105 天狐との修行

 私達は一夜を天狐ツバキさんの元で過ごした。

 さすがにお風呂を借りてさっぱりしつつとは行かなかったが、しかし毛皮の絨毯の上で毛布に包まって安眠できた。


 翌朝。まだ早い時間に私達はツバキさんに起こされた。


「ほれ、起きろ起きろ! そなた達に修行をつけてやるでの!」


 笑顔でフライパンを叩いて鳴らすツバキさん。私達は寝ぼけ眼で起き上がった。

 そして外へと出る。


「まずはリエリー。そなたは何を教えて欲しい?」

「はい。エンチャントと特級片手剣術を出来れば……」

「良いじゃろう。ではネル、そなたはどうする?」

「えーっと私は超級炎魔法の無詠唱化を知りたいかなって……」

「ふむ……まぁいいじゃろう。だが上手く行かんかもしれんぞ。態々無詠唱化を教えてほしいということは既に試して見た後じゃろう?」

「それはまぁ……はい……」

「ふむ、良かろう。無詠唱化は無理でも詠唱時間の短縮くらいはできるじゃろうて……で、最後にセーヌ、お主には超級大剣術を教えようと思う。力任せにぶった斬るのも良いんじゃが、そろそろ技術を磨いて貰わんとな! ほほほ!!」


 楽しそうにツバキさんが言い、「まずはリエリーじゃ!」とリエリーさんに特級片手剣術と武器強化を教え始めた。

 そして暫くしてネルさんに何やら詠唱短縮方法を教えたようで、ネルさんが必死に超級炎魔法の詠唱句をぶつぶつと呟いている。

 更に最後に私に向き合うとツバキさんは言った。


「超級大剣術の方はこちらの技を見せんと教えようがないのぅ。儂も大剣を使うのは久しぶりじゃ!」


 と言いながら、鈍い音を立てながら魔法を発動した。

 天狐ツバキさんの左腕付近の空間が歪む。

 ツバキさんはその空間の歪みに右腕を突っ込むと、ずるずると長大な大剣をそこから引き摺り出した。美しい装飾の施されたそれは私のシンプルなミスリルの大剣とは違うが、業物に見える。


「さて、始めに言っておくが武器を持つ分以外の身体強化は禁止じゃ。

 神速はクアンタを使わぬところまでとする。

 主の場合、大剣術そのものを鍛える必要性があるからのう。技術を磨くのじゃ!」

「はい!」

「まず始めに、超級以上の大剣術ならではの技がある。それが剣圧波じゃ」


 ツバキさんが虚空に大剣を振った。

 するとどうだろう。大剣に元素力を這わせていたわけでもないのに、空気を大剣の剣戟が伝わっていくのを感じられた。


「このように、大剣の質量あってこそ、神速の太刀筋あってこその技じゃ。振ってみぃ」

「はい……!」


 私は見様見真似で大剣を振る。

 空気を断つように、質量を乗せるように……。

 一度目ではちょろっと剣圧が乗る程度、二度目でははっきりと、そして三度目で剣圧波が大分出せるようになった。

 数メートルとはいえ大剣で遠隔攻撃ができるようになったのはきっと凄まじく大きい。


 それを見た天狐ツバキさんが驚きの顔を見せる。


「なんと……! 見様見真似でこんなに早くできるようになるのかえ!?」

「はい。研修生Sがあるので、教えて頂いたことは飲み込みが早いのです」

「研修生S? 聞いたことのないスキルじゃのう……」

「天狐様もご存知ではありませんか?」

「うむ、初めて聞くスキル名じゃ」


 私が剣圧波の練習をしていると、天狐様が私に鑑定を仕掛けてきた。

 鑑定合戦に負けるのもなんだったので、必死に妨害してみることにした。

 無論、剣圧波の練習をしながらだ。


 しばらくして結果が出る。


「ふわぁ儂の負けじゃ……! お主鑑定妨害Sを持っておるの!」


 疲れ切ったらしいツバキさんが負けを宣言する。


「はい。研修生Sの効果で鑑定妨害もSランクを獲得しています」


「なんじゃー! 本気で抵抗しよってからに! 研修生Sとやらを鑑定してみようと思ったのじゃがの! どんな鑑定文の出るスキルなんじゃ?」

「はい。鑑定ではただ、『研修する』と出ます」

「それは……きっと強力なスキルじゃな。

 短文であればあるほど隠された効果があるものじゃからの」

「はい。教えて頂いたスキルは全てSランクになる効果があります」

「なんと!? それは末恐ろしいスキルじゃのぅ……!」


 他にも教えて貰っている最中に失敗しないというのがあるが、それは黙っておくことにする。

 練習の結果、剣圧波の方ははっきりと出せるようになっていた。


「ふむ、寸止めありでちょっと戦ってみるかの?

 しかし剣圧波は加減できんからの。あれはなしじゃ」

「はい!」


 私は天狐ツバキさんと向かい合う。

 始めに動いたのはツバキさんだった。

 神速からの水平斬り。

 私はそれに同じく水平切りをぶつける。

 ガゴン! と鈍い大きな音を立ててぶつかる金属塊である大剣同士。

 そうして鍔迫り合いの後、距離を離して再びの激突。

 袈裟斬り、縦斬り、そして突き。

 離れては接近し、離れては接近しと何度かの激突を繰り返し、私達の大剣術はその技術を醸成させていく。


「ここまでじゃ! これ以上はただの殺し合いになってしまうからのぅ」


 ツバキさんがそう宣言し、寸止めありの戦いはそこまでとなった。


「はい。有難うございました!」

「うむ。恐らくは超級大剣術を伝授できたじゃろうて。これもSランクになるのかのぅ。ほんに末恐ろしいスキルじゃ」


 ツバキさんは言いながら自身の大剣を再び空間の歪みへと収納する。


 私としては、その魔法も教えて欲しいです! と言いたいところだったがぐっと我慢した。


「天狐様はどのくらいの超級スキルをお持ちなのでしょう?」


 私は気になったことを聞いてみた。


「さぁ数えてみたことはないのう。ただ現代で知られているほとんど全部の武器術を超級で保有はしておる。魔法もまぁ似たようなものじゃな。じゃが魔法は稀にとんでもない複合魔法が生み出されたりするものじゃから全部とはいかんの。職業スキルも然りじゃな。錬金、鍛冶、料理などなど全部超級以上じゃ、故に儂を超級コレクターと呼ぶ者もおる」

「超級コレクターですか……では、それ故に議会に顔が効くのでしょうか?」


 気になったのでこちらも問う。


「気になるかえ? それはまぁ様々あるのぅ。

 昔から冒険者ギルドの相談役をしていたのもあるが、武勲で知られる貴族にはお主ら冒険者のように手ほどきをしたり、母が危ないところを儂の錬金術で作った薬で救ってやったことがあったり、またとある魔導具コレクターをしておる貴族にはお手製の魔導具を売ってやったりじゃ。とにかく儂は王都アレリアでは昔から色々なことをしてきた。故に議会ではそこそこ顔が効くんじゃよ」

「なるほど……」


 私は天狐様が王都アレリアで、一流の冒険者ばりの活躍をしているのを聞いて驚くほかなかった。それならば議会で顔が効くのも納得の一言だ。

 そんな人に修行を付けて貰ったことを私は嬉しく思った。

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