104 山頂に住まうもの

 山頂には家が一軒だけ建っていた。

 さすがにすぐ近くにはフレちゃんさんの巨体が降りられそうにない。

 ちょうど山頂から少し降りたところに開けた場所を見つけた私達は、その場所へと降り立った。


「さぁここがかの天山だ。我も訪れるのは500年ぶりほどか……彼の者は元気に過ごしているだろうか?」


 フレちゃんさんが翼を下ろし、私達もフレちゃんさんの背から降りた。


「フレちゃんさんもご存知のお方なのですか?

 冒険者ギルドの相談役として、王都アレリアの議会にもかなり顔が効く人だと聞いてはいますが……」

「あぁ……まぁ会いに言ってみれば分かるさ。我はここで休んでいる」


 そう言うとフレちゃんさんは瞳を閉じた。


「うんうん、お疲れフレちゃん!」


 ネルさんがフレちゃんさんを労うように撫でる。


「では、参りましょう!」


 私達3人は山頂の家へと向かった。

 少し登って山頂へ着くと、住人らしき女性が外にいたらしくすぐに私達に気付いた。


「やぁやぁよく来てくれたの」


 見れば、亜人らしく頭の上から耳が生えている。

 そして尻の付近からは尻尾も生えていた。

 年齢はまだ10代後半の少女に見えた。

 やはり……。


「あなたが冒険者ギルドの相談役を務めてらっしゃる、天狐様でしょうか?」


 私は亜人の女性に聞いた。

 ミサオさんと錬金術を行う際に貸して貰った団扇、天狐の風扇。

 その作成者が彼女なのだろう。


「うむ、間違いなく儂が天狐じゃ。名をツバキと言う。よろしくな」


 天狐ツバキさんは自己紹介すると、紫色の体毛に覆われたその耳をぴょこぴょこと動かした。

 その背まである長い髪も同時に揺れる。


「私は冒険者ギルド受付のセーヌと申します。どうぞよろしくお願いします」

「上級冒険者のリエリーと申します!」

「同じく上級冒険者のネルです!」


 私達もツバキさんに自己紹介すると、


「フレイムエンドも来ておるのだろう?」


 とツバキさんが言った。


「はい……お知り合いですか?」

「あぁ……昔は良く茶を飲み交わしたものじゃ」

「はい? お茶をですか?」

「あぁ、そうじゃ! なんじゃ奴から聞いておらんのかや? 奴には1000年以上前に変化の術を教えたはずじゃがの……?」


 ツバキさんは小首を傾げる。


「はぁ……フレちゃんなら疲れたみたいで休んでますけど……」


 ネルさんが不思議そうに答える。

 どうやらネルさんも『変化の術』とやらのことは初めて聞いたらしい。


「そうかそうか、まぁ元気なら良いんじゃ!

 なにせあの死鳥と一戦交えておったじゃろう? 心配しておったのじゃ」


 ツバキさんはそう言うと私をジロジロと見始めた。


「儂は遠くから見て・・おっただけじゃが、主が死鳥に致命打を与えたじゃろう?

 さすがの一撃じゃった。超級冒険者と見受けるが、どうかや?」


 ツバキさんが私に問う。


「いえ、私はしがない特級冒険者です……」

「ほほう。あれだけの一撃を放って置きながら特級冒険者とな……?」

「はい。超級武器術も持っておりません」

「ふーむ。では身体強化と武器強化のみであの一撃を放ったと?」

「はい」

「なるほどのぅ……では儂には超級大剣術を習いに来たのかえ?」

「はい? いいえ、実は……」


 私は天狐ツバキさんに事情を説明する。


「というわけでして、議会に顔が効くという天狐様にご足労頂きたく……」

「ふむふむ、魔族はともかく共和国と開戦しそうな状況とは知らなんだ……」


 ツバキさんが考え込み、リエリーさんが指回しをしながら聞く。


「天狐様はこの状況、どのようにお考えになりますか?」

「はてのぅ、儂は議会に顔は効くが、情勢に聡いわけではないからのう……じゃが共和国に仕掛けるとなればそれ相応の理由がいる。それがリオネスベルクで起こるのを待っているのかもしれんの? ちょうど共和国からの使節団が訪れるのは今年のはずじゃからの」


 ツバキさんがそう答えると、リエリーさんはピンときたようで魔女帽子を深く被り直して言う。


「では、リオネスベルクで使節団同士がぶつかり合うのを待っていると……?」

「うむ。有り得る話じゃ。リオネスベルクでなんらかの嫌がらせを仕掛けて……の?」

「なるほど……それならばこのリエリー、納得がいきます」


 リエリーさんが答えを得たようだった。


「それで、議会の説得の為に天狐様に王都までご足労頂きたいのですが……」


 私が彼女の顔色を窺うように聞くと、「ああ、それは構わんよ」とツバキさんは笑顔を見せる。


「なに、久方ぶりにニールの小僧の顔でも拝もうと思っていたところじゃ、王都で仕入れたい品もあるしの」

「はい? ニールさんですか?」


 私が知らない名前が出てきたので首を傾げる。

 するとリエリーさんが「王様のことですよセーヌさん!」と小声で教えてくれた。

 なるほど、ツバキさんにとってみれば王様も小僧というわけか。


「では、今から王都までご足労頂けますか?」

「それはやめておこう。もう夜も遅い。小さい家じゃが三人くらいならなんとかなるじゃろう。今夜は休んでいきなさい」


 ツバキさんがそう諭すように言った。

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