第12話 予選第1試合

 コート端に集まる。相手は県立 冬芽とうが高校。三年前に二回戦で負けた相手らしい。そこそこ強いが全国経験は無し。もちろん例年の八田ヶ谷よりは格上だ。


 チームで集まっているとうちの染谷先輩を見つけて相手チームの上級生らしき人が近づいてきた。


「よう八田ヶ谷のへっぽこディフェンダー。初戦がお前らとはラッキーだぜ。去年古川高校にぼこぼこにされてたの知ってんだぜ?」


「へっぽことはご挨拶だな脳筋。今年の俺らは去年までとは大違いだ。目にもの見せてやるよ。」


 ずいぶん喧嘩腰なやつだな。完全に俺らをカモ扱いしてやがる。どうやら顔見知りらしいが、あまり良い関係ではなさそうだな。


「へぇ、あっちのでかいのが秘密兵器ってか。どう違うのか楽しみにしてるわ。」


 手をひらひらさせながら自分のチームに戻っていく冬芽の脳筋(染谷先輩曰く)。


「染谷先輩、知り合いですか?」


「あぁ、中学が一緒だったんだよ。見ての通りバカで脳筋だがサッカーはうまい。あいつはCFでミドルシュートが持ち味だが・・・お前を知ってからだとあんまり強く感じないな。麻痺してるのかもしれん。

 まあ気にせず戦えば良い。自ずと結果が出るだろう。」


 中学の同級生とはな。それにしてもいつも人の悪口が出てこない染谷先輩からこんな言葉が出るなんて、相当仲が悪いのか、逆にいいのか。


 少なくとも相手は俺らをカモだと思っていることはわかったわけだ。少し苛ついたことだし遠慮はなしだ。全力で潰すことにしよう。



「では予選Dブロック第1試合、県立八田ヶ谷高校対県立冬芽高校の試合を始めます。一同、礼、」


「「おねしゃーす」」


 コートの中央に並んで相手チームと顔を合わせる。やはり相手は全員気の緩みがあるというか、全力で戦おうという気が見えない。

 ラッキーなのは俺たちの方だなこりゃ。ありがたく利用させてもらおう。

 こちらの面々はそれぞれ少し緊張しながらも気力溢れる面持ちだ。これなら問題ないだろう。


 "ピー"、という笛の音で試合開始。ボールは俺たちからスタートだ。キックオフとともにボールが俺のもとに降りてくる。いつぞやの紅白戦を思い出す。あの時もそう、こっから撃ってくるなんて相手は全く思っていなかった。


 右足を振りかぶる。グラウンダーのきれいな回転のボールだ。外すことはない。

 全身のバネを一気に足先に持っていくイメージで振り下ろす。

 ボールをハンマーが叩く。体が反動で前に飛ぶ。


 ”ドンッ”という音と共に放たれた砲弾は一直線に飛び、全く予想していなかった敵チームの呆けた顔を後目にゴールへと突き進み、左上に突き刺さった。


 一瞬コート周辺が静まり返り、直後審判がゴールの宣言をすると俺達のベンチと応援席から歓声がわく。


「ナイスシュート!初っ端からやると思ったぜ!」

「いつぞやの再現だな。フリーで撃てるなら撃たせないとな、」


 キックオフを担当した三年CF郡山先輩と三年ST風上先輩が声をかけてくる。


「あざっす。まだ一発叩いただけですよ。あんだけ始まる前に散々煽られたんですから、まだまだここからです。」


「ああ、そうだな。染谷から聞いてるぜ。何年か前から直でやり合ったこと無いくせに馬鹿にしやがってな。俺だって負けてねえからな」


 チームの他の面々もやる気に溢れた顔で祝福に参加する。さて、どんどんいこうか。



 対象的に相手チームはまだ現実が受け入れられていないようだ。センターサークルにボールを戻しても釈然としない顔をしている。


 相手チームからリスタート。ボールを中盤へ下げ、サイドを上がらせてくる。

 細かいパスで俺らのディフェンスを崩そうとしてくるが、こちらのサイドプレイヤーは前とは一味違う。

 今日のフォーメーションは3-3-4の超攻撃型で、サイドにはWGがそれぞれ一枚とSMFがそれぞれ一枚つく。相手のサイド攻撃に対してはサイドの二人とST,CMFの俺が囲んで対することが出来るので、簡単にはパスコースを作らせない布陣だ。


