120 リードリヒ・サトゥルヌス
貴族街の中央東よりに位置するサトゥルヌス家についた私達。
「どうぞお入りくださいませ」
カロルさんが別の執事にドアを開けさせると、先導して私達を屋敷内のいずこかへ誘う。
もしカロルさんのような暗殺者が複数潜伏していれば私達の身が危うい。
念のため屋敷中に鑑定をかけてみるべきだと思った私は、鑑定を実行した。
だが特にそれらしい人は鑑定索敵にかからなかった。
代わりにサトゥルヌス家の人を一人見つける。
【リードリヒ・サトゥルヌス】
【人族。男性】
【上級貴族S】、【上級剣術B】、【上級体術B】、【上級風魔法B】、【鑑定B】、【元素感知B】、【元素操作A】、etc……。
「そんなにご心配頂かなくとも大丈夫でございます。私も主の命令なしに襲ったりはしませんのでご安心を」
二度目の鑑定合戦をすることなく鑑定を受け入れたカロルさんがそう言って私に安心するよう促すが、顔がまるで笑っていないのが気になる。
主の命令があれば即座に私達を襲うということではないか。
そうして私達は応接間に通されたようだ。
白い鹿の剥製が部屋の中央の壁に飾られている。
「それでは若様を呼んでまいりますので、少々くつろいでお待ち下さい」
カロルさんが去り、10分ほどして誰かが部屋に入ってきた。
青色の髪をした若い男性だ。
「よくお出で頂きました、セーヌさん。それにラフバインさんまで」
私達は立ち上がり、サトゥルヌス家の人に対応する。
カロルさんの主らしき若い男性が私達の正面に座り、私達にも座るよう促したので座った。
ラフバインさんは立ったままだ。
「お初にお目にかかります。リードリヒ・サトゥルヌスと申します。
それで……西方で『エンプレス』を討ったと噂の特級冒険者であるセーヌさんが、神級冒険者のラフバインさんと一緒に、当家にどのようなご要件で?」
聞かれ、私は単刀直入に聞くことにした。
「話はあなた達開戦派に関してです。どうか共和国ライエスタに対する開戦の意向を撤回しては頂けないでしょうか?」
「ふむ……」
リードリヒさんが目を瞑る。
そしてしばらくして目を開いた。
「率直に申し上げて、ご要望には応じかねます」
「何故ですか? サトゥルヌス家が食料危機を起こそうとしているのはなんとなく察知しています。もしそんなことになれば、アレーリア王国中が飢えに直面するのですよ?」
「……しかし、我々や農村部の者達はそうではありません。いくら金になるからと言って自分達の食べる分まで売ってしまうような愚か者は多くありませんから」
「それはそうかも知れません……では農民たち以外には死ねとおっしゃるのですか?」
「何もそこまで言おうというわけではありません。ただ私達食糧生産を担う者達にも少しは日の目を見させて頂きたいと考えているに過ぎません」
「では、食糧生産者たちの待遇改善が目的だと? そうおっしゃるのですか? ですがその為に戦争などと、私には理解できません。到底認めることは出来ません」
「しかし、それくらいのことをしなければ現実は変わらない……そうでしょう?」
リードリヒさんは語気を強く締めくくる。
それでは食糧生産者の待遇改善の為に、リオネスベルクで戦争を起こさせようとしているというのか? 例えそれが重要な課題だったとしても、戦争で解決しようだなんて間違っている。
「私は、到底待遇改善のための戦争など認めるわけには参りません……! それだけのことができるのならば別の策を探るべきでしょう」
「ふむ……平行線ですな。どうやら我々の考えは相容れないようだ。ご要件がそれだけでしたらお帰り願いましょう」
そう言ってリードリヒさんが立ち上がろうとする。
「まぁ待ちなさい。もしアレーリア王国と共和国ライエスタとで戦争になれば、冒険者ギルドはライエスタ側に付くと態度を明らかにしている。それについて何の障害もないとお考えか?」
ラフバインさんが睨みを利かせる。
