56 フランシュベルトにて
2日後。3日に渡る長い旅を経て、私たちはついにフランシュベルトの地に立った。
冒険者ギルド前に馬車から降り立った私は周囲を見回す。
元素仕掛けの魔道具が多く使われていて、セーフガルドよりも更に洗練された街並みに、私はいつもと違う文化の匂いを感じ取っていった。
王都アレリアであればこれくらい発展した街並みも自然なのだろうか?
いや、行ってみたことはないがきっと発展の方向性が違うだろう。
もっと豪奢な雰囲気を漂わせているのが王都で、魔道具が街中でこうも存在感を主張しているのはきっとフランシュベルトならではのはずだ。
遠くで大きな笛の音らしき音が聞こえる。
「あれは元素列車の汽笛でしょう。炎元素の熱と風元素の風で動く列車です。
ライン騎士団が守備する魔族領との境界に沿って、線路が張り巡らされているんですよ」
エルミナーゼさんが解説してくれて、私はまだ見ぬ元素列車という乗り物に思いを馳せた。
「早速ですが冒険者ギルドに入りましょう」
そう私が提案し、あとの3人が私に続いた。
冒険者ギルドの中へと入ると、私は受付を見やる。
受付嬢の服装こそ私達セーフガルド冒険者ギルドと同じ制服であったものの、その獣人の多さに舌を巻く。ほとんどが獣人やエルフで、普通の人族の方が少ないくらいだ。
私はエルフ族の受付嬢を見つけると、声をかけた。
「もし、よろしいでしょうか?」
「はい。冒険者ギルドへようこそ! どのようなご要件でしょうか?」
声をかけると、いつも自分がしているように挨拶を返される。
今の私は冒険者の服を着ていて、ギルド服は着ていないから当然だが、私は酷く新鮮な気分だった。無論、ギルド受付として働く可能性も考慮して制服も持参しているが、いまはそれはどうでもいい。まずはゼフさんだ。
「ギルドマスターのゼフさんはいらっしゃいますでしょうか?
セーヌが来たとお伝え下さい」
「はい……? 少々お待ち下さい」
エルフの受付嬢は不思議そうな顔をすると、奥へと下がっていく。
「久しぶりに来ましたが、フランシュベルトはやはり変わりませんね……」
依頼掲示板の方を眺めると、エルミナーゼさんが言う。
依頼掲示板にはセーフガルドでは見かけない、大きな箱のような魔道具が隣接して取り付けられていて一風変わっている。
「依頼掲示板にも魔道具が使われているようですが、あれは一体なんなのですか?」
「あれは、依頼者に遠隔で依頼の受諾や成功を知らせる為の魔道具ですね。
こちらでしか普及していないので、使えるのは専らフランシュベルトの街中だけですが、とても便利なものですよ」
「へぇ……そのような大規模魔法行使をあのくらいの大きさの魔道具で可能なのですね!」
「はい! フランシュベルトの街中には地下に線が張り巡らされていて、そこをある術式の元素魔法が常に走っているんですよ。無論、定期的に元素力の補給が必要ですから、自動で動くというものではないのですが……」
エルミナーゼさんとミサオさんが依頼掲示板に取り付けられた魔道具を熱心に説明してくれて、私とリエリーさんはその説明に驚くばかりだ。
地下に元素魔法が蠢く線が張られているなど、セーフガルドではとても考えつかない。
「王都アレリアの結界魔法を模したものですね。
あちらほど高い元素力を必要としない分、結界効果はありませんが連絡手段に頻繁に使われています」
エルミナーゼさんが更に付け加え、私とリエリーさんは一刻も早く魔道具を試して見たくて興味津々だ。
と、そこへ髭をたくわえた老齢の男を連れ立ってエルフの受付嬢が戻ってきた。
「待たせたな、あんたがセーヌか?」
「はい。初めましてセーヌと申します。そちらはゼフさんでお間違いなく?」
「あぁ俺がゼフだ。よく来てくれたな……と、おいおいそこにいるのはエルミナーゼじゃないか?」
ゼフさんが私の背後に控えているエルミナーゼさんを見て驚きの声をあげる。
「どうも、ご無沙汰してますゼフさん」
「こいつは驚いた……お前が付いてるってことは、そちらの黒髪のお嬢さん方のどちらかがゲンゾウの姪っ子のミサオ様かい?」
「いえ、私は冒険者のリエリーと申します! ミサオさんはこちらです!」
と、リエリーさんが少しミサオさんから間合いをとってミサオさんを両手で指し示す。
「どうも。お初にお目にかかりますゼフさん。ミサオと申します。
ですが、今は友人の前ですので、お嬢様扱いはやめてくださいますか?」
「これは失敬……俺はゼフだ。ここフランシュベルトのギルドマスターをやらせて貰ってる。
まさか噂の受付嬢を呼んだらお前まで付いてくるとはなエルミナーゼ。
噂には聞いていたが、彼女と一緒に冒険をしてるんだろう?」
「はい。縁ありまして、大剣術をお教えしまして、また縁あって即帝領では同じパーティに属して未踏領域の探索依頼をこなしました」
「なるほどな、やはりお前が師匠か。イア達とも一緒だったんだろう?」
「はい」
エルミナーゼさんが答えると、ゼフさんは髭を片手でわしゃわしゃと撫でて、目を細めた。
「それならば納得だ。エルミナーゼは特級への昇格をしていけよ。
お前が上級止まりだなんて笑えない冗談だからな。
イア達も良くやってるようだからそろそろ特級への昇格が近いか……」
「それは構いませんが、私を特級へ引き上げてくれる超級冒険者はいるのですか?」
エルミナーゼさんが問うと、ゼフさんが目の色を変えた。
「――いるぜ。城塞のレェイオニードがいまこの街にいる」
「なんと……王都アレリアを彼が出るなんて珍しいこともあるものですね」
「まぁな。王都アレリアの冒険者側の守りの要がヤツだからな。
だがこっちに来てからというもの、酒場で飲んだくれてばっかりいるって話だ。
俺から昇格の話は頼んでやるから、一つ実力を示してこいや」
ゼフさんがそう言うと、エルミナーゼさんは素直に「分かりました」と了承した。
城塞のレェイオニードなる人物の話は、私ですら聞いたことがある。
有名冒険者が載っている古今東西冒険者図鑑にこそ収録されていないが、近年実力を示して王都アレリアの守りを司っている男がいるという話だ。
その人物こそが守護騎士、城塞のレェイオニード。
主に王都アレリアでお姫様の護衛に回されることがあるという話だったが、なぜこんな西方の最前線にいるのだろうか……?
「とにかくだ! 歓迎するぞセーヌ!」
ゼフさんが豪快に笑い、私たちはフランシュベルト冒険者ギルドに受け入れられた。
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