128 停戦

 私は王都アレリアの武装使節団の陣で馬を借りると、白旗を揚げながら街の北口にある共和国の陣へと進んでいく。さすがに白旗を揚げているから攻撃されることはなかったが街の中央を超えたところで馬を止められた。


「そちらの指揮官に伝令です」

「指揮官殿に……? 良いだろう入れ!」


 そうして幾人かの兵士に先導され、私は共和国ライエスタの陣へと馬で乗り入れた。

 それから指揮官の天幕へと案内される。


「王都アレリアからの使節団長、アルベール・オーベルさんの命のもと参りました」


 天幕に入る時にそのように告げる。

 中へ入ると指揮官らしき女性がイアさん達パーティと一緒に居た。

 イアさんがこちらを見てニヤリと笑う。


「ご苦労、それで? ようやく話し合う気になったということですかな?」

「はい。即座に停戦し、王都アレリアまでご招待するよう命を受けています」


 私がそう言うと、「なんと!?」と驚いた様子を見せる女性指揮官。

 無理もない。開戦までしておいて今更停戦と王都までの招待をセットで提案してくるなんて面の皮が厚いとしか言いようがない。

 だがしかし、開戦してしまった王都アレリア側としては、停戦してごめんなさいという他にないのだ。


「停戦は受け入れましょう。元々私達にはやる気のなかった戦いだ。

 だがしかし、事情説明なしにこのまま王都へと同行することはできません」

「そうですか……そちらに被害は出ていたのでしょうか?」

「いや……それは……本格的に開戦してからというもの数日間、ほぼ勇者ファルゲン殿が前線に出て相手側を前に出さぬよう頑張っていたのでな。こちら側の被害は全くと言っていいほどない」

「なんと……あの神級冒険者の勇者ファルゲンさんが……!? 御老体だと伺っていましたが……」


 私が驚くと、イアさんが話に加わってきた。


「それがさセーヌさん! あの爺さん70過ぎてるくせにほぼ現役だよ! 私達も最初はびっくりしたもんさ!」

「そうなのですね……神級冒険者は皆さん凄いのですね」


 私が先程のラフバインさんの活躍を思い起こしそう言うと、女性指揮官が「イアさん達とお知り合いで……?」と聞いてきた。


「うんまぁね! 一緒に即帝領の未踏領域探索とかをした仲です! こちら特級冒険者のセーヌさん! あと上級冒険者ギルド受付もやってるよん」


 とイアさんが私を紹介する。


「セーヌです。よろしくお願いします」

「特級冒険者でギルドの受付嬢ですか? それはまた……」


 おかしな組み合わせだと思ったのだろう。女性指揮官は目を丸くしている。


「失礼……共和国ライエスタの使節団長のライラと申します。こちらこそよろしくお願いします」


 女性指揮官が首を横に振ると、自己紹介をしてくれた。

 ライラさんというのか。共和国では高位な人物に姓が付いたりはしないのだろうか?

 それともライラさんがたまたま平民出身なのかもしれない。

 気にはなったが今聞くことではないだろう。


「ライラさん、停戦を受け入れて下さり有難うございます。

 それでは私は停戦を知らせる為に一度陣へ戻ります。事情の説明は追ってさせて頂きます」

「分かりました、お気をつけて」


 私はペコリとお辞儀すると、共和国指揮官の天幕を出た。

 そして再び馬に跨り、王都アレリアの武装使節団の陣へと戻ると、アルベールさんに停戦合意がなされたことを報告する。


「それは……良かったです。そういえばあちらの陣営にいらっしゃるはずの聖女様はご無事でしたか?」


 と私にアルベールさんが私に聞く。


「聖女様……ソラさんのことでしょうか? はいお元気そうでした。あちらの陣営には勇者ファルゲンさんがいらっしゃるそうで、前線にほぼ出て被害を余り出さないようにしてくれていたのだとか……」


 私がそう言うと、「勇者ファルゲン殿が? まだご存命でしたか」とラフバインさんが反応する。


「はい。齢70を過ぎてまだ現役なのだとか……」

「ほほう。それは是非お会いしたいものですな」


 そうラフバインさんが神級冒険者同士の邂逅を望む。


 陣ではラフバインさんにやられて無力化されていた兵が、ようやく態勢を整え始めていた。

 そしてアルベールさんが撤退を指示すると、前線の兵はじりじりと後退を始めた。


 1時間ほどかかって陣に全軍が収容されると、私はアルベールさんにあちらの指揮官ライラさんの言い分を話した。


「なるほど、事情の説明なしにほいほいと王都へ付いてきてくれる気はないと……」

「はい。アルベールさんに王都での事情をお話します」


 私とリエリーさんとで王都で起きたことを説明していくと、次第に事態を把握していったアルベールさんが「では、サトゥルヌス家はまだ……?」と私に聞いた。


「はい。サトゥルヌス家の暗躍はまだ続いています。

 しかし指揮官であるアルベールさんに刃向かったコムギー家の参謀とは違い、直接的に王や議会に仇なしたわけではありませんので、処分されるかは微妙な線です……」

「そうですか……」


 アルベールさんが考え込むように自身の顎を撫でる。


「そういえば、コムギーさんはどうしましたか?」


 私は気になったので聞いてみた。


「あぁ……一応魔法使いに治療させて、縛り上げてあります。切断面が綺麗だったおかげで両手も無事くっついたそうです」

「そうでしたか……」


 覚悟はしていたが、どうやら私は今回も人を殺さずに済んだらしい。

 無事にアルベールさんを傷つけることなく助け出せたのだから、仮にコムギーさんが亡くなっていたとしても私はやるべきことをやったのだ。

 そう自分に言い聞かせる私だったが、実はあれからずっと少しだけ手が震えていた。

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