94 日曜教室にて

 ミサオさんの工房を訪れた次の日、私はリエリーさんを誘うため朝から南区にある教会を訪ねた。小さな教会内には既に子どもたちが9人ほど集められていて、その中心にはリエリーさんがいた。


「良いですか、草原スライムの大ジャンプ攻撃はバックステップで躱せます。その隙に縦切りや袈裟斬りを打ち込むのです」


 どうやらセーフガルド郊外の草原でのスライム狩りの話をしているらしい。

 私は暫くの間、リエリーさんが子どもたちに囲まれているのを見ていた。

 すると、話が一段落したのかリエリーさんがこちらに気付いたようだ。


「セーヌさん! どうしてこちらへ?」


 リエリーさんが私を見つけて近寄ってくる。

 子どもたちも一緒に私の方へと駆け寄ってきた。


「リエリーさん。実は王都アレリアへ行くのにリエリーさんを誘いに来たのですが……」

「リエリーお姉ちゃん。この人はだぁれ?」


 リエリーさんの右手にいる女の子が私のことを聞く。


「この人はセーヌさんと言って、お姉ちゃんの仲間です! なんとセーヌさんはこの若さで特級冒険者なんですよ! それに冒険者ギルド受付としての顔も持っている優等生さんです」

「へぇ……姉ちゃんすげーんだな! もしかしてその大剣を使うのかよ?!」


 勝ち気そうな男の子が一人、そう言って私の大剣を指し示す。


「はい。この大剣は新調したばかりですが、大剣を使いたくさんの敵を倒してきました」

「へぇ……すっげーな。ちょっと持ってみても良い?」

「構いませんが……とても子供に持てる物ではありませんよ」


 男の子の前にミスリルの大剣を取り出す。

 彼は大剣の柄を掴むと持ち上げようとする。

 しかしびくともしない。


「うお……超重い……こんなの持ち歩いてるなんて姉ちゃんもすげー冒険者なんだな!」


 男の子が胸の前で両手を握る。興奮を隠しきれないようだ。

 すると教会の中年シスターがやってきた。


「これこれ……お客さんにあまり構うものではありませんよ……リエリーさんお客さんのようでしたら私の方で暫く子どもたちを預かりますので……」

「はい……申し訳ありません! よろしくお願いします!」

「さぁ……みんなこっちへいらっしゃい」


 シスターに連れられ、子どもたちが教会の前の席へと行く。

 私とリエリーさんは話をする為に教会の後部席へと腰を落ち着けた。


「それで……王都アレリアでしたか?」

「はい。近々王都アレリアへ発とうと思うのですが……リエリーさん。ご一緒していただけませんか?」

「そうですね……。日曜教室の依頼が終わるのが来週ですから、その後で良ければ」


 リエリーさんは人差し指をくるくると回しながらそう答える。そして続けた。


「やはり開戦の件ですか……?」

「はい。ご察しの通り。王都のレイナ姫から手紙が届きまして、開戦派の動向を探って欲しいとのことです」


 私が伝えると、リエリーさんは顔色を曇らせた。


「開戦派が存在するのですね。それは魔族とのですよね?」

「はい。詳しくは知りませんが恐らくは魔族との戦いだと思います」

「北の国ライエスタとの戦争ではないのですよね?」

「はい……? なぜ彼の国との戦争を?」


 私が訊くと、リエリーさんはくるくるとしていた指回しをピタリと止めた。


「セーヌさんはご存知ないかも知れないのですが、実はここ一週間ほどリオネスベルクに王都アレリアからの使節団が集まっているとの噂なのです」

「王都アレリアからの使節団ですか?」

「はい。名目上はそのように。しかし明らかに武装している集団らしく……冒険者の間で北の国ライエスタとの開戦が近いのではなんて噂が昨晩一度流れたのですよ」


 私は話を聞いて絶句してしまう。

 まさか北の国ライエスタとの関係がそこまで芳しくなかったとは……。

 いや、魔族との戦いが上手くいきそうにない矛先を北の国に向けたというのが正しいのかもしれない。こればかりは調査してみないと何とも言えないだろう。


「では魔族との戦いが無しになった矛先を、北の国へと向けようと動いている開戦派がいると……リエリーさんはそのようにお考えなんですね?」

「はい。そうなります。事は一刻を争うかもしれません」


 リエリーさんがそう言って自身の顔を覆うように魔女帽子の鍔を下げた。


「それでは私達は王都へ行くのが良いのでしょうか? それとも自体の収拾を図るためにもリオネスベルクへ向かうのが良いのでしょうか?」

「リオネスベルクにいるという使節団は武装しているとはいえ、所詮は使節団です。使節団を影から操る者が王都アレリアにいると考えるのが無難でしょう。ですから我々は王都アレリアへ向かうのが良いと思います」


 リエリーさんがきっぱりと言い切り方針を決める。


「ではそのように……一週間後に王都アレリアへと発つこととしましょう」


 私が何度か頷くように言い、リエリーさんが「分かりました」と答えた。

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