 相手の中盤が出し先に困り、コート中盤からディフェンダーに戻したその瞬間、S風上先輩は見逃さずにボールに突貫。ディフェンダーの前でボールを掻っ攫うとそのままドリブル。

 これまでなら前を走る郡山先輩やサイドに流していたが、そのまま自分で撃つ態勢に入る。距離は20mほど。ペナルティエリアのやや外側だ。

 俺を少し真似したようなフォームで左足を振り抜いた。ディフェンダーは郡山先輩を警戒していてコースを塞げていない。

 放たれたミドルシュートはキーパーの手をわずかに掠めながら、ゴールの右端に決まった。


 これで二点目。前半20分で2-0だ。

 相手のCFの脳筋が味方に怒声を上げている。まさか格下でカモだと思っていた相手に前半だけでこんなスコアにされるなんて思ってもいなかったのだろう。


 俺たちのチームは祝福こそするもののまだ満足しきっていない。全員がゴールを決めようと前のめりになっている。


 ふむ、俺もまだまだ撃ち足りない。


 その後相手も警戒し始めたのかボールの取り合いに終わり、前半は終了。


 ハーフタイムでは監督やコーチを中心に、もっと点を取ろうという認識を確認しあい、流れをこのまま引き寄せようと円陣を組んだ。


 後半が始まった。相手は露骨にミドルを警戒していて、パスが出るたびに詰めてくるようになった。そのまま決定機を作れないまま後半28分。相手チームのパスを味方の二年SMF松尾先輩が弾いた球がリフレクションして相手のCFの脳筋へと渡る。


「まずい!止めろ!」

 前線から声が飛ぶ中俺も前に入ろうと走るが間に合わない。

 ここで前を遮ったのは最後方へ残っていた染谷先輩だった。


 中学時代の同級生同士のマッチアップ。

 まだ射程圏内ではないのか染谷先輩を抜こうとするが、先輩も簡単に抜かせずにゆっくり下がりながらテンポを落とす。



 他のDFも戻ってきて2対1が作れるかと思った時、脳筋が無理やり突破を仕掛ける。

 待っていたかのように染谷先輩が足を出しボールが前方に転がる。

 そこにいたのは・・・



「撃て!水瀬!」


 俺は相手ゴールに背を向けてボールを受けると右足アウトサイドで弾いてターン。

 テクニックの無さから少し大きくなるが、そのまま右足を軸にして体全体を回す。

 相手は俺の右足のシュートを見ているからか、右足のシュートを警戒し、詰めてくる。


 回転の勢いそのままに今度は左足を振り抜く。


 衝撃音と共にセンターサークル付近から撃ち出されたボールは綺麗なクロスラインをたどり、相手ゴール右上へと突き刺さった。


 ピンチから生まれたロングシュートに会場は大盛りあがり。


「水瀬良く前向いた!やったな!」


「染谷先輩こそナイスディフェンスです。今後へっぽこなんて口が裂けても言えないですね。」


「お前さては結構根に持つタイプだな。まぁ俺もスッキリしたのは確かだけどな。」


相手のCFの脳筋・・・てか名前まだ知らんな、いいか。脳筋は染谷先輩を見て肩を落としているようだ。あれだけイキってたのにメンタル弱くねえか?


 3-0になった状況から両チームともにシュートを放つも点が入らず、俺のもとにも決定機は来ないまま後半終了の笛が吹かれた。


 予選第1試合突破。スコア3-0で文句ない勝利。ただ、まだここで終わりではない。

 シュート数で見ても、俺たちのチームは前半6本、後半11本とかなりの量だった。点を取る意識が上がってきているのを感じる。成功率はまだまだ低いが、点を取ることが出来るチャンスを作る意味で言えば大きな一歩だ。


 高揚する気持ちを胸に、俺たちはコートの外に出て控えゾーンに向かう。

 祝福を受けながらも、すぐ次の試合へと気持ちを切り替えていくのだった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る