんて誘われて、我も我もと飛び入った男たちを次々伸していってしまったのさ! 上級生だろうと関係なく!」

「ほお、そねぇ強かったんか。あのおなごは」


 瑛梨は今日もいい汗かけたらしい。


「さあ消灯時間だ。見回りの寮長が来る前に口を閉じとけよ」


 部屋長になった、帝都出身者の内の片方、伊井田(名簿順で1番前だったから)が促した。

 コンコン。ノックの音に伊井田が代表で返事をすると、寮長が戸を開けた。1年生たちは気をつけの姿勢で並んでおく。


「消灯前の見回りだ。全員いるか? 点呼を行うぞ。まず伊井田」

「はい」

「岩槻」

「はい」

「坂本」

「はい」

 京風の男が返事をする。

「田島」

「はい」

 もう片方の帝都出身者。

「水嶋」

「はい」

「村田」

「はい」

 痩せっぽちの男。


「…そうか。お前が村田平治か…。村田だけ廊下に出るように。他の者は就寝!」


 名指しされた村田が慌てる。なぜ自分だけ呼び出されたのかわからない、といった不思議そうな様子で部屋から出る。

 残された5人も動揺している。いや岩槻と里見は黙々と寝る体勢に入っている。


「なんや、あんたらえらい無関心やんか。ちぃとは慌てたりせえへんのかい」

「… …まあ、故郷から荷物でも届いたんじゃろう」

「話し声が聞こえると怒られるよ。寝よう」


 結局、わからないことはわからないまま。翌朝になって村田は実家の都合で故郷に帰ることになった、と寮長から説明があった。またもや驚いている3人を余所に、岩槻と里見だけは、案の定、といった風に納得していた。


 ※※※※


 昨晩の田村は呼び出され、「故郷から荷物が届いているから取りにこい」と言われ、寮長の後ろをついて守衛室などがある1階に降りていった。田村の後ろには2人の屈強な上級生がついてくる。

 田村はこれはマズイ流れだ、と内心舌打ちしていた。自分宛に『故郷からの荷物』などあるはずがない。いや、そういう偽装なのかもしれないが、時間厳守の決まりの方がたかが郵便物より優先だろう。

 廊下の終わり、明かり取り用の縦長な硝子が嵌められた扉がある。待ち構えているとしたらその向こうだ。警官か、術師か。

 田村は逃げ出す方法を考えていた。隠し持っている小刀で誰かを刺して隙をつくるか、玄関から逃げるか、いや窓を割って逃げるか。超特急で頭を回転させているが、もう扉の前まで着いてしまった。

 寮長が横に避け、田村が扉を開けろと命じる。もうここでコイツらを殺って逃げるか!?、と思ったが勝ち目が薄いと否定する。汗ばむ手で扉の持ち手を掴み、少しだけ開け隙間から覗く。明かりがついていないので中は真っ暗だ。なかなか進まない田村にも、寮長たちは何も言わない。行くしかねえ、と、懐に手を忍ばせいつでも小刀を抜けるように備えて、押し開きながら1歩踏み込む。

 ぽう、っと燭台に火が灯る。ぽん、ぽん、ぽんと数箇所明かりが灯されただけで、室内全体を照らす光量ではない。そのぼんやりとした明かりによって1人分の人影が現れた。

 それは十二単を着て、檜扇で顔を隠した女だった。立っていても床まで届く黒髪は夜の小川の様で艶めいている。平安絵巻から抜け出してきたのか、と思うような絢爛な衣装と現世とは隔絶した空気を纏った女だ。

 几帳も御簾もない、寝殿造でもない、西洋風につくられた男子寮の中に十二単の女。予想外すぎる光景に田村の思考が止まる。

 ほんの少しの間、どちらも動かない。最初に動いたのは女の手もとだった。

 ちらり、と檜扇がわずかに傾けられ女の目元だけあらわになる。不躾に見つめ続ける田村は女と目が合う。

 合わせてしまった。


 ピキ、ピキンッーー。


 田村が正気に戻って動き出すより早く、一瞬で田村の身体はカチコチに固まってしまった。触ればわかるだろうが、ただ固まっただけでなく、岩石に変わってしまっている。女がおとぎ話の如く、人間を石に変化させたのだ。

 目の前の人間が石になったのを見届けると、女はさっと檜扇を元の位置に戻した。

 やがて、室内のランプが点けられぐっと明るくなり、壁際や物陰に隠れていた術師たちが姿を現す。その中に英もおり、十二単の女の傍に寄ると落ち着いた声で労う。女はこくん、と一つ頷くと、霞のように空気に溶け姿を消した。


「皆ご苦労だった。報告会は隊舎に戻ってから行う。撤収するぞ」


 騒がしくならないよう隊員たちは隊長の言葉にアイコンタクトで応える。家具を元の位置に戻したり、石になった田村に毛布を被せて梱包したり、静かに、そして手早く作業を行う。

 全ての作業を終えた隊員たちは闇夜に紛れて術師学校から去っていった。

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