80 魔王の真意
「なんでもこの度の姫様のご視察では、王都から前線を上げよとの命を受けているとか……。
それと此度のゴブリン討伐における前線の移動とも捉えられる魔族領領域の侵犯……。
決して偶然とは思えません」
「それは……」
レイナ姫が返す言葉もなく口を噤む。
「私達魔族としましては、これ以上の魔族領の侵犯は決して許せるものではありません。
人族が――アレーリア王国が戦いを望むというのであれば受けて立つ所存です」
魔王アルケニアはそうきっぱりと言い切る。
そして私達の顔色を窺ってくる。
「ですが……どうやら件のゴブリン討伐における領域侵犯は本当に緊急時の対応であったと、冒険者ギルドからのレイドクエストが発布されたことからも確かです。
ですので我々魔族としましては、今回の一件は手打ちとし、人族の方々とは友好的関係を結んで行きたいと考えています……」
魔王アルケニアの言を聞き、ほっとするように胸を撫で下ろす私達。
「友好な関係を築きたいというそのご意思、私も賛同いたします」
レイナ姫がそう言って話を続ける。
「私もまだこちらへ視察へ訪れて期間は短いですが、本来魔族領出身の亜人族やエルフ族がフランシュベルトでは多く生活を共にしています。その様子を見て、私は前線を上げよという王都の命、及び、アレーリア王国としての悲願であった魔王討伐をも、現状に即して変えていかなければならないことだと考えを改めました……。ですから今回の会食もお受けしたのです」
レイナ姫が決断をしたような瞳で魔王アルケニアを見る。
「では、レイナ姫様は王都へそのご意見を持ち帰って下さると……?」
魔王アルケニアが問う。
「はい。そのようにしたいと考えています……いえ、そのようにするとお約束しましょう」
そう契るレイナ姫。
魔王アルケニアは姫の言い分を聞いて、嬉しそうに口角を上げた。
「まぁ……それはそれは本当に有難いことです。
長きにわたる魔族と人族との戦いも終止符が迎えられそうですね」
手を合わせて喜ぶ魔王アルケニア。
「さぁ……スープが冷めてしまいますわ。先に食事を頂きましょう」
魔王アルケニアの勧めもあり、私達は食事に集中することにした。
∬
会食は無事に終わり、私達は紅茶を飲んで一服していた。
「それでは、私達はこれで失礼します」
レイナ姫がそう言って立ち上がる。
レェイオニードさん、リネスさんと続き、私も立ち上がろうとしたのだが……。
「セーヌさんには別途お話があります。残っていただけますか?」
とナーゼさんが言った。
内心私はそうだろうと思っていたので、その誘いを受けることにした。
「はい。申し訳ありませんレイナ姫、先に宿へ帰っていて頂けますか?」
「えぇ……分かったわ。気をつけてねセーヌさん」
「はい」
そうしてレイナ姫達3人が店をあとにし、私は一人残され魔王アルケニアとその護衛ナーゼさんに向かい合っていた。
暫く黙っていると、魔王アルケニアが切り出した。
「セーヌさん。お気づきですか?」
「はい」
そう言って私はナーゼさんの方を見た。
「エルミナーゼさん……でしょうか?」
「やれやれ……やはりお気づきでしたか……」
そう言って、ナーゼさんがマスクを取る。
するとエルミナーゼさんの顔が現れた。
「やはりそうでしたか。何度、鑑定で確認しようかと思ったか分かりません。
それにしても、何故エルミナーゼさんが魔王様の護衛を……?」
「フフフ……もうやめにしましょうセーヌさん」
魔王アルケニアがそう言って笑う。
その口調は少し先程までとは違い和らいでいて、聞いたことのある口調だ。
ということはやはり……。
「ミサオさんですか?」
私が問うと、魔王アルケニアはマスクを外す。
そこには私がよく知るセーフガルド錬金術師のミサオさんの姿があった。
「お二人は魔王と護衛のフリをされていたのでしょうか? それとも……」
「まぁセーヌさんフリをしていただなんて酷いです。私、れっきとした魔王なんですよ?
なんなら鑑定してみたらどうですか?」
ミサオさんがそう言い、私はお言葉に甘えることにした。
「では、失礼します」
ミサオさんを鑑定する。
だがそんなことは何度もしたことがあった。
ただその度に鑑定妨害されていたのだ。
それは今回も同じだった。
ミサオさんと鑑定妨害の攻防を五分ほど続け、そしてやっと鑑定結果が出た。
『――鑑定一部失敗しました』
【ミサオ】
【魔族、女性】。
【魔王S】、【?級闇魔法S】、【神級錬金術師S】、【?級鑑定妨害】、etc……。
「ふぅ~セーヌさんさすがです。鑑定妨害合戦少し負けてしまいました」
ミサオさんがそう言って額を拭った。
「やはり……本当に魔王様なんですね。ミサオさん」
それも魔王スキルはSランクを獲得している。
そして最上級の神級錬金術師としてもSランクの腕前を持っている。
彼女は、ミサオさんは魔王で間違いないだろう。
「はい。私、魔王としての名をアルケニア、本名をミサオと申します」
聞きたいことは山ほどある。何を聞けば良いのだろうか?
「何故、このようなことを?」
「会食のことですか? 魔王としての責務ですよ」
「では何故、私に教えようと思ったのですか?」
「それは……セーヌさんは大切なお友達ですから」
ほがらかな笑顔で答えるミサオさん。
嘘をついているようには思えなかった。
そもそも知られたくなければ、私を会食に招待しなければいいだけだ。
私はナーゼさんがエルミナーゼさんだと薄々感付いていたが、それはレェイオニードさん辺りも同じかもしれない。
「でもこの事は秘密でお願いします。
フランシュベルトを治めるゲンゾウの姪が魔王であるだなんて知れたら、王都は大変な事になってしまいます。既にフランシュベルトが事実上、魔族の支配下にあっただなんて、口が裂けても言えません」
「はい。お約束します」
言えるわけがない。それにもし言えたとしても誰も信じてはくれないだろう。
「しかし、ゲンゾウさんを鑑定すれば分かることなのでは?」
「はい。叔父上も高位の鑑定妨害持ちなので、そうそう見られることはありませんよ」
ミサオさんが答え続ける。
「それにですね、セーヌさん。鑑定S持ちを他にご存知ですか?」
「いえ……」
鑑定Sは上級冒険者ギルド受付スキルに付随して付いてきたスキルだ。
他に鑑定S持ちがいるかなど知らないし、他の人に聞いたこともない。
「鑑定Sは魔族では昔から神の眼と呼ばれています」
「神の眼……」
「大変貴重なスキルなんですよ。
ですから私達を魔族であると看破できるのはセーヌさんぐらいしかいないでしょう」
ミサオさんがそう言って笑う。
「とにかく、ミサオがセーヌさんに正体をばらすと決めたのです。
この責任はすべてミサオにありますので、セーヌさんはお気になさらず」
エルミナーゼさんが立ち上がって続ける。
「さて、これ以上はなにかあったのかと心配されるでしょう。
セーヌさん、馬車はありませんが私の馬でお送りしましょう」
エルミナーゼさんが再びマスクを着ける。
「ミサオさんまだ話したいことはたくさんあるのですが……私の元からいなくなったりはしないのですよね?」
私が心配になって確認すると、ミサオさんは「はい。いなくなったりはしません」と答えた。
そして最後に「セーヌさん、そのドレス凄くお似合いです!」と褒めてくれるミサオさんに見送られ、私はエルミナーゼさんの馬に乗せてもらいコルドナードの宿へと戻った。
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