カロルさんも得物を手にしようと懐に手を伸ばす。
「おぉ怖い怖い……かの剣神殿にそうも凄まれては、私どもは蛇に睨まれた蛙ですよ。今はあくまで話し合いの場……実力行使はご勘弁願いたい。そうでしょう? セーヌさん」
「それは……はい」
私が答えると、リードリヒさんが話を続ける。
「まぁその上での話ですが、もし本当に冒険者ギルドがライエスタ側に付くとなれば由々しき事態です。そうなる前に各地の冒険者ギルドで芽を摘む必要性があるかもしれませんな。
例えば各地を束ねるギルドマスターにご退任頂くとか……」
「な……! 冒険者ギルドマスターに手を出すおつもりですか!?」
「何も全員とは言いませんが、今回の開戦派の動向を探る依頼はセーヌさんの故郷であるセーフガルドで発せられたものだとか……各地のギルドマスターを扇動したその方の首を取るというのも一つの手ですなぁ」
「……! ホウコさんに手出しはさせません!!」
私が立てかけておいた大剣に手を伸ばそうとした時、
「おっと……話し合いの場だったはずですな……?」
リードリヒさんが確認するように言う。
もう既にカロルさんも得物に手を置いている。
ラフバインさんも剣に手を添えていた。
ネルさんは杖を持ったまま座っていて、リエリーさんも横に置いた剣に手をかけていたので、まだ帯剣していないのは私だけだ。
「ホウコさんに手を出すというのならば、この場で貴方を無力化させて頂きます!」
そう言うと、私は大剣に手をかけた。
「怖い怖い……止しましょう、例えばの話だ。貴方の直属の上司であるセーフガルドギルドマスターのホウコさんの命を狙うのは、戦略的に考えてありな話なだけです。誓って今のところ実行していないことをお約束しましょう」
「信用できません……! やはりここで無力化させて頂きます!」
私が大剣を構え、その切っ先をリードリヒさんの首に添えた――その時だった。
カロルさんの苦無が、私の右手に座っていたリエリーさんとネルさんを襲い来る。
「やはりそうくるか!」
とラフバインさんがカロルさんとリエリーさん達の間に割って入ると、カロルさんの苦無を剣で受けた。
「カロルさん待って下さい! リードリヒさんは私が大剣を引けば首が落ちますよ!?」
必死に人質を取ったつもりで脅すがまるで効果がない。
カロルさんはラフバインさんと剣戟の応酬を続けていた。
どうしてだろう。主を人質に取られてまるで動じていない。
私は違和感を感じてリードリヒさんを鑑定する。
「!?」
それで即座に違和感の元に感づいた私は、リードリヒさんの首をそのまま大剣で落とした。
しかし――、
「フフフ……ハハハハハ!」
笑うリードリヒさん。その姿は幻影のように曖昧となっている。
「幻影魔法!? そんな馬鹿ないつ入れ替わったのですか!?」
ネルさんが驚きの声を上げる。
「恐らくは最初からです。私が屋敷に入った時にはたしかにリードリヒさんが索敵出来ていましたが……! 幻影を作り出している魔導具は……!」
私は更に鑑定を部屋中に張り巡らせる。
「そこですっ!」
神速の一撃を放つ私。
私の攻撃によって、白い鹿の剥製の首が落ちた。
そして消える笑うリードリヒさんの幻影。
「これまでにて……!」
カロルさんがラフバインさんの相手を止めると、逃げ去っていく。
追おうとするラフバインさん。
「ラフバインさん。追わなくて結構です」
私は周囲2kmほどに元素を広げていく。
続々と鑑定にかかる貴族たち。
しかし、リードリヒさんの反応がない。
もう既に2km以上離れた場所に移動しているらしい。
無論、カロルさんを追っていけばリードリヒさんの元へ導いてくれるのかもしれないが、そこまで超級暗殺者は甘くないと思った私は、カロルさんの索敵を止め、ため息を大きく吐いた。
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