61 レイナ姫

 ライン騎士団の訓練場の一件から1週間ほどが過ぎ、私は暇を持て余してフランシュベルト冒険者ギルドで働けないかと考え始めていた頃、レェイオニードさんから連絡がきた。


「領主城にて、レイナ姫様がお待ちとのことです」


 ついに連絡が来た。

 私はすぐに支度をすると、一人なのは心もとなかったが領主城へと向かった。

 服は場所が場所なので、冒険者服ではなく受付の服を着ていくことにした。

 装備も宿に置いていくことにする。


 フランシュベルト領主城。

 円卓の間へと通された私は、そこで末席に座りレイナ姫様の到着を待った。


「レイナ姫様、ご到着です」


 円卓の間に付いていた使用人がそう言い、ドアが開かれる。

 現れたのは見事な長い金髪を携えた、青色の瞳の少女だった。


 次いで鎧を着込んだレェイオニードさんが入ってきて、レイナ姫の左横に座った。

 そしてもう一人女性騎士が一緒に来た。その後に続いて、黒髪の男性が一人入ってくる。王族のような衣装に身を包んでいるわけではないが、厳かな空気を醸し出している。あれが領主のゲンゾウさんかもしれない。

 そして男のあとには騎士が何人も入ってくる。

 きっとライン騎士団やそれに合流した王都の精鋭達だろう。


 次々と人が入ってきては着席していき円卓が一杯となり、ついにレイナ姫様が口を開いた。


「皆さんよく集まってくれました。アレーリア王国第2王女、レイナ・アレーリアです。

 この度の視察に関して、お伝え出来る限りの情報をお伝えするつもりです」


 座ったままに王女が名を名乗り、左耳に長い髪を掻き上げた。

 そして、円卓を見回すようにすると、


「まずは自己紹介から始めましょうか。リネス?」


 と笑顔で言った。

 すると、王女の右横に席が用意されていた女騎士が席を立つ。


「それでは私めから。

 王都よりレイナ姫様の護衛の任で派遣されてきた守護騎士リネスだ。

 姫様付きの武官として、レェイオニードと共に姫様の護衛を任されている。

 この度の視察では姫様と共に前線に出ることになるだろう」


 緑色の短髪で凛々しい雰囲気を醸し出しながらリネスさんはそれだけ言うと、レイナ姫の左横に座るレェイオニードさんを見た。


「同じく姫様付き守護騎士のレェイオニードだ。

 俺は冒険者ギルドからの依頼でこの任を受けている点でリネスとは少し趣が違う。

 今回の視察ではリネス同様にレイナ姫様と前線にでるつもりだ」


 レェイオニードさんが自身をそう紹介し、「次は……」と逡巡すると、ゲンゾウさんらしき黒髪の男性が手を上げた。


「では、どうぞ」


 レェイオニードさんに指され、黒髪の男性が席から腰を上げる。


「フランシュベルト領主ゲンゾウと申します。

 ライン騎士団を主導する立場も担っております。

 此度のレイナ姫様の視察では、前線を見たいとのご要望。

 見事果たして見せましょう」


 厳かな空気を醸し出しつつ、男性がそう言ってレイナ姫に礼をする。

 やはりこの男性がフランシュベルト領主のゲンゾウさんで合っていたようだ。


 そして、ゲンゾウさんに続き、ライン騎士団の面々や王都から合流した面々が自己紹介を終えていく。そして最後、私にお鉢が回ってきた。


 私はゆっくりと席から立ち上がると、レイナ姫の方を見た。


「お初にお目にかかります。

 冒険者ギルドから派遣されてきました受付のセーヌと申します。

 今回の姫様の視察に同行することとなりました。

 よろしくお願いします」


 自己紹介を終えペコリとレイナ姫に一礼すると、私は再び座る。

 するとレイナ姫が私に声をかけてきた。


「レェイオニードから話は聞いています。

 凄腕の冒険者でもあるとか、今回は私付きの受付として来てくれたようで、冒険者ギルドの尽力には感謝します」


 レイナ姫は座ったままそう言って微笑みかけてくれた。


 私を最後に自己紹介が一段落し、レイナ姫が再び口を開く。


「まず、今回の視察では、王都より前線を上げよとの命を受けてきました」


 レイナ姫の一言に円卓は揺れた。


「なんと……」

「では魔族との戦いに本腰を……?」

「平和が保たれてきたというのに……」


 円卓の面々から口々に感想が漏れ、ざわつきが円卓の間を支配する。

 それが一段落すると、再びレイナ姫が発言すると思いきや、ゲンゾウさんが発言権を求めて右腕を上げた。


「フランシュベルト領主、どうぞ」


 姫がそう言い、ゲンゾウさんが話し始める。


「前線を上げよということは、魔族との戦いを本格的に始めるということでよろしいでしょうか? 王都はご存知ないかもしれないが、昨今我々は魔族領の民達とは比較的平和的な情勢を保っております。それを敢えて崩すというのが解せない……。

 どうかご再考のほどを……」


 ゲンゾウさんは姫に再考を促すと発言を終えた。


「ゲンゾウの物言いはわかります。しかし相手は魔王擁する魔族です。

 アレーリア王国の悲願として、魔王討伐という過去から現在までに至る大願があります。

 この大願を無視して、現在が魔族と平和的な状態が保たれているというだけで、魔族との戦いに及び腰になるのは頂けない……。これが王都の見解です……」


 レイナ姫が円卓を押さえつけるかのように、王都の言い分を言い放つ。

 姫の発言を受け、円卓は揺れに揺れた。


「しかし、魔族との融和は進んでいる……」

「エルフや亜人族がここフランシュベルトでどれだけ働いていると思っておいでか!」

「しかし、魔族は敵であることはみな分かっていたことだろう……!」


 円卓の面々が口々に発言権なく発言を始めてしまい、それを治める為か女性守護騎士リネスさんが声を荒げた。


「静かにせよ! 姫様の発言はまだ終わってはいない……!」


 リネスさんの怒声に、円卓は瞬く間に静けさを取り戻す。


「何度も言うようですが、これは王都の見解です。

 私個人としては別の見解を持っているというのが正しいのです。

 ですからこそ、私は前線を視察したいと考えています。

 ここフランシュベルトで魔族の方々とどのように融和がなされているのかを、私は知りたいのです。その為にはライン騎士団の一員としてフランシュベルドで活動するだけでなく、冒険者として、ここフランシュベルトで活動しようと考えています」


 レイナ姫がゆっくりと、しかし確かな意思を持ち合わせた青の瞳で、円卓の面々を諭すように声を響かせる。

 そして私と目があったレイナ姫は華やかな笑顔で笑った。

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