62 姫の冒険の始まり

 会議の後、待っているようにと言われたので、私は一人円卓の間で待ちぼうけを食らっていた。紅茶こそ出してもらえていたが、場慣れしていない場所でのお茶だ。

 紅茶を出してくれた見知らぬメイドも側に控えていて、とてもだが緊張で味など分かったものではなかった。


「お待たせしました」


 紅茶が冷え切る前にすべてを飲み終えて程なくして、レイナ姫が戻ってきた。

 立ち上がって応対する私。


「さぁ、冒険をはじめましょう!」


 先程までのドレス姿とは違い、冒険者風の出で立ちとなったレイナ姫はそう言って、私の両肩にぽんっと手を添えた。


「……冒険ですか?」

「そうよ。冒険よ、冒険。

 あ、セーヌさんでしたよね? 私も友のようにくだけた口調で話すことにするからセーヌさんもそのようにしてくださって結構です」

「はぁ……善処します」


 いきなりくだけた口調で話せと言われても、そう簡単なものではない。

 相手は紛れもなく王国の姫君なのだ。


「で、冒険よ!」


 私の両肩から手を下ろし、キラキラした瞳で再び私を見つめてくるレイナ姫。

 断ってしまったらどうなるだろうか? と私に少し悪戯心が芽生える。

 しかし、仕事の時間だと自身を抑え込んだ。


「私もここフランシュベルトに来たばかりなので申し訳ありません。

 本日依頼掲示板に張り出されている内容を把握していないのですが……」

「ではまず冒険者ギルドへ行くところからね!

 さぁ、行きましょう!」


 私は姫に背中を押されるようにして、領主城を後にしようとする。

 しかし――、


「――お待ち下さい姫様。私を置いていこうとしても無駄ですよ」


 と背後からリネスさんが円卓の間に現れ、姫と私とを制止した。

 どうやらリネスさんも着いてくるようだ。

 彼女の服装も騎士のそれから冒険者風へと変わっていた。




   ∬




 フランシュベルト冒険者ギルドに付いた私たちは真っ先に依頼掲示板へと向かう。


「初心者向けの依頼があると良いのですが……」

「そうね、初心者向けと言ったら魔獣討伐とかかしら?」


 レイナ姫が楽しそうな表情でそう言うが、私はそれを聞いて頭を振った。


「いえいえ、とんでもありません。まずは薬草採集などの民間依頼を……」


 私がそう言って依頼掲示板を見据えるのだが、レイナ姫は私の言い分を聞いてはいないようにランランとその青色の瞳を輝かせる。


「あ! これなんかどう?」


 レイナ姫が指し示した依頼を確認する。


“Dランク依頼:ゴブリンキングの調査依頼”


「ゴブリンなんて雑魚だからキングっていっても似たようなものでしょう? これにしましょうよ!」


 レイナ姫は早速とばかりに受付に向かおうとするが、私は姫様の腕を取ってそれを止めた。


「レイナ姫様。ゴブリンはゴブリンでも相手はキング。王様です。

 調査依頼とはいえ、とてもではありませんが私達3人でこなせる依頼とは思えません。

 私はこの依頼を受けるのには反対です」


 私がそう言ってレイナ姫を嗜めると、意外にも着いてくるだけだったリネスさんが口を開いた。


「姫様。もしゴブリンキングが本当にいれば、冒険者による大隊を組織しなければ対処できないほどの規模の敵となることもあると聞き及びます。ここはセーヌさんの指示に従った方が良いでしょう」

「そうなのですか、私は大隊規模とまでとは思っていませんでしたが……。いずれにせよ危険な依頼であることは変わりありません。それにDランクの依頼は最低ランクでは受けられませんよ。あ! これなんてどうでしょうか? Eランクの緊急依頼で迷子の犬の捜索依頼です。新米冒険者が良くやる捜索依頼ですね」


 そうして依頼掲示板の該当依頼を指し示す私。

 姫様は残念そうに、「え? 犬を探すの……」と気落ちした様子だ。


「犬がいなくなったのはフランシュベルト西の森で散策をしていた最中とのことです。

 西の森にはどの程度の魔物が潜むのか私も詳しくはありませんが、一般人が散策に赴けるくらいとなれば大した魔物が出現することもないでしょう。これにしましょう!」


 私が依頼を受けるのに太鼓判を押し、姫様の腕を取ると受付へと向かった。

 受付で話を通すと、私が受付業務を交代してレイナ姫とリネスさんの冒険者登録に取り掛かる。


「はい。以上で冒険者登録を完了しました。

 それではこちら冒険者カードになります。大切にしてくださいね」


 程なくして冒険者登録が完了し、冒険者カードを二人に手渡してから迷子の犬の捜索依頼を受諾。手がかりとなる絵を手に、私の荷物を取りに宿へと向かった。


 宿へ着いてすぐ二人に合わせて受付制服から冒険者の装備に着替えると、外で待つ二人に合流。


「お待たせしました」

「待ってました! おぉ~セーヌさんの冒険者姿!」


 レイナ姫が物珍しそうに私の姿を確認する。

 そして山葵色の手甲に目を止めた姫は、「おしゃれですね!」と楽しそうに言った。


「はい。エアムーンシャークの皮革を加工して作った物なんですよ。

 風属性との親和性が高く、私も気に入っています」

「え……! エアームーンシャークってあのおとぎ話に出てくる!?」

「はい。この間サウスホーヘンで遭遇しまして……」


 私がサウスホーヘンでの顛末を説明すると、レイナ姫は一層目を輝かせる。


「あの伝説の魔物を討伐するなんて、セーヌさんは凄い冒険者なのですね!」

「いえ……あの時は師でもあるエルミナーゼさんが一緒でしたから……」


 そう言って背負う大剣をかちゃりと動かすと、「セーヌさんは大剣使いなのですね! こちらでは珍しくないようですが、私は初めて見ました」とレイナ姫が応える。


「私が片手直剣使い、姫は短剣使いですから、前衛は誰でもこなせそうですね」


 リネスさんが私達の編成を分析して右腕の肘を左手で支え、右手を頬に当てながらうんうんと唸る。


「そう言えば、レェイオニードさんはご一緒ではないのですね? リネスさんと同じく姫様付きの守護騎士だったと記憶していますが……」


 私が素直に思いついた疑問を口にすると、リネスさんがはっとする仕草を見せた。


「失礼。言い忘れていました。言付けを頼まれていたのです。

 『セーヌさんと一緒ならフランシュベルト近郊であれば任せて良いと思った。

 姫様をよろしく頼む』、だそうです。

 全く、いくら私に比べて自由が認められているからと言っても、自由が過ぎます。

 守護騎士が姫様に付かないとは、けしからんとしか言いようがありません」


 リネスさんは怒りながら腕を組む。

 それにレイナ姫は、


「けれどあのレェイオニードが信頼する人物なんですもの。

 セーヌさんがきっと物凄い実力を持っているのよ。ね!」

「いえ、私は先日ようやく上級冒険者に昇格できたばかりでまだまだ新米です」

「謙遜はそれくらいで……! では西の森へと向かいましょう!」


 リネスさんが私の肩をぽんぽんと叩き、私達はフランシュベルト西の森へと向かっていった。